かぞくのかたち

椿 千

第1話

「紹介したい人がいるんだ」

そう父親から言われた時、私は特に驚きはしなかった。

私、本田ななの母親が亡くなったのは今から5年前。その時の私は小学6年生だった。普段から風邪なんてひかないような、体の丈夫な母が病気だと聞かされたのはそれよりも更に前。当時は到底すぐに受け入れるなんて出来なかったし、母が死ぬかもしれないと聞かされてから私は毎日のように泣いていた。

それでも時間は関係なく過ぎていくし、止まってはくれなくて母を失う不安と恐怖と、私の大好きな母が死ぬというのに、何も変わらない世界を勝手に恨んで部屋で暴れたこともあった。それを止めてくれたのも母だったのだけど。

「大丈夫、ななはいつも通りに笑って」

なにが大丈夫なのか。

いつも通りに笑えるはずない。

それでも病室で普段と何ら変わりなく笑う母の姿に、私が泣いてばかりではいけないと気付いてからは、母が望むようにしようと思った。

お母さんがいつも通り、と言うのなら私はいつも通りにしよう。

それに私はその時私の事で手一杯で気付けなかったけど、泣きたかったのは父も弟も同じだったはずだから。

姉のくせに泣きじゃくって暴れて、弟には申し訳ないことをしたな、とあとから思ったけどその時には空気を読むことに長けていた弟は何も知らない振りをしてくれていて有難かった。

それから母が死ぬまで、私達はいつも通りを心がけたし、母は最後まで私達の知る明るくて優しい母だった。

そんな母が亡くなってから5年、父は私と弟を育てる為に仕事を頑張ってくれていたから、父がそれを望むなら私は反対する気はなかった。

ただ弟が嫌がるなら話は別だけど。

再婚、となると色々とあるだろうから。それに中学三年生の弟は思春期でもあるし。

「べつにいいけど」

しかし、私の不安を他所に弟は普段と変わらない顔でそう言った。

「空?」

「会うくらい、別にいい」

私の呼び掛けに、視線を合わせることもせずに言う弟が何を思っているのかわからない。それでもその声色から強がっている訳では無いことはわかる。

「・・・・・・ななは?」

弟の反応に、父が恐る恐るといった様子で私を見る。別に怒ったりキレたりなんかしないし。

それでも父の中では私はお母さんっ子だという認識があるから、反対されるのではないかと思っていたのだろう。

確かに母が亡くなって五年、人によっては短いと思うかもしれない。でも私だけのわがままで父を困らせたい訳では無いし、父だって普通の人だ。

年齢よりも若く見える父に恋人が出来たと言われても普通だと思うし、父の幸せを私の勝手な思いで止める権利はない。

だから私はあくまでいつも通りの顔をして、いいよと答えた。

「空がいいならいいよ」

私はどちらでも。

それを心の中で呟きながら、箸を動かせばあからさまにほっとした顔の父がいたから、正解だったのだと思う。

「今度うちに来てもらってもいいか?」

「いいけど、大したもてなしは出来ないよ」

「大丈夫、大丈夫!ななのご飯はいつも美味しいから!」

「おだてても、ビールはダメだよ」

一日一本までだからね、と言えばそれが狙いだったのだろう父は「そんなぁ〜!」と情けない声を上げているが、ダメなものはダメだ。

「そこをなんとか!」

「だめ」

「ななぁ〜〜!!」

「うるさい、おっさん」

弟にうるさいと叱られる声を聞きながら、私は父が連れてくる人はどんな人なのだろうか、と思った。

母に似ているのかな、それとも全く違う雰囲気なんだろうか。

そんなことをいくら考えても仕方ないのだけど、つい思ってしまう。

優しくて可愛い人だといいな、お母さんみたいな、なんて。



だからその時はまだ知らなかった。

その相手が男、だなんて。

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かぞくのかたち 椿 千 @wagajyo

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