”ハレ”舞台に花咲かせ!

第1話 ピアノ

「で、今日は特に何もないの?」

「空ちゃん、私はいろいろ仕組んだの知ってるからね!」

「いいじゃん。これで二人も互いを知れたんだし」

「まあ、そうだけど……」

「その様子、やっぱりもっといろいろあったっぽい」

「ちょっと!」

 空ちゃんは大きな笑い声をあげた。

「で、今日は特に何もないから、コンサート行けるよ」

「やった! 私頑張るね」

「頑張れ、応援してるよ」

 今日は親友の久々の晴れ舞台。見に行かないわけがない。

「今日のために準備してきたからね」と彼女はパンパンの紙袋を見た。今日の衣装が入っているのだ。

「やるぞー!」

 こんなに元気な空ちゃんを見るのは久しぶりかも。

 私はかすかに笑って、席に戻った。



「ねえ、私さ。こんなに人の多いところで演奏するの、生まれて初めてかもしれない」

 私は控室の窓から見える観客を見て言った。

「そんなわけないだろ。お前ほどのピアニストならもっとでかいホールでやったことあるだろ」

「でもね、あそこから見える景色って、真っ暗なんだよ」

 海音かのんくんは驚いたようだった。いや、思い出し震いをしたようだった、の方が適切な表現だったかもしれない。

「私一人だけが舞台で照らされて、あるいはピアノも一緒に照らされて、それでも周りは見えない。広い観客席も、目の端に映る幕の間にはこちらを見ている人の眼鏡の反射光しか見えない。私だけこの世界に切り取られているみたい。そんな気分なの。海音くんも心当たりあるんじゃない?」

 彼もつい最近、小説の新人賞の表彰を受けてきたところだった。

「俺も、確かにそうだった」

「表彰されるだけなら誇らしく立っていたらいいんだけど、そこで何かするのは勇気がいるの。そこで失敗したら全世界が敵になるかもしれないし。暗闇からいつごみを投げつけられるかわからない。そんな場所に私はあまりいたくなかったはずなのに、どうしてここに来たんだろうね」

 今回のストリートピアノのイベントに呼ばれたのは、あの日がきっかけだ。


「駅についたら、見せてあげる。それまでこの話をお預けね……ってもう着いちゃった」

「そうだな。で、何を見せてくれるんだ?」

「じゃあカバン持っててくれない?」

「いいけど……」

 私は海音にカバンを預けると、そそくさと駅の中に設置されているピアノの前に立った。ストリートピアノだ。私は椅子に座り満足した様子で鍵盤に手をかけ、息を吸った。


 あの日、海音くんと初めて会った日、私が久しぶりにピアノを弾いた時、偶然居合わせたイベントの支配人さんに、お金を払ってでも出てほしいと嘆願されたものだから、今日は久々の衣装もたんすの奥底から引っ張り出してきた。もちろん、お金の話は断った。

「見ててね。私の”ハレ”舞台」

 私は彼に向かって、精一杯の笑顔を作って見せた。

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