第4話 事件
【12】
「離せー!は〜な〜せ〜!ニャア!」
南は男に襟首を掴まれて猫の様に持ち上げられている。
「おい南よぉ〜。会っていきなり飛び蹴りはないよなぁ〜。」
倉田達が来ると男は南を離した。南は襟を直して男の方に振り向く。
ペヤングは男に敵意はない様でおすわりをして尻尾を振っている。
「なんだ、襲われてないじゃないの。」
「おいクラ、こいつ何とかしろよ。」
「お〜、タメ!またやったの、悪いね。」
「それより、お前ら捜査の邪魔になるからあっち行ってろ。事情は後で聞く。」
「これはうちの事件だから、お前らこそ帰れ。なっ!」
南は玄関を指差す。
「殺人事件になってんだ、お前らの捜査は教祖だかの調査だろ。事件は捜査一係に切り替わってんだよ。」
男は南を静止して前に出た。
「皆さん、私は捜査一係の為末瞳(ためすえひとみ)警部であります。順にお話しを伺いますので、全員一か所に集まって頂きたい。よろしく!」
そう言うと現場に歩き出した。
「倉田さん、タメの野郎なんなんですかね。」
「まあ、仕方ないか。昔からああだったから、冗談効かないし。真面目だからな・・・。」
「同期ですもんね。」
「そうだね。」
しばらく沈黙が続いたが、それを破るかの様に
「お前ら!ちょっと来い!」
奥の方から現場が荒れまくっている状況に激怒した為末が叫んでいた。
【13】
フグォフグォフグォ
ペャングォペャングォ
「不味いな、やっぱり不味いなぁ、フグォフグォ」
事件から一夜明け、倉田達は一旦ふもとの定食屋、飯の翁(めしのおきな)にて食事をとっていた。
「おい、クラ、不味いなこのグラタン。本当に不味いな。」
「だろ、不味いんだよここのやつ。」
「ちよっとふたりとも不味い不味いって、店の方に聞こえちゃいますって」
南は厨房の方に目を向けた。
すると厨房には細身の老人がひとり立っていた。店主の翁秀次郎(おきなひでじろう)である。かなりの高齢で、なにかのきっかけがないことには少し前の事もすぐ忘れてしまうようである。
「作ってるのおじいちゃんひとりじゃないですか!」
南は少し声を荒げた。
「そうだなすまんすまん、言い過ぎたかもな。」
「ごめんよ南ちゃん。」
ペヤングォペヤングォ~
南が声を荒げたのには理由がある。
南は幼少期、両親が共働きな事もあり、祖父母に育てられた経緯がある。警察官になりたいという夢も祖父母に育てられた影響が大きかった。自分にとっての親は祖父母である、といっても過言ではない。そんな風に南は思っていたのであった。
しかしながら、そんな南の夢の実現を祖父母は見ることなく亡くなってしまったのである。
南は厨房の老人にあの日のふたりを重ね合わせていた。
「見せたかったなぁ、警察官になった姿。天国のおじいちゃん、地獄のおばあちゃん元気かなぁ。」
南は思い更けるよう窓の外を見つめた。
「私、なんとかやっていけてます。天国のおじいちゃん、地獄のおばあちゃん。」
一瞬ぐっとなったが、倉田と為末はなんとなく詮索するのはやめておいた。
すると、厨房の奥から店主の翁がお盆を持ってやって来た。
「はい、デザートのタルトだよ。」
「紫いもタルトですか。うまそうですな。」
「紫いもタルト…」
ピコーン!
「倉田さん、これってもしかして?」
「どうしたんだい南ちゃん?」
「為末警部。もしかして殺された及川さんって関西方面の出身じゃないですか?」
「ああ、こてこての関西人って旅館の主が言ってたな。」
「やっぱり、ひとつわかったことがありますよ。」
南の推理はこうだ。
倉田と南が月泣右近からピエロについて問いただした際、いわゆる事件の起きる前、右近は殺された及川に電話をし(沖縄にいるから近くにいるはずない。)といった会話をしていた。それはつまり、沖縄ではなく
ここ定食屋飯の翁にいたと言っていたのではないか、「どこにいる?」「翁や!」(沖縄と勘違い)といった会話だったのではないかということである。
しかも、デザートの紫芋タルトの食べかすも発見されている。
「思い出しただ~。及川の運転手なら昼間からずっといた。ほんで夕方頃電話あってさ、血相変えて走っていったでよ~。」
店主は南の推理がきっかけで思い出せた様だった。
「となると、わかることがひとつ。私と倉田さんがピエロを見た時、及川さんはここにいたということになります。すなわち、私たちが見たピエロは及川さんでは無いということです。」
「ピエロに変装した人物はまだ旅館にいるってことか。」
「そういうことです。ピエロになんの意味があるかはまだわかりませんが、必ず解決させますよ!天国のじっちゃんと地獄のばっちゃんの名にかけて!」
南は握りこぶしを作り気合いをいれていた。
地獄のばっちゃんについて聞きたい衝動を押さえながら、倉田と為末は南の姿を見守っていた。
【14】
「まっ、張り切るのはいいがお前らは事情聴取終わったんだから帰れ。」
「なんでよタメ!」
「南よぉ〜、何度も言わせんな。為末警部だろ、上には敬語使え。」
為末は三人と一匹分の会計を済ませて旅館の方に歩き出した。
「倉田さん行きますよ!」
「タメがうるさいからなぁ。」
「バレなきゃいいんです。それに私達は一応容疑者の一人なんですから。」
「それ、言っちゃう。」
「いいから!行くよペヤング。」
そう言うと南は身を隠す様にコソコソと歩き出した。倉田とペヤングはその横を普通に歩いた。
そして・・・
皆が集まる広間を見渡せる草むらに二人と一匹は身を潜めた。そこにはピエロの格好をした人物が紛れていたのだ。
ピエロいたー!ペャングォン!
飛び出そうとした南は襟首を、ペヤングは首輪を掴まれた。
ニャン!ペグォン!
「倉田さん何するんですか。ピエロですよ、犯人ですよ。」
「待て待て。俺達が出て行っても素性がわからないだろが。ここは任せろ。」
倉田はそう言うと手元にあった石を思いっきり投げた。
ギャン!
鑑識に来ていた山田の後頭部にクリーンヒットしてその場に倒れた。
「何だ!第二の殺人事件か!」
広間は騒然となったが、山田はゆっくり起き上がり
「だっ、大丈夫です。一体なんなんだ。」
そう言うと周囲を落ち着かせ辺りを見渡すと、草むらに隠れている倉田達が手招きしているのを見つけた。山田はコソコソと隠れる様に倉田達のところへ行き
「お前ら何なんだ、当たりどころが悪かったら死んでてもおかしくないぞ。」
「ブタゴリラ、血出てっぞ。」
「うるさい南!お前らは!」
南はイヤイヤ違うとポーズをとった後、投げたのはコイツだ言う様に倉田を指差した。
「そんなことはいいんだ。山田、あのピエロは何者だ。」
「そんなことって・・・、ピエロ?ああっ松戸さんか。」
「マツド?」
「松戸奈留蔵(まつどなるぞう)、この旅館でやっているショーの役者だよ。」
「なっ!」
「ふざけた格好しやがって!ぶん殴ってくる!」
「ふざけてんのはお前らだろ。聴取終わったんだから、お前ら帰れよ。」
「うるさいブタゴリラ!」
南はそう言うのと同時に放った裏拳が山田の頬をこれまた綺麗にクリーンヒットしその場に倒れた。
倉田達は気を失っている山田を木の葉などで綺麗に隠して場所を移すのだった。
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