第358話 輝く月光甲冑仮面


 その質量に対し、着地の音は呆気ないほど静かなものだった。

 だが落下による風圧で髪を煽られ、視界を奪われる。そうしてほんのわずか目を閉じた間に、打撲音や低い呻き声がいくつも聞こえてきた。


「な、なに、今度は何さ?」


 隣でレオカディオが戸惑いの声をあげる。

 突然、奇声とともに空から落ちてきた甲冑は聖堂の前庭に降り立つなり、サルメンハーラ側の衛兵たちを攻撃しはじめたのだ。

 小脇に抱えていた木の板らしきもので横殴りにしたと思えば、倒れるさなかの相手から槍を抜き取り、それを振り回して次々に大柄な衛兵たちを叩きのめす。

 その隙に、呆然とする兄の袖を掴んで引っ張り、後退することで騒動からわずかばかり距離を取った。

 破片など何が飛んでくるかわからないし、着地した瞬間から猛烈な臭気が漂ってきて呼吸がつらい。近くにいたくない。


「うっ、臭い! 酒くさっ!」


「もう少し離れよう、危ない」


「ほんと何なんだよ一体……!」


 疑問だらけなのはこちらも同じため、レオカディオのそのぼやきには答えられない。

 ただ、いつもは余裕ぶっている次兄も、突発的なアクシデントや理解の及ばない出来事を前にするとこんな風に狼狽するのだなぁ、なんて妙な感心をしてしまう。

 自分の場合、最近は理解を超えるアクシデントなんて日常茶飯事になりつつあるから、ちょっと耐性ができているのかもしれない。ぜんぜん嬉しくはないけれど。


 レオカディオとともに聖堂の手前まで退くと、使えるスペースが広がったとばかりに甲冑の暴れっぷりは勢いを増した。奪った槍を巧みに扱い、膂力に勝る相手をまとめて薙ぎ払う。

 乱暴に扱って折れたとしても代わりは衛兵の数だけある、とばかりにおよそ槍捌きらしくない無茶苦茶な戦い方で、次々に襲い掛かる衛兵を打ち倒す。

 とはいえ相手も打たれ強い人狼族ワーウルフと鉄鬼族、一度や二度の殴打では倒れ伏してもすぐに起き上がってくる。

 倒しても決して槍の穂先でとどめは刺さない。そんな甲冑の戦い方を見る限り、できるだけ相手を殺さないよう加減をしているようにも思えた。

 剣を抜いていた自警団員たちもどうすれば良いのかわからず混乱しているのだろう。やや距離を保ったまま互いに顔を見合わせつつ、その乱闘を眺めているようだ。


 月光に照らし出された艶やかな全身甲冑フルプレートアーマー

 不必要なまでに磨き上げられたその輝きには、確かに見覚えがある。日中であれば鏡面のように周囲を映し出すはずの、単一鋼素材に絞って自ら鍛え上げた銀甲冑。


「テッペイ……」


「なに、あの酔っ払い鎧もきみの知り合い?」


「いや、知り合いというか何というか、ちょっと説明は難しいんだが」


<リリアーナ様、あの中身は、>


 わかっている、とばかりにポシェットを軽く叩いてアルトに応える。

 別邸に置いてきた荷馬車に積まれているはずのテッペイが、なぜここにいるのか。まだ自律稼働の調整をしていないのに、なぜ人狼族ワーウルフや鉄鬼族の衛兵たちを相手に大立ち回りをしているのか。

 この異様な酒臭さと着地の様子をあわせて考えれば、答えは自ずと見えてくる。


「キョエェェェェ――! ヒョゴォォォ~~ッ!」


 輝く甲冑はなおも奇妙な雄叫びをあげなあがら、突き出した槍を掴む衛兵をそのまま釣り上げるように空中へ持ち上げ、距離を取っていた金歌の方へと投げ飛ばす。

 一瞬、受け止めるか避けるか迷う素振りが見えた。体格と質量に差がありすぎるのだから、どちらにしても寸分の遅れが仇となる。

 防御姿勢を取り損ねた金歌は、投げ飛ばされた衛兵に巻き込まれる形で塀のほうまで吹き飛ばされた。


「あの鎧野郎、強ぇ……」


「って、感心してる場合じゃないでしょ! 強盗だか何だかしんないけど、あんたもこっち側なら協力してもらうよ。とにかく早く追わないと、テオドゥロは何してんだよ!」


 二階に向かわせたテオドゥロは未だ降りてこない。アルトの探査によればマグナレアは頭部に負傷をしているということだが、もしかしたら傷が深いのだろうか。

 一番近くにいる自警団員に声をかけようとするレオカディオの腕を、八朔が「そっちは危ない」と掴んで引き止める。

 冷静さを失っている次兄はその手を振り払い、食ってかかろうとするが、間に割り込んで旅装の胸を押さえた。


「レオに、……レオカディオ。彼のことはカミロが追っている、任せて大丈夫だ」


「駄目だよ! 探しもの・・・・は、ああ見えて走るの速いんだ。本気で逃げようとしたらカミロなんかじゃ追いつけないだろ、あいつ足を悪くしてるんだから!」


「あ」


 余裕が剥がれた次兄の表情と声音に、そういえばそうだったと目を瞬く。

 杖のことは気にしないという約束を交わしたせいもあるが、コンティエラでは自分とノーアを抱えて走ったり扉を蹴破ったりとまるで後遺症を感じさせない動きをしていたし、この町に入ってからは杖を客室に置きっぱなしにしているせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。


「トマサ、追いかけてよ!」


「いいえ、私は御二方から離れるわけにはいきません。こちらへ攻撃する様子が見えないからと言って、あの鎧の御仁が信用に値する相手かどうかも分からないのですから」


 派手に暴れる鎧から注意を逸らさないまま、傍らのトマサは応える。

 突然あんな怪しい鎧が空から落ちてきたら、正気と正体を疑うのも当然だ。自分だってあの鎧がテッペイでなければまず警戒は解かないだろう。

 疑心の晴れないトマサのためにも、焦るレオカディオを宥めるにも、ひとまずあそこで暴れ回っている甲冑のことは大丈夫だと言ってやりたい気もするけれど。


 ……正直、説明に困る。

 まずはサーレンバーで貰ったテッペイのことから始まり、中身と経緯にいたっては伏せるべき事情を省いてふたりが納得する塩梅に上手いこと煙に巻きつつまとめる必要がある。


「――うん。よし、全員で追いかけよう!」


「全員って、」


「ここはあの鎧と自警団員に任せておいて、わたしたちはこの場を脱し身の安全を確保するのも兼ね、彼らを追いかけるべきだと思う」


 ぽかんとした顔のレオカディオに向かって、もっともらしく提案をする。

 これが現状のベスト。潔く面倒な説明は諦めて、重要性の高いものから片付けることにした。

 そう、いつだって行動に迷ったときは、物事に優先順位をつけるのが大事なのだ。決して、厄介だから後回しにしたわけではない。


「それなら俺が走るから、お嬢は背中に乗ってくれ」


「ああ、頼む」


 何かもの言いたげなレオカディオとトマサの視線を受けながら、二回目なので特に抵抗もなく八朔の肩につかまり、背負われる。

 眠気は吹き飛んだものの疲れは健在だから、走らずに済むのは有難い。

 巻かれた包帯は痛々しいけれど、マグナレアによって丸洗いされたばかりの黄色い髪からは石鹸の良い匂いがした。


<兄君とカミロ殿は裏の門を抜けて、川沿いに東へ走って行ったようです>


「聖堂の裏……そこの塀沿いに建物の向こうへ回れば、裏口があるはずだ」


 肩越しに指をさすと、八朔はそれに従いすぐに駆けだした。

 この場に残るよりは一緒に走るほうがマシだと判断したのだろう、文句ありげな表情のレオカディオと、その後ろにトマサもついてくる。


 ふたりが続くのを確認するついでに乱闘の輪へ視線を向けると、新たな槍を拾い上げた甲冑がまるで手を振る代わりのように、掲げたそれを大きく振り回していた。

 目配せだけでそれに応え、八朔の首にしっかり掴まる。

 テッペイだけでなく、レオカディオやトマサとも詳しい話や情報共有は後回しだ。今はとにかく、逃げたアダルベルトを追いかけよう。


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