第311話 野営作戦会議①
「と、いうわけで。作戦会議だ」
銀皿の上で焼けた魚を解体するのに集中しているカミロの隣、手頃な石を椅子代わりにして腰かけながら、たき火で炙ったパンにチーズを挟んでかじる。
味わいは素朴ながら、火で炙るとまるで焼きたてのように香りが立って柔らかい。枝に刺して温めたチーズもとろとろだ。
「作戦会議するのは別にいいけどさ、食べた後とか、明日になってからでもよくない?」
「腹が満ちたら、わたしはまた寝落ちるぞ。間違いなく。それにこの問題を明日へ持ち越したら夢見が悪くなりそうだ、懸念事項はなるべく早く晴らして、行動の指針を立ててから眠りたい」
「なるほどー」
間延びした返事を返しながら、エルシオンも焦げ色のついたパンに大口でかぶりついた。中から溶けたチーズがだらりと垂れて、落ちる前にと慌てて頬張る。
この男がこれまで長く旅をしてきたのは確かなようで、
空中から突然現れる物品にも、カミロは早々に順応した。毒見のしやすい簡易な食糧を用意させ、最低限のカトラリーを要求したかと思えば、それらを用いて焼き魚の皮と骨を取り除くのに勤しんでいる。
別に自分としては、枝に刺したまま直接かじっても良いのだが、カミロ的にそれはどうしても許しがたいらしい。
「ま、話には付き合うからゆっくり食べてよ。まだ体は辛いんでしょ?」
「少し眠ったらだいぶ楽になった、問題はない。……体が弱っていると精神状態まで下降するから良くないな、気持ちの切り替えに少しかかった。諸々の反省点は次に生かすとして、今は明日からの行動を考えなくては」
「うん、オレね、キミのそーいう前を向いて歩みを止めない姿勢、すごく好き」
「……要らんほど前向きなのはお前もだろうが」
この男の行動を前向きと捉えて良いのかはさておき、何を言ってもめげないし、まるで諦めるということを知らない。はた迷惑極まりないが、今は自身のやりたいことのために生きるエネルギー全てを費やして邁進しているのはわかる。
呆れ混じりに言葉を返せば、エルシオンは手についたパンくずを払いながらへらりと笑った。
「オレはどっちかって言うと、後ろ向きのまま前進してるタイプだからね。リリィちゃんとは違うよ」
「……?」
どういう意味かと首をかしげていると、目の前に皿が差し出された。よく火の通った白身に何かの粉が振られ、銀の匙が添えられている。
こんなたき火を囲む野営中だというのに、夕餉のテーブルに乗っていてもおかしくない仕上がりだ。
「どうぞお召し上がりください。沖合いの魚なので淡泊ながら臭みもなく、食べやすいかと」
「うん、ご苦労だった」
銀色のスプーンを手に取り、さっそく口に運んでみる。もうほとんど冷めてしまったが、さっぱりした白身にはこれくらいの温度が合っているのかもしれない。
ほのかな塩気と、何かの香草の匂い。肉とは違ったきめの細かい歯応えが面白い。臭みが全くないのは、釣り上げた魚を新鮮なまま
濃すぎない塩味がなかなかうまくて、あっという間に半分ほど平らげてしまう。
リリアーナが満足の息を吐きながら顔を上げると、エルシオンは枝に刺して炙った魚をはふはふ言いながら頬張っていた。焦げた皮を指先で器用に剥ぎ、脂と水気のしたたる肉厚の白身を湯気ごとかじる。
……誰がどう見たって、あっちの食べ方のほうがおいしそうだ。
「……」
「リリアーナ様、おかわりは要りますか?」
「いや、これで十分だ……」
かじりかけのチーズサンドを手に取り、ふと思いついて残りの魚肉をパンへ挟み込む。そのまま程よく潰して食べてみると、一緒に挟んだチーズと歯応えのある淡泊な白身がよく合った。これはうまい。
即席の魚肉チーズサンドを片手に木製のカップでお茶を飲み、ちょっと上向いた機嫌のまま口を開く。
「それで、明日の話に戻るが。この場所の特定は難しくとも、おおよその位置はわかるのだから、星を見るなりすれば望む方向へ移動することは叶うだろう。問題は、どこを目指して進むかだな」
「
妙な発音で問いかけるエルシオンに対し、カミロは傾けていた陶器の椀を置く。
……ひとり旅なら当然なのかもしれないが、
「私が視認できたのは衝突までですね。落下しながら
「そか。あれってただの
「背には何もいなかったように思いますが、腹や口の中に潜んでいた可能性もあります。飛び去った方向などは何も見ていませんか?」
「あの状態じゃあ、見ててもどっちがどっちだか」
極楽鳥という常にはない生物と、『勇者』の力を借りた空からの追跡。見失いようもない距離を保っての安定した飛行、相手は力に劣る
もう少し距離を詰めて、アルトに精細な探査をさせれば何かわかったかもしれないのだが、今それを悔いたところで仕方ない。後悔に沈むのは後回し、優先するべきことはもっと他にある。
今晩はここで野宿をして、明朝、日が昇ったらすぐ移動を開始しなくては。
急いても仕方ないとわかってはいても、気持ちばかり焦る。
ヒトが飲まず食わずで生きていられるのは何日が限界だったか……。攫われた兄を思うと嫌なことばかり想像してしまう。
身柄目的の誘拐ならそこまで酷い待遇ではないとしても、長く寒風に晒されたアダルベルトの体調は気掛かりだ。
「リリアーナ様、よろしいでしょうか?」
「うん、何だ?」
「これから取るべき進路について、私から三つの提案がございます」
「聞かせてくれ」
話し合って決めなくてはならない最たるものが、明朝の進行方向だ。目的地もないまま発ってもどうしようもない。
リリアーナは小さくなったパンを摘まんだまま、隣の男を見上げる。
ひとりでは決めかねる事態の相談ができることが嬉しく、持ち得る知識と思考能力を頼もしいと思う反面、そこに及ばない自分を不甲斐なくも思う。長く生きたくせにファラムンドにもカミロにも届かない。
ひびが入ったままの眼鏡をかけた男は口を開く前に、魚を刺していた枝を使って地面に曲線を描き始めた。
「たき火の方向を北として、我々のいる現地点がここ。海岸線がこれで、通り過ぎた領最東端のコイネスの町がこのあたりだと仮定します。そして……」
硬い枝を使って簡単な地図を描いていく。曲線と丸だけの極めて簡素なものだが、説明を聞きながら見ていればこれでも十分だ。
カミロは町を示す丸印を描いた後、たき火の近くに長い波線を引き、その手前にもひとつ丸印を置いた。
「なるほど、そっから先がベチヂゴの森で、その丸はサルメンハーラってことだね」
「はい。……まずひとつ目が、一度コイネスの町まで引き返すという案。旦那様はおそらくコンティエラからこちらに向かって追跡隊の馬車を出しています。途中で
カミロは現在地から線を伸ばし、町までの矢印を描き込んだ。
後発の自警団員たちと合流をすれば
野営物資の面では、エルシオンがいるため現状でも問題はないものの、カミロとしては町まで移動して自分をしっかり休ませたいという考えもあるはず。
「だが、追跡隊を待っていたら何日かかるかわからない。彼らが途中で情報を集めていたら、なおさら到着は遅れるだろう?」
「左様ですね、一番の慎重案ということで。……ふたつ目はコイネスの町まで戻って我々で聞き込みを行い、
「自警団の人たちを待たずに、オレらで追いかけるってことか」
「ええ。あの町は最東端……領内で最も魔王領に近いため、有事の際に備えて腕利きの自警団員らが常駐しております。旦那様からお預かりした代行証もありますので、緊急事態対応として彼らと町民を動員することができます。それと燕便も置いていますから、何かあれば屋敷と連絡を送ることも可能ですね」
「なるほどー、あそこは昔の砦の名残りなんだっけ。目撃者はたしかにいそうだし、お
エルシオンに先を促されたカミロは、一度ちらりとこちらに視線を向けた。
それから木の枝を使って現在地から北へ線を伸ばす。最初の線とは反対方向、その先にあるもうひとつの丸へと矢印を描き込む。
「三つ目は。コイネスではなくここから更に北、自治領サルメンハーラへと向かい、そこで
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