第278話 リザルト③


 肉食獣のように歯を剥き出しにしながら、晴れ晴れと笑う顔は見慣れた今でも味わい深いものだと思う。人相のいかめしさでは黒鐘といい勝負だ。

 そんな所感を抱くリリアーナの胸中など知らず、キンケードは壁にぐったりと凭れるテッペイに手を伸ばして、寄り掛かって座っているような体勢に直す。扉の外から差し込む光が兜にきらりと反射し、甲冑が礼を言っているかのようだった。


「むしろ、話を聞いて納得できたことの方が多いな。魔法もそうだし、妙に物知りなことや変に肝が据わってんのも、そうだったのかーってスッキリしたぜ」


「むぅ……」


「オレはこの通り難しいこと考えんのは苦手だからよ、言われたことは額面通り受け取るしかできねえ。だから、細けぇことは気にすんな。むしろ、オレなんかを信じて打ち明けてくれたことは有難ぇモンだなって思ってるよ」


「まぁ、お前自身が納得いったのなら、それで構わん」


 もし、もっと前に、魔法や知識の出所について真剣に訊ねられていたら。その相手がキンケードなら、きっと自分は同じことを打ち明けていたと思う。自分から話す勇気を持てずとも、問われれば隠し立てはしなかったろう。

 それでもキンケードは待ってくれた。カミロのようにこちらの心情をお見通しという訳でもなく、ただ信じて秘密を秘密のままに受け入れてくれた。

 これまで不可解に思うことは多かっただろうに、自ら問うことはせずこちらが言い出せるのを待っていてくれたその誠意に、自分はどれだけのものを返せているだろう。

 ……生前が『魔王』デスタリオラであったことも、キンケードにはきちんと伝えておくべきだろうか?


「どーにも要らねぇ邪魔は入ったが、肝心な話は聞けて良かったぜ。嬢ちゃんが何であの赤毛に付き纏われてるのか、そこんとこだけは聞いとく必要あるなって思ってたからよ。ったくあの野郎、後で拘置所に寄ったら窓も塞いどくか」


「塞げば別の手段で抜け出すと思うぞ。それに、もう収監は解かねばならぬのだろう?」


「あー、そうだな……。ブエナ爺さんが了承すればの話だが、ファラムンドもあれ絶対キレてるもんな。イバニェス領預かりになるとしても姿が見えないように簀巻きにして、荷物として運ぶしかないか……。とにかく、もう嬢ちゃんには近づけないように厳重にしとかねぇと。こんな簡単に令嬢のそばをウロチョロされてたまるか」


 苦々し気に毒づくキンケードが、本当に苦い物でも噛んだような顔をするので思わず笑いが漏れる。

 いくら警備を厳重にしたところで、それを嘲笑うように易々とかいくぐって来る所しか想像できないが、それはそれとして。思いがけず奴が姿を見せたことで得られた情報もある。あの男の方はおそらく、会話中にそれを漏らしたことは気づいていない。


「とことん迷惑でしかない男だが、お前も交えて会話をしたお陰で意外な収穫もあった。さっき、エルシオンは他人に迷惑をかけずに行動するため、色々と小細工をしていたとか話していたろう?」


「ん? あぁ、なんか言ってたな。それがどうした?」


「キンケードも被害に遭った、例の記憶消去についてだ。わたしはあえて『相手の記憶を消す』ではなく、『会った相手の記憶に残さない』と言ったのだが。奴はそれが当たり前であるように肯定していた。ほんのニュアンスの違いとは思わん、おそらく奴はそれ以外の方法を想定していない。だからタネが割れてるなら隠すまでもないと考えたのだろう」


「おう、つまり、何だってんだ?」


「わたしの推測通りなら、あいつは対面した相手に何か暗示のようなものをかけて、特定の記憶を残さないようにしているんだ。先日この屋敷に忍び込んだ際にそれを使わなかったのは、もしかしたら失くしたという宝石がその術に関わっているのかもしれんな」


 些細な引っかけで得られた確信は、先日から思案していたエルシオンの手札について。

 暗示という思いつきと、先日の侵入時には使わなかった理由について推論を述べると、キンケードは左手の平を拳で打ち付け、ばちんと小気味良い音を立てた。


「なるほど、何だか良くわかんねーが、奴が探してる宝石ってのをさっさと見つけて調べりゃいいんだな?」


「捜索範囲が広いようだし、ブエナ殿と領兵たちの働き次第だが……。探し物は請け負っても、すぐに在処を伝えるとか返却するなんて約束はしていないからな。発見次第、先にこちらで調べさせてもらうとしよう」


 構成の刻まれた宝玉なのか、それとも何かの触媒になっているのか。エルシオンから聞いた外見的特徴しか手掛かりはないが、ブエナペントゥラには上手いこと伝えて、なるべく早急に見つけ出せるよう頑張ってもらおう。

 何としても、奴に教えを請うことなく自力で術の正体を突き止めてやらねば。


「……さて。ではそろそろ戻るとしようか」


「そうだな。この甲冑は後で綺麗にして運び出すから、ひとまず置いとくぜ」


「ああ。残りの作業はイバニェスの屋敷へ戻ってからやる。帰りの荷物を増やしてしまうが大丈夫だろうか?」


「こんくらいなら増えるうちに入んねーよ」


 埃を外に出したことで室内はいくらか綺麗になったから、しばらく床にテッペイを座らせていても大丈夫だろう。

 篭手や脚部は外して重ねられるし、胴体も開いてしまえば意外とコンパクトに収まるかもしれない。大人しい無機物よりも、問題だらけの囚人を移送する方がよっぽど大変そうだ。


 ただの囚人であれば領主と同日に動かす必要はないのだが、中央からのお達しを通すならエルシオンは晴れて無罪放免ということになってしまう。本人も言っていた通り、野放しにしておくよりは実力的に対抗し得るキンケードの目の届くところに、という判断が下るのは致し方ないのだろう。

 そんな話をしながらキンケードと並んで林道を歩いていると、なぜか憐憫を含んだような目を向けられた。


「嬢ちゃんも大変だなぁ、あんなロクでもない男に死んだ後まで付き纏われてよ……。いっぺん死ぬ前だって、別に付き合ってたとか夫婦だったってわけでもねーんだろ?」


「当然だ。色々と因縁のある相手だが、顔を合わせたのは一度きりだし。なぜあんな妙な執着を見せるのか、まるで心当たりがない」


「まぁ、世の中には勝手な一目惚れとか思い込みだとかで付け回すヤツもいるそーだし。いくら触れないつっても相手は男だ、油断しねぇで気をつけろよ。あと、さっきの官吏がどーとかって話も今度詳しく聞かせてもらうからな?」


 パストディーアーの攻撃について話すために、過去の件まで持ち出したのは藪蛇だったかもしれない。まぁ、言って困るような話ではない……と思うし、キンケードになら顛末を伝えても良いだろう。

 そもそも肩に指先がふれたかどうかという程度で、あの官吏に何かされたわけでもない。自分よりもむしろレオカディオに対して無体はなかったのかと、そちらの方がよほど気掛かりなくらいだ。

 あの聖句の授業中、パストディーアーが反応したということは何らかの害意や欲を抱いて手を伸ばしたはずだが、官吏は自分に何をしたかったのだろう?


「……どした、もしかして嫌なこと思い出させちまったか?」


「いや、全然。ただ、欲を持ってふれるという条件は何だかぼんやりしているなと思って。あの双子の兄からは明確な悪意を感じたが、エルシオンにはそれがなかったような気がするし」


「嬢ちゃんには感じ取れねぇだけで、男が腹の内で何考えてるかなんてわかんねーだろ?」


「わたしだって生前は男だぞ」


「そうそう、男の欲なんつーのは男にしかわか……ん、ね……? ンンッ?」


 そこで足を止め、喉に何かつかえたように咽るキンケード。何事かと思いながら見守っていると、目を見開いて驚愕を露わにした顔がこちらに向けられた。


「お、お、男だったのかっ?」


「あぁ。そんなに驚くようなことか?」


「いやだって、えぇー、あー……。あぁ、そう……そうか……なるほどなぁ……」


「生前と同じ、男に生まれていればもう少し気楽に過ごせたと思うのだがな。令嬢というのは何かと大変だ」


 顔面に手を当て、しきりに何か呻いてたキンケードは、しばらくすると何もかも飲み込んだような顔をして大仰にひとつうなずいて見せた。


「あー、なんか改めて色々納得したわ」


「そうか、納得してもらえたなら結構。わたしもお前に話せて良かった」


 長く肩と腹に積もっていたものが、いくらか軽くなったような心地がする。

 普段から人並み外れた部分を見せてはいても、明確にヒトとは違うということを知られるのは怖かった。大事にしたい、そばにいてほしい、親しくしたい、そう思うほどに本当のことを打ち明けられなくなっていくのは、胸の内に土砂が積もっていくような息苦しさがある。

 せめて前世が『魔王』でなければ……、あとできれば『史上最もヒトに嫌われた魔王』なんて妙な二つ名をつけられていなければ、もう少しすんなり秘密を明かせたはずなのに。

 好悪の天秤が反対側へ傾くことを恐れて口にできなかったけれど、信用が足りなかったのはむしろこちらの方だったと思い知らされた。

 自分のことを理解して、信頼してくれる相手がそばにいるというのはこうも心強い。もしかしたらキンケードには、そう遠くないうちに秘密を全て打ち明けられる日が来るかもしれない。


 胸の内を明かし、清々しい心地に足取りも軽く。木漏れ日の林道をごきげんで歩くリリアーナの後ろを、情報過多で頭から湯気を出しそうなキンケードがふらふらとついて行った。


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