第276話 内緒話をしましょう③


 突然、イバニェス領の自警団に入ると妙な宣言をしだしたエルシオンは、なぜか得意げに腰に手を当て胸を張っていた。


「力量なら申し分ないでしょ。ルールとか役割とかあるなら後で教えてもらうし、入団試験みたいのあるならそれも受けるからさ。その黒い制服、結構カッコイイなーって思ってたんだよねー」


「そんな勝手な話が通るわけねぇだろ、このスカタン!」


「そうかなぁ? オレの行方がわからなくなるよりは、目の届くとこにいた方が安心じゃない? それに、そっちにとってもまるで利益がないわけじゃないよ。元『勇者』の戦力が必要になる場面なんてそうなくても、鍛錬の足しにはなってあげられると思うんだ。オッサンだって、またオレと手合わせしたいでしょ?」


「生憎と、オレより強ぇヤツは身内にもいるんでな、間に合ってるよ」


 唾棄するように返すキンケードに対し、エルシオンは余裕の笑みを欠片も崩さない。そう断られることがわかっていたとでも言うように、片手を翻しながら言葉を続ける。


「あんたは強いよ、最近やり合った人間の中ではトップに食い込むくらいイイ線いってた。でも、なんか剣筋に妙な癖がついてるよね、ひょっとして自覚もあるんじゃない? 狙いも踏み込みも的確なのに、全然斬る気が感じられなかった。習慣ってのはいざという時にも消えないもんだよ、オッサンさ、相手を殺す気でやり合ったことないだろ?」


「あのなぁ。勝手な能書き垂れるのも結構だが、こちとら領務めだ。どんな極悪人でもお縄にかけて聴取しなくちゃなんねぇ。初見で殺して良い相手なんてのは、今の世の中じゃあまずいねぇよ」


 確かに、とキンケードの横でひっそりうなずく。しかしエルシオンの方は何か別の思惑でもあるのか、おどけるように眉を上げるだけでそれには何も応えなかった。


「……と、まぁオレの就職先の話はまた今度にして。オッサンの疑問には答えたから次はオレの番だよね。サーレンバー領にいるうちに、ひとつリリィちゃんに大事なお願いを伝えておかないとって思ってさ」


「次から次へと、なぜお前ごときが話の主導権を握っている、立場を弁えろ」


「ごめ-ん。でもコレだけは聞いといて、リリィちゃんにとっ……いや、サーレンバー領にとっても大事な話だからさー」


 両手の指を組んで懇願のポーズなど取りながら、しなを作って体を左右に曲げるエルシオン。いまいち気は進まないものの、話を聞かないといつまでもこの格好で居座りそうだ。


「叶えるかはともかく、聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」


「うん、あのね、実はしばらく前……リリィちゃんとこの小屋で会った日の数日前なんだけど、街を歩いている時にある物を落としちゃったんだ。それがないとすごく困るから、ここの領主さんに捜索を依頼して欲しくて」


「失せ物探しなら、届け出れば済む話だろう?」


「そうなんだけどねぇ、物が物だから。近くにあればオレにはわかるし、落としたって気づいた時にすぐ探したのに、なんでか見つからなかったんだ。……コレくらいの大きさの、金色をした丸っこい宝石なんだけど」


 そう言いながらエルシオンが人差し指と親指で作った輪は、胡桃ほどの大きさがある。価値ある宝石だとしたら相当な物だ。

 色といい大きさといい、見た目はダンテマルドゥクの鎌に嵌められていた思考中枢の宝玉に近いかもしれない。


「貴重品なのだろう? そんな物、どうして道端で落とした?」


「いやぁ、うっかり、入れてた袋がほつれてたみたいなんだよね。ちょうどその時、街であの公演のチラシを見つけてさ、それにすっかり気を取られてたから落とした時のこ……音、そう、落下音を聞き逃しちゃったんだよ」


「その宝石の種類は? 金色というと、瑪瑙や琥珀か?」


「えっ? いや、預かり物だし、めちゃくちゃ稀少なのは確かなんだけど、石には詳しくないから種類はわからないな……」


 口元に手を当てながら考え込む素振りを見せるが、他に手掛かりになりそうな情報は出てこないようだ。

 落とし物をして困っている、なんて嘘を聞かされたところで意味はない。その様子を見る限り、失くした預かり物を探したいという願い自体はおそらく本当のことなのだろう。

 失せ物探しならアルトに頼めば何とかなるかもしれないが、こちらは実物を知らないし、あの広い街中で材質もわからない物を探すのは不可能に近い。

 何か手はあるかとキンケードを見上げれば、手持無沙汰に床へついた剣をくるくる回していた男は、その視線に気づいてリリアーナへ顔を向けた。

 ……それ、世界に一本だけの貴重な武器だから、あんまり粗末にしない方が良いのでは、と心の中だけで心配になる。


「宝石なんざ落とす方が悪い。ンなもんとっくに拾ったヤツが売り払ってんだろ、諦めな」


「売られてるならそれでもいいんだ、オレが買い戻すから。とにかく、今どこにあるかだけでも調べて欲しくてさ。頼むよ、放っておくとかなりマズイ、サーレンバー領にも良くないことが起きるかもしれない」


「何が起きんだよ、まさか呪いの品か?」


「あー、近い、だいぶ近い、ほぼそんな感じ!」


「お前、厄ネタしか持ち込まねぇな……」


 辟易した様子のキンケードは、「どうする?」と問うような目を寄越す。

 とりあえず、ブエナペントゥラに伝えるだけならそう問題はないだろう。目下、亡きクラウデオ氏らの遺品を捜索している最中だ。金色をした大粒の宝石が流れていないか、ついでに調べてもらうくらいはできるかもしれない。

 だが、呪いの品とは穏やかではない。妙な構成が刻まれた宝石ならふれるだけで害を及ぼす可能性もある。


「探すにしても、危険物なら扱いが変わるだろう。その宝石に込められた呪いの具体的な内容は?」


「落とした時点で、最高潮にヤバい。疫病が広がるとかそういうのはないんだけど、早く見つけないとどうなるかわからないし、見つけた後はオレがものすごーく嫌な目に遭うと思う……」


「よし、ブエナ殿に伝えておいてやろう」


「キミが嬉しそうで何よりだよ……。うん、ちゃんと元の持ち主に返さなくちゃいけないから、よろしく頼むね。売買のルートがわからない以上、権力者からのお触れが一番効果あると思うんだ。拾得物の届け出があれば一番なんだけど」


 ひとまず引き受けはしたものの、屋敷に侵入し、クストディアを怯えさせた犯人からの依頼だと言えば、ブエナペントゥラはあまり良い顔をしないだろう。嘘を挟まずに、何とか差し障りのないよう伝える言葉を選ばなくてはならない。

 どんな呪いが込められているか不透明なのも気掛かりだ。なるべく早く見つかれば良いのだが……。

 リリアーナがそんな思案をしている一方で、エルシオンは肩の荷が下りたとばかりに立ったまま脱力していた。


「はぁ~、あとはサーレンバー領民の善性と、捜索の働きぶりに期待するのみだよ。あの時にチラシに気を取られなければ良かったんだけど、でもそのお陰でリリィちゃんと再会できたし。結果良ければってことで、うん、早く見つかることを祈ってる」


「無責任なこった。呪いだとか何だっつうのは、本当に住民への害はないんだな?」


「ないない。見つかるまでの日数分だけ、オレに災厄が降りかかるとでも思っといて」


「……チッ。一応、こっちでも失せ物の届けは出しといてやる。商店なんかへの通達はブエナ爺さんを通す必要があるから、オレがファラムンド伝いに頼むよりは、嬢ちゃんから直接話してもらった方が面倒も少ねぇか」


 心底嫌そうに言うキンケードだが、確かにそれが一番手っ取り早い。

 ブエナペントゥラへの言い訳を考える必要がある分、自分には無駄な労力がかかるわけだし、もし無事に見つかった際には対価として何か情報を求めることにしよう。その後のキヴィランタの様子とか、自分の遺体とそばに落ちていたはずのダンテマンドゥクの鎌はどうなったのか、とか……。


「せっかく毎日領兵サンと顔合わせてるわけだし、あの人たちに頼もうかとも思ったんだけど。今んとこオレってば立場が弱いじゃん? これ以上、下手に弱みを見せて苛められるのも怖くてさぁ~」


「弱みもへったくれもねぇだろが、重犯罪者の分際で何をほざいてやがる。まるで反省の色が見えねぇな」


「いや、迷惑かけた分の反省はしてるってば。ほんとほんと。もちろん下される刑罰はちゃんと受けるし……っていうか、そろそろ中央から回答が来てるんじゃない? 何て言ってた?」


「……」


 軽い応酬から向けられたエルシオンの言葉に、返答はなかった。忌々しげに太い眉を歪めるキンケードだが、すぐに応えないことが答えになっているようなもの。

 中央からの回答というのは、この男が口にしていたかつての仲間、剣士オーゲンへの問い合わせについてだろう。すでに返事があったとは初耳だ。


「キンケード、中央から何か連絡が来たのか?」


「……あぁ。後で嬢ちゃんにも知らせるつもりではいたんだがな。すげぇ金のかかる燕便ってヤツで二往復、コイツの身元保証人だっつう人物と連絡を取ってたんだよ。ちょうど今朝、二回目の返信が着いたばかりだ」


 その表情を見る限り、あまり思わしくない内容だったのだろうか。視線で先を促すと、キンケードは辟易したように息をついて半身でリリアーナを振り返りながら言葉を続けた。


「ファラムンドたちはまずサーレンバー領主邸で起きた件と、コイツの言ってることの真偽を問い合わせたらしい。すぐにオーゲンっていうお偉いさんから、八割が謝罪で埋められた返信が届いてなぁ……。次に罪状とコンティエラの一件も含めた仮定刑罰を伝えたわけだが、九割の謝罪と残り一割で依頼が送られてきたんだわ、断りようのない王族の署名つきで」


「……オーゲン殿の心労が気掛かりだな」


「同じくだ。そんで、その依頼っつうか通達が無茶言いやがる内容でよ……」


「まさか免罪しろと?」


「そのまさかだな。罰金なら本人からいくらでも搾り取っていい代わりに、禁固と死刑はダメだと抜かしやがる」


 いくら中央からとはいえ、そんな一方的な通達がまかり通るものなのだろうか。

 自分に対する諸々は置いておくとしても、領主邸への不法侵入やクストディアへの脅迫など、言い逃れようのない罪を重ねていると思うのだが……。

 訝しさをありありと乗せた視線をエルシオンへ向けると、男はまるで他人事のように軽く肩を竦めて見せた。


「こっちから言い出した訳じゃないんだけど、ほら、オレってば『勇者』だったからさ。お役目を終えたご褒美的な? 殺人とかそーいうマズいことさえしなければ、大抵のことは『王室の極秘任務』ってことで、チャラにしてくれるらしいよ?」


「ずい分とな褒美だな……。かけられた迷惑を帳消しにされる方はたまったものではない」


「いやぁ、今まではこんな目立つこと滅多にしなかったし。それに王家側あっちとしては、まさかオレがここまで長生きするなんて思ってもいなかったんじゃないかなー」


「まだ言うほど経ってはいないだろうに」


 魔王城での対峙が四十年前で、あの頃のエルシオンは二十歳前後だったはず。普通に歳を重ねていれば六十歳辺りだからかなりの老齢ではあるが、この男のような健康体であればそのくらい生きても何も不思議ではない。

 単純にそう思っての言葉だったが、エルシオンは片目だけ眇めて妙な笑みを作った。


「『勇者』ってのは、あんまり長生きしないらしいからね」


「……?」


「と、いう訳でっ! 拘置が解けたらオレもイバニェス領についていくよ。これから昼食挟んで午後の聴取だから、ついでに帰りの馬車へ乗せてもらえるようにお願いしないとだ!」


 話はまとまったとばかりに両手をパンッと打ち鳴らし、そのまま扉の方に歩いて行くのを呆気に取られながら眺めていた。

 突然現れてベラベラしゃべったと思ったら、勝手なことばかり言って勝手に去って行く。何なんだこの男は。


「おい、忘れモンだぞ」


 そう声をかけるのとほぼ同時に、キンケードは持っていた聖剣をエルシオンの横顔に向かって放り投げた。

 浅い放物線を描いた剣は、受け止めた男の手に収まると同時に姿を消す。掴み取るなり収蔵空間インベントリへ収め直したのだろう。


「何だ、埋めるとか捨てるとかすると思ったのに。オレに返しちゃっていいの?」


「預かったモンは返すのが当たり前だろうが」


「へへへっ、オッサンのこと結構キライじゃないよ」


「そうかい。オレはてめぇが嫌いだよ」


 忌々し気に言い捨てるキンケードには構わず、エルシオンは手を振りながらリリアーナへ緩んだ笑顔を向けてくる。


「それじゃあリリィちゃん、また帰りに会おうね~」


「お前は、もう少し自分の立場というものを弁えた方がいいと思うぞ……」


「うん、立場を弁えて、いっぱいキミの役に立つよ!」


 振り返り様にひらりと指先を翻し、エルシオンは足取りも軽く小屋の外へと出て行った。

 このまま割り当てられた牢へと戻るのだろうが、囚人に自室のような気軽さで出入りされている側の立場を思えば、今日の脱走については黙っておいた方が良さそうだ。無論、先日の夜の件についても。


「ほんっと、ロクでもねぇなぁ……あれが当代の『勇者』サマかよ……」


「もう辞めたらしいがな」


 何とも言えない所感を持て余しながら、キンケードと揃ってしばらくエルシオンが去った扉を眺めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る