第253話 魔法師は見た!~策謀の劇場編~⑤
「っていうか、父上の無茶にも驚かされたけど、センセイもだよ。途中までは迫真の演技で良かったのに、なんで暴漢相手に立ち向かうのさ。開演前にわざわざ父上が釘を刺したの、何のためだと思ってるの?」
「うううっ、その件につきましては誠に申し訳なく……。あのお嬢様が怯えているのを見たら、リリアーナ様のことを思い出して、いてもたってもいられず……」
「まぁ、フェリバやトマサでも同じことしただろうけど。あの子の周りってそんなんばっかりだよね、我が身を省みないっていうか。職務的に身を盾にする気概は買うけど、そういう自己犠牲精神はリリアーナも喜ばないよ、覚えといて」
「はいぃ……」
両領主を説得し、信頼のできる守衛や自警団員を各所に配備して、不測の事態にも対応できるよう万全を期しての偽装『誘拐され』計画。
とはいえ、どれだけ安全面に配慮しようと襲ってくる誘拐犯は本物だ。ふたりの子どもが何か危ない目に遭うのではないかと、付き添いを任されたカステルヘルミとしては気が気ではなかった。
結果、へっぴり腰で勇んで振り払われ、壁に激突して目を回すなんていう醜態を晒す羽目に。とりあえずこちら側は誰にも怪我などなく、自分も鼻先をぶつけただけで済んだのは幸いだ。
暴漢とやり合った中で一番災難だったは、催涙の粉でひどい目に遭わされたアージだろう。洗い流した後も目を赤くして鼻水が止まらない様子でいたのに、石頭が自慢だと言うテオドゥロの方はぴんぴんしている。先ほど会った時、後頭部を殴られ蹲っていたのは演技だと聞かされて心底驚いた。
「実行犯の男たちは取り調べ中だけど、依頼人が捕まったって聞いたら素直に白状するだろうし。首謀者のオッサンはこれから余罪をたっぷり絞って、その後はまぁ……どうするのか、サーレンバー側の司法とブエナおじい様次第だね」
「あの双子の妹さんにも、お怪我はなかったのですか?」
「もちろんだよ。身代金を渋ると人質の耳を片方送りつけられる、とかは聞く話だけど、アジトへ連れ込まれる前にけりがついたから。父上はあの子の父親を談話室の窓側に誘導して、馬車が門から出るのを見せながら話してたんだって。『急遽クストディアが来られなくなったが、せっかくの機会だからとお宅のお嬢さんがうちの娘と同席しているらしい』ってね」
「髪の色と年格好は似ておりますものね、さぞ驚いたことでしょう」
「だろうねぇ。門を出る馬車を指して、窓に赤い手形が見えたような……とか言うだけでオッサンは血相変えて、あの馬車を止めてくれって騒ぎだしたらしいよ。父上はそういうの上手いから、まぁ騙されるだろうなー」
あの紳士然としたファラムンドからは想像もつかないが、貴公位に数えられる領主という立場を考えれば、演技において下手を打つことはまずないだろう。犯罪に手を染める人間がいけないのは無論のこと、今回はとにかく相手が悪かった。
「……ここだけの話、この誘拐は身代金をせしめるだけじゃなく、リリアーナとクストディアに『攫われてキズモノにされた令嬢』って悪評なすりつける目的もあったらしい。他に貰い手がつかないなら仕方ない、うちの息子が嫁に貰ってあげましょう、とか言って領主家と血縁を繋ぐためにね」
「は……?」
あまりにもあんまりな話に、カステルヘルミは目と口を丸くして絶句した。
その顔を見て満足したのか、それとも予想通りの反応だったのか、レオカディオは曖昧な笑みのまま先を続ける。
「だからアジトに着く前に馬車を止めてもらわないと何があるかわからなかったし、首謀者のオッサンも自分の娘が乗ってると知って血相を変えたんだ。替え玉計画を却下されないように、この話は父上には伝えてないんだけど」
「そ、そんな……だって、身代金目当てなら人質には危害を加えないだろうって、ファラムンド様もそう判断されたから……、レオカディオ様が一番危なかったじゃないですか、人のこと言えませんわ!」
大人として、計画に協力した立場として、黙ってはいられなかった。だがそんなカステルヘルミの憤慨と危惧などどこ吹く風、レオカディオは澄ました顔のまま静かにカトラリーを置く。
この話はもうお終い、ということだろうか。青菜をいくらか残し、近寄ってきた給仕にもう良いと示して口元を軽く拭う。
「……まぁそんなわけで、色々と協力してもらったセンセイには顛末や事情をあらかた話したわけだけど。言うまでもなく、今日のことは口外厳禁だから。特にリリアーナとフェリバには内緒だよ、いいね?」
唇の前に人差し指を立て、茶目っ気を込めて片目をつむる。
釈然としない思いはあるものの、何もかも秘密のまま事が運ぶよりは良かったのかもしれない。
それに、貴公位家の醜聞にも繋がるような一大事だ、情報がわずかでも漏れればどんな事件に繋がるかわかったものではない。カステルヘルミは黙秘を誓って大きく首肯を返す。
「ええ、承知いたしました。お名前を挙げないということは、エーヴィさんは今日のことをご存知なのですね?」
「あれはカミロの手先みたいなもんだから、ちゃんと知らせておかないと後が怖い。どうせ帰って叱られるのは父上だし〜。……それにフェリバは、昨日のことでずいぶん神経をすり減らしてるみたいだ。これ以上、リリアーナが狙われてたなんて話を聞かせたくない」
「ええ、同感ですわ」
レオカディオの身支度にはりきって笑顔を取り戻したのは喜ばしいが、それでもどこか空元気に映った。今の状態の彼女に、誘拐の危険もあったなんて話は毒だろう。
それにしても、あまり接点はなさそうな少年が一介の侍女であるフェリバの気持ちを慮ってくれることを、少しだけ意外に思う。
そんな気持ちが顔にまるまる出ていたのかもしれない。対面のレオカディオは柳眉を下げ、らしくない苦笑いを浮かべた。
「昨日、父上に抱えられてリリアーナが戻った時、ひどく
「フェリバさんが……」
「あんな侍女がそばにいてくれるなら、この先も安心できるよ。あの様子だと、将来リリアーナが嫁いで家を出る時も一緒について行くんじゃないかな」
続いてサーブされた小さなチーズケーキには手をつけず、レオカディオはテーブルの上でそっと指を組んだ。
「父上の決める婚約に従うっていう、リリアーナの言葉が嘘だとは思わない。でも、ませた娘なら色恋に興味を持ちだす頃だろう? あと二年もすれば方々のお茶会に呼ばれて、嫌でも同年代の令嬢とそういう話に花を咲かせることになるわけだし」
「はぁ、そうですわねぇ、人によってはそろそろ初恋も経験する年齢でしょうか」
いつか中庭で目にしたモノクロームの光景、そこだけ時間を切り取ったようなふたりの姿を思い返しながら、カステルヘルミはぼんやりと相槌を打つ。
そんな聞き手側の脳内などつゆ知らず、レオカディオはどこか老成した雰囲気を纏わせてため息をつく。
「少しは年頃の娘らしく色恋にも興味を持たせようと思って、流行の恋愛物語を取り寄せてプレゼントしたのに。なんか主題からズレた読み方をするんだよね……。変な方向にばっか大人びてるくせにさ。センセイはいつもお茶の時間とか一緒に過ごしてるんでしょ、リリアーナと恋バナとかしないの?」
「こっ、恋バナですか? 同年代の初々しい会話ならまだしも、大人とそういう話をするのはちょっと、まだお嬢様には早いのではないかなとっ」
「ふーん……センセイは父上がお目当てなのに、恋愛の話は出さないんだ? もっとリリアーナを利用してるかと思った」
蠱惑的に笑みを形を作る唇、未成熟ゆえの危うい色気を醸す上目遣いの眼差しを受け、どきりと心臓が跳ねる。
自分の容姿と、他人からどう見られているかを熟知している表情の魅せ方。これは、何も知らない相手であれば老若男女問わずひとたまりもないだろうなと、戦ってもいないのに完敗したような気持ちになった。
「あぁ、勘違いしないでね。別にセンセイの恋路を邪魔しようとかそういうつもりは一切ないから。父上だって男やもめが長くて寂しい夜もあるだろうし、節度さえ守ってればご婦人との付き合いも好きにしていいと思うんだ」
「はぁ、ずいぶん器の大きな考えでいらっしゃいますのね……」
「まぁね、父上を狙ってる貴婦人が山ほどいるのはわかってるし。でもさ、たまの夜会でしか近づけないご婦人方と違って、センセイはリリアーナや僕のこと知ってるのに。それでも父上狙いなんて、肝が据わってるなぁと感心してたんだよ」
「いえ、決してあの、やましい心持ちでは……」
領主の後妻狙いという不純な動機はたしかにあるため、否定をしきれず弁明が苦しい。
慌てて手を振り釈明の言葉を探すカステルヘルミを眺め、少年は麗しいかんばせにのせる笑みを一層深めた。
「だって、僕らを見れば母上がどれだけ常人外れた美貌だったかは容易に想像がつきそうなものなのに。それでも後釜を狙えるだなんて心臓が鋼でできてるか、面の皮が羊皮紙百枚分くらいないととても無理だよね。あははは、すごいなぁ、さすがはリリアーナの家庭教師だ」
うららかな日差しのような笑顔を前に、カステルヘルミは引きつった愛想笑いのまま椅子の上でガクリと崩れ落ちた。
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