第222話 気づけない空白と、
便箋などを置いている文机へ移動して、カミロとトマサへ宛てた手紙をさっさと書いてしまう。日常の報告だけだから頭を悩ませる必要もなく、前回と違って気楽なもの。
リリアーナが二通を書き終えて一度読み返し、用意していた封筒に詰めても、ソファの方では低いテーブルに便箋を広げたフェリバがペンを片手に肉食獣のような唸り声を上げていた。
「そっちはまだ終わりそうにないのか?」
「フェリバさんは考えすぎなのですわ。近況を報せる身内間のお手紙ですもの、元気でやっていると伝われば十分ですのに」
「うぐぐぐ……、もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「……まだ当分かかりそうだな。わたしはエーヴィを連れて書斎に行こうと思うんだが」
「ええ、こちらはお任せ頂いて構いませんわ。お嬢様はどうぞ読書を楽しんでいらして下さい。雨は上がりましたけど、まだお庭は湿っているでしょうから、テッペイさんの作業の続きは出来ませんものねぇ」
カステルヘルミの言う通り、裏庭は大きな水溜りこそ姿を消したものの、曇り空が続いているため土が乾ききらないようだ。防寒さえしっかりすれば出られないこともないが、泥で敷布や鎧が汚れてしまう。強化作業の続きは明日以降、庭の様子を見てからになるだろう。
「あ、もしかしてお嬢様の魔法で、スパッとお庭を乾かせたりします?」
「そうしたいのは山々だが、水を含んでいる広範囲の土から急に水分だけを抜くと、陥没を起こして庭を荒らしてしまう可能性が高い。一部だけの措置をしても同様にな。こればかりは変に手を出さず、自然に乾くのを待ったほうが無難だろう」
それと、あまり大掛かりな魔法を使えばそれだけで一日分の体力を使い果たしてしまう。庭を整えることで力尽きて、強化作業が手につかないのでは本末転倒もいいところだ。
力の上限値が低く、体力も乏しいヒトの体が恨めしいが、今は少しずつ鍛えていくより他ない。寝室での筋力訓練に加え、毎日魔法を使って地道に容量を増やしていかねば。
「まぁ……、意外に不向きなこともあるんですのね。お嬢様なら、もう魔法で出来ないことなんて何もないように思っておりましたけれど」
「そんなことはないぞ、魔法にだって不可能なことはたくさんある。たとえば、じ
――――――。
ソファに腰かけたカステルヘルミが、妙に呆けた顔でこちらを見ている。目をぱちぱちと瞬き、口が半開きのままだ。
手紙を書くフェリバは依然、便箋に覆いかぶさるような体勢で頭を悩ませているし、文法についての質問が飛んでこなくて暇なのだろうか?
「どうした、そんな顔をして」
「え? そんな顔って、えっ、わたくしですか? わたくしは特に何も……お嬢様の方こそ、急にその、どうかされまして?」
「わたしが何だと?」
「えぇー? いえ、別に何というほどでは……ないのですが?」
何かぶつぶつとひとりで呟きながら、しきりに首をかしげている。レオカディオ同様に、慣れない環境下で過ごすうちカステルヘルミにも疲れが出ているのかもしれない。
思えば、サーレンバーへ来てから毎日のように自分の用事へ付き合わせてばかりだったし、空き時間には構成円を浮かべる練習を続けている。たまには心身ともに休息を取らせたほうが良さそうだ。
「お前も疲労が溜まっているのだろう。フェリバが書き終わったらふたりでお茶でも飲んで、少しゆっくりしているといい」
「はい、……そうさせて頂きますわ」
<……あの、リリアーナ様、体調が優れないとかご気分が悪いとか、本当に何もおかしなところはございませんか?>
アルトまでもがそんな念話を送って、自分のほうがおかしいようなことを言ってくる。
よく寝てよく食べているため体調は万全だし、貧血や発熱もなく、いたって健康だ。何も心配はないと、リリアーナはポシェットに入れたままのぬいぐるみを鞄越しに軽く叩いた。
「あっ、リリアーナ様、エーヴィさんと書斎へ行かれるんですね。ではお部屋のことはお任せください! お戻りになるまでにはしっかり書き終えておきますから!」
「ああ、夕飯の折に父上へ手紙を預けるから、それまでには頑張って完成させておけ」
部屋に残るふたりは揃ってソファを立ち、廊下まで見送りについてくる。満面の笑顔で手を振るフェリバの隣で、カステルヘルミだけはまだどこか釈然としない顔をしていた。
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