第203話 お隣さんちの家庭の事情②
クストディアと、その周辺について気になること。そう考えてまず浮かぶのは、やはりあの室内に所狭しと置かれた物品だ。
使用しているならともかく、同じような調度品が複数あったし、未開封の包みも多く見られた。それこそレオカディオが軽口を叩いていたように、雑貨店でも開けそうな有様だ。
「あの、クストディア様のお部屋には様々な物が置かれていましたが。あれらは、蒐集品か何かでしょうか?」
「ふむ、あの子の部屋を見たら物の多さに驚くのも当然だな。あれは正直、集めているのか何なのか儂にもようわからんのだ。欲しいと言うものは買い与えているが、理由を訊ねても欲しいからとしか答えんでな」
「そうですか……」
欲しいから。それは集める理由に足るようでいて、あの部屋を見た後だと納得に欠ける。
部屋の出入りにも邪魔そうだし、手入れだって行き届いているのかどうか。与えている側のブエナペントゥラでもわからないなら、これもクストディアに直接訊ねなければ答えは得られないようだ。
「あと、クストディア様のお部屋にはいつも黒い鎧姿の者がいるようですが、あれは一体?」
「ああ、あの子が幼い頃からずうっと護衛役をしていてな。シャムサレムというんだが。どんなに優秀な侍女をつけても気に食わんらしく、未だにあれにしか気を許しておらんのだよ」
「侍女の代わり……? 中身は男性ですよね?」
「そうなんだ。外聞にも関わるし、儂も年頃の娘が部屋に男を置くのはどうかと思うんだが、いくら言っても聞かず手放そうとせんでな。身の回りのことはみんなシャムに任せきりだ。まぁ、物心ついた頃からそばにおるし、兄のように思っておるのかもしれん」
あんな無骨な甲冑を着ている者が、まさか侍女役とは思わなかった。何でも命じて手足のように使役しているように見えたけれど、侍女の代わりということは、着替えの手伝いやお茶の支度などもあの黒鎧がこなしているのだろうか。
……ちょっと想像がつかない。
「シャムはクストディアの命令には忠実なんだが、どうにもそれ以外のことは……。それにあの業つく張りな甥っ子夫婦と、聞かん坊な双子もな。あやつらには儂からきつく言っておこう。せっかくサーレンバーまで来てもらったというのに、着いて早々散々な目にばかり遭わせてしまって、すまんことをした」
すっかり意気消沈としている様子だが、下手に気を遣うよりは気の済むまで謝らせたほうが本人もすっきりするだろう。色々と思うところはあれど、今は何も言わず黙ってうなずく。
「子どもはのびのび育てるもんだという方針でいたが、甘やかしすぎたのか、どうにも我が侭に育ってしまった。逆にもう片方の甥の子は小心に過ぎるし。比べるもんでもないんだが、リリアーナや、お前さんの兄たちはみな礼儀正しい賢い子なのにのう……。少々癪ではあっても、ファラムンドには子育てのコツを見習わねばならんな」
そこでようやく、ブエナペントゥラは苦々しくではあるが笑ってくれた。謝罪はひとまずここまでなのだろう、ソファの背もたれに体重を預けて、深く息をつく。
こんな幼い子どもを相手にしても、話す言葉は真摯なもの。領主自ら足を運んで身内の行いの非を詫びるとは、実によく出来た人物だ。
だというのに、その血を継いでいるクストディアがあの性格というのは一体どういう訳なのだろう。今聞かされた通り祖父に甘やかされて育った境遇ゆえか、それとも別の要因があるのか、手持ちの情報だけでは何とも言えない。
あまり余所の家の事情に踏み込みすぎるのも、と迷っていると、ブエナペントゥラは冷めかけた香茶に手をつけ、リリアーナの顔をじっと見つめる。
「好き放題なうちの子らと違って、リリアーナは滅多に我が侭も言わんと聞いているぞ。どうだ、この際、おじいちゃんに何かおねだりはないかね? お詫びというほどでもないが、大抵の物は用意してやれる、何でも欲しいものを言ってみるといい」
「え? いえ、十分に良くしてもらっています。書斎の利用を許可して頂いただけでも過ぎるくらいに」
本心からそう言って両手を振れば、目を細めた老爺はそこで何か思い出したように携えていた本を持ち上げた。
「おお、そうそう、書斎といえばこれを持ってきたんだった。部屋から出られんのも暇だろうて、書斎に置いてる本からお前さんでも楽しめそうなものを選んでみたんだが、果たして好みに合うかどうか」
「本を……!」
大きな手からひょいと渡されるのを両手で受け止めたが、大判の本も含まれていてかなり重い。隣から手を貸してくれたカステルヘルミと一緒に、三冊の本を受け取った。
「読み終えた後はこの部屋に置いたままでいいし、もし気に入ったらイバニェスへ持ち帰っても構わんぞ」
「あ、ありがとうございます!」
膝の上に置いた本は、大判の重たいものが鳥類の図鑑、厚みのあるしっかりした表装が物語で、少し小さめの冊子はタイトルからすると詩集らしい。いずれも屋敷の書斎では見たことのないものだ。外向きの顔を作るのも忘れて口元が綻ぶ。
「わははは、喜んでもらえたなら何よりだ。リリアーナは本当に本が好きなんだなぁ」
「読書はとても楽しいです。あの、ブエナおじいさま、こちらの書斎の本について一点、おうかがいしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「ほう、何だね?」
このタイミングなら話を持ち出しても不自然ではないだろう。例の、探し求めている稀覯本について訊いてみることにした。
「ブエナおじいさまの書斎には、『勇者』エルシオンの冒険を描いた本はありますか? 出回っている数がとても少ない、珍しい本だそうで」
「ふむ、エルシオンの冒険記か。うーん、たしかクラウデオがそんなようなのを読んでいた気がするな、ずいぶんと昔のことだが……。どこかの商人に譲ってもらったと、嬉しそうにしていた覚えがある」
「ほ、本当ですかっ?」
身を乗り出して訊ねると、ブエナペントゥラは顎元を撫でながら鷹揚にうなずく。
あったらいいな程度の薄い期待が、まさか本当にアタリを引くとは。アダルベルトの言う通り、回収側からは権力的に手の届かない立場――領主の個人所蔵にはまだ残っていたようだ。
ブエナペントゥラの様子を見る限り、過去に回収と出版停止の騒ぎがあり、今では幻の稀覯本となっていることは知らないのだろう。亡くした息子の遺品だ、もし本当にあるなら見せてもらえるだけでもありがたい。
「息子の部屋はずっとそのままにしてあるから、置いているとしたら書斎ではなくあっちだろう。後で儂が探してみよう。他にもっと欲しいものはないか? 何でもいいんだぞ? ん?」
「いえ、本当にこれ以上望むものなんて……」
手に入る望みも薄かった貴重な本を読ませてもらえるなら、これ以上欲っするものなんて何もない。
遠慮ではなく本心からそう答えて首を振れば、ブエナペントゥラは何かを透かし見るように、もしくは過日を回顧しているかのように、目をうんと細めてこちらを見ていた。
「欲がないのう。お前さんの読書好きや遠慮がちなところは、うちのクラウデオとよく似ておる。引っ込み思案で、いつも他人のことばかり気にかけて。血が繋がっているわけでもないのに、あれの幼い頃を思い出す……」
「……父や、キンケードからも、思慮深く良い友であったと聞いています。生きていらっしゃるうちに、ぜひお会いしてみたかったです。クラウデオ様にも、わたしの曾祖父にも」
「ああ、エルネストか、うん……あれもリリアーナの生まれる前だったな。あの頃は色々なことが重なりすぎて、たくさんのものが失われた。こんな老体ばかり残しても仕方ないというのに、まったく、精霊の思し召しとはわからんものだ、善い奴ばかりが先にいってしまう」
サーレンバーの領主夫妻に、曽祖父――ファラムンドの祖父エルネスト、そして自分の母。確かに、リリアーナの生まれた辺りで幾人もの要人が失われている。それぞれ原因は別にあるはずだが、同じころ他にも何かあったのだろうか。
それを訊ねようとして、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
つらいことを思い出したせいだろうか、肩を落とした老人は大柄な体が一回り小さくなったようにも見える。今はこれ以上、当時の話を聞き出すのは酷というものだろう。
「……ああ、いかんいかん、辛気臭い話を聞かせてすまんな。年を取ると、どうも昔話ばかりしてしまう」
「いいえ、また今度ゆっくりと、曾祖父のお話を聞かせてください」
「もちろんだとも。リリアーナの曾じいさんはとんだ傑物だから、話のネタには事欠かんぞ?」
ブエナペントゥラは愉快そうに体を揺らして笑うと、そのまま前屈みになって顔をのぞき込んでくる。
「それで、欲しいものは思いついたかの? ファラムンドには内緒にしておくから、おじいちゃんに何でも言ってみなさい」
なおも食い下がるこの老人は、具体的な望みを言うまで諦めないつもりだろうか。あまりのしつこさに、隣に座るカステルヘルミと顔を見合わせてしまう。
周囲の大人たちには我が侭を求められてばかりだ。何不自由ない生活を与えられ満ち足りているけれど、もう少しだけ、要望は素直に伝えたほうが喜ばれるのかもしれない。
何か欲しい品、自分の自由にしたいものはあったろうか……と考えを巡らせて、記憶の片隅から昨日見たあるものが思い出される。
ファラムンドやカミロに対してねだるのはためらわれるが、もしアレが『個人用』として手に入るなら、実用と無聊の慰めにちょうど良いかもしれない。
「それでは、お言葉に甘えてひとつだけ。昨日クストディア様のお部屋へ行った時、気になるものをお見かけしまして……」
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