第168話 跳ばされた男②
「……にしても、何でこんな所に落とすかなー」
周囲を見回して思わずぼやく。
着地の衝撃で木々や雑草が吹き飛んでしまった地面は、暴風に晒され岩と土だけの空き地になっている。塔の上から眺めたら、この場所だけ森に穴が空いているように見えるかもしれない。
エルシオンは転がった石ころをブーツの爪先で蹴飛ばし、ぐっと伸びをしてから再び白亜の塔を見上げた。
「オレを敵だと認識してるなら、それこそ海の真ん中とか雪山にでも放り出せば良かったのに。わざわざ中央のひと気のない場所に落としたのは、何か理由でもあるのか?」
<確かに、あそこからなら南海とかベチヂゴの森のほうがよっぽど近いのにね。とは言っても転移に距離は関係ないわ。座標を指定する必要があるから、ココを選んだ何かしらの意図はあるんでしょうけど>
「何かしら、ねぇ……。どうにもわかんないことだらけだ。そういえばオレが動けなくなったアレ、解析したんだろ。どういう仕掛けの構成だった?」
<う……。何だか知らない視えない魔法で、体の中身に働きかけてたってことしか……>
いつも居丈高な念話の声が、居心地悪そうに語尾を小さくする。
知らない魔法ということなら自分も同じだ。このふたりで考えてもわからないなら、現時点ではどうしようもない。
『視えない構成』なんて初めて聞くけれど、長く生きている自分でも知らないような魔法はまだまだいくらでもある。
それに、彼があの地に潜んでいるなら、未知の構成を創り出して配下に教えるくらいは訳もないだろう。
むしろそうして手下を集め、従え、育てることこそあの『魔王』の真骨頂だ。
そもそも、自分が追っていた相手はこちらの追跡を感知し、逃亡中に複数の防護魔法まで使いこなしていた。それに加えて行動阻止の魔法と大精霊を動かしての転移だ。もしあの男ひとりの仕業なら人間離れしているにも程がある。
自警団員や善良そうな菓子店まで巻き込んで、本当に街の子どもを攫っているのだとしたら……、将来有望そうな人材を集め、手駒とするべく教育でも施しているのだろうか。否、性格的にそれはないか。
あの地は表面上、ずいぶん良識的な領主が治めているらしいが、その水面下でどれほど根を張っているのやら。
……もしかしたら、とうに領主も篭絡されている可能性だって否めない。
「あっちは手下に魔法師を多く揃えているのかもな。次はもうちょい注意しながら近づこう」
<あんなとこでヒトの配下なんて集めて! どうせまた群がってきた有象無象をホイホイ取り込んで仲間にしたのよ、あのヒトたらし魔王が!>
「そこは人望あるとか言ってやれば?」
<そんな良いモノじゃないわよあれは、ほんっとにもう、
かつてキヴィランタの頂点に君臨した相手に対し散々な言いようだが、いつものことなので苦笑で流す。
周囲の者たちから好かれやすい性質であることは、すでに知っている。
外敵に対し容赦はなくとも、一度臣下として身内に加えれば種族を問わず厚遇したという逸話も聞いている。
だが、それが何だというのか。
「ただの人間だと思って甘く見すぎた。『魔王』の配下だってんならこっちもそのつもりで行く、次はこんなヘマしてらんないからな。捕まえてボスの居所を吐いてもらう」
<あの誘拐犯を探すのね?>
「ああ。視えない行動阻止の魔法と、大精霊の転移。どっちも厄介だが発動に条件があるらしいことはわかったから、場所と状況を工夫すればどうとでもなる」
いつでも発動できるなら、あんなに路地を駆け回る必要も、囮を使って背後を取る必要もなかった。
対処ができないものは何も真正面から対策なんて取る必要はない。相手の小細工をかいくぐって、一気に叩けばいいだけの話。
だから問題は、敵の手の内が見えないことなんかよりも……
「とはいえ、あの三人の身元とか何もわからないしな。自警団員らしいあのヒゲ男から辿ってみるしかないか。特徴がはっきりしてるから、詰め所とやらに行って訊けば一発だろ」
<三人って……まさかアンタ、あんないとけない少年少女を疑ってるの? この人でなし!>
「何とでもどうぞー。あの場所まで子どもたちを抱えて走ったのは、黒コートの男で間違いないだろうけど。お前が言うような誘拐犯だって決めつけるのはどうかな」
元々、誘拐だと騒ぐのにせっつかれて追いかけただけなのだが、結果的に人ならざる力によって王都くんだりまで転移させられた。
こんなことが可能で、自分が本物の『勇者』だということを知っている相手が、単なる人さらいに留まるはずもない。
指を一本立てて、未だ答えの見えない仮説を並べてみる。
「考えられる線としては……まず一、お前の主張通りあの男や囮の女が『魔王』の配下で、子どもたちは無関係。二、子どもたちも全員グルだった。三、子どものほうに主導権があり男は操られていた」
<そんなこと、>
「四、人間はみんなただの傀儡で、お前が気配を辿った
<……!>
指を四つまで立ててから、五つ目は握り潰して腕を下ろす。
もうひとつ思い浮かぶものはあるが、さすがに可能性は低い。どうせここであれこれ言ったところで、どれが正解か知るすべはない。
「自分で言い出しておいて、まさか忘れてないよな?」
<わ、忘れてなんかないけど、結局正体もわからないままだったし。あぁ、でもそうか。
「どっちにしろ、ただの一般人がそんなモノ持ってるはずもない。『魔王』からの下賜品か? せめて三人のうち誰が所有してたのかわかれば手がかりになるのに……わかんねーんだろ?」
全く期待をせずに問いかけると、案の定、<ぐるるぅ>という獣の唸り声みたいな念話が返ってきた。
<あ、あ、でも、アンタが転移される少し前に音声を拾ったわ。解析に手一杯だったから明瞭に記録してるわけじゃないけど、少年のほうが何かお礼を言って、『リリィ』って呼んでたと思う>
「ハッ? あるじゃん、手掛かり!」
名前がわかっているなら捜索は何倍も楽になる。
しかも、あの状況で礼を交わすような立場なら、少年と少女どちらも全くの無関係という線はなくなったと見ていい。
「リリィちゃんか、可愛い名前だな。あの身なりと話し方からして上流階級の娘なのは間違いない。あそこから離れた所に住んでるって言葉に嘘はなかったようだが、子どもの距離感はあてになんねーからなぁ……」
あの路地から離れた街中に家があるのか、コンティエラの街から離れているという意味なのか。
ともあれ現地へ戻って聞き込みをしてみないことには、これ以上の情報収集は難しい。
<じゃあ、このまま真っ直ぐイバニェス領へ向かうのね?>
「んー……そうだな、ついでだから少し南下してサーレンバー領を通ってくか。領道の事故現場と、噂の花畑ってのも見ておきたいし」
日の短いこの季節、傾きだした陽が落ちるのは早い。
暗くなってしまう前にと、白い塔を目印にのんびり歩き始める。
ひとまず今日は王都で宿を取って、明朝一番の馬車で発てばいいだろう。
せっかく自警団の親切な青年にあれこれとお勧めの宿を紹介してもらったのに、情報を活用できるのはまだしばらく先になりそうだ。
今朝、コンティエラの街へたどり着いてから最初に話しかけてきた行商人は、旅人に対する定番ネタなのだろう、領道の花畑のことを教えてくれた。
この時期はさすがに花弁を落としているが、花の季から雨の季まで異様に長く赤い花を咲かせ、道中の疲れを癒してくれるのだとか。
その次に話しかけてきた妙齢の女性は、領道の落石事故で命を落とした自警団員のご近所さんらしい。
残された未亡人がどれだけ可哀想か延々と語り、自分も寂しい独り住まいだから家で一緒に食事でもと誘われた。
せっかく大きな街だから食べ歩きをしてみたいし、自分には大切な人がいるからとやんわり断った。
その後で遭遇したのが、ふらふらと道を歩いていた顔色の悪い童顔青年だ。
落石事故の当事者たちの同僚として、また事件の話に詳しい職場柄、実に有用な情報を提供してくれた。
三人の語る内容に齟齬はなかったから、童顔の――ナポルと名乗った青年の話も概ね信じて良いだろう。
普段であれば、情報収集はもっと多角的に複数の証言を集めるし、ひとりの言うことを真に受けたりはしない。だが、彼から得られたものはそれを埋めて余りある。
「元々曰くつきの場所だけど、興味出てきたよ。向かう途中でもちょっとイバニェス領について探ってみようかな」
<探るって『魔王』の潜伏先じゃなく? ああ、領主の暗殺未遂とかいう話?>
「そーいうのも諸々。『魔王』がどうしてあの領を選んだのかも気になるし、イバニェス領とか領主のことを知るのは、何となく近道になる気がする」
匂いというか、感触というか。勘にも近い何かがそう囁いている。
今日の遭遇で自分の存在を認識されてしまった以上、防備を固めると同時に潜伏が深くなるはずだ。
以前のように円柱陣を起動するとか、異様な数の精霊を集めるなんていった目立つことは一切しなくなるだろう。
居所の目途が立つだけでは駄目だ。
外周からじわじわと詰めていくようでは、下手すると余所へ逃げられてしまうかもしれない。
ピンポイントに、
王都の外周が見えてきたところで倒木から樹の枝に跳び乗り、隣の樹に移り、一気に外壁を跳び越えた。
着地したのも街路樹の陰だから、誰も見ている人間はいない。
念のため周囲を軽く探り、通行人がいないのを確かめ
明確な目的地と、やりたいことがある。
あの燦然と天を貫く円柱陣を視てからというもの、息をして、歩くたびに、自分が生きているということを強く実感する。
気の持ちようが変わったせいだろうか、あてもなく大陸中をさまよった数十年までもが、何だか大したことない時間に思えてくるから不思議だ。
「あー、あの店の煮込みシチューうまかったなー。コンティエラに着いたらまた食べに行こうっと! ナポル君にも会えるかな、ああいう裏表ないのとしゃべるの気楽でいいよな。オレのこと覚えてないだろうし、また挨拶から入って一緒にメシ食いに行こっかな」
<呑気なもんねぇ……>
「おう。何かさ、今すんごく楽しいよ」
浮かれている、昂っている、心が躍る。
いくら掴んでも砂のように消えるばかりだった彼の消息について、やっと手応えを感じることができた。
自分なら必ず見つけられると信じていたし、それを成せると疑わなかったからこそ今日まで歩みを止めずに生きてこられたのだ。
諦めるなんて選択肢は始めから存在しない。
見つけるか、見つけられないまま死ぬか。――その二択なら、死にさえしなければいつかは見つけ出せるのだから、一歩目を踏み出した時点で自分の勝ちも同然。
ようやく見えた長い旅の終わりに、そして悲願の成就に向けて、エルシオンは足取りも軽く城下町へと続く道を歩いていった。
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