第164話 探索者アルト、再び③


「商工会副会長パウントーザ氏の不正洗い出しの件、続報がございます」


「ああ、倉庫の下に穴掘ってたやつか、笑っちまうな。ったく、工事の手が足りないって時に無駄な人員使いやがって」


 そう毒づくファラムンドは大きな口でサンドイッチを頬張り、反対側からはみ出た鴨肉を摘まんでぺろりと平らげた。

 リリアーナに提供される軽食と比べると、表面の炙られたバゲットは切り方が厚く、中の具材も倍はある。皿の上には装飾の類が少なく、代わりに一口大に切られた果物が添えられている。

 いずれも仕事の片手間に食べられ、昼食の代わりに腹を満足させられるよう、という配慮によるものだろう。

 同じメニューでも相手によってここまで違うものを出せるのかと、アルトは厨房長の手腕にひっそり感心した。


「一昨日、彼からの情報を得て調査へ向かわせたところ、地下の通路はすぐ発見に至りました。こちらを使って隣の空き屋へ移動し、そこで分配や移送を行っていたようです。目こぼししていた分の三割増しといったところですかね。抜け荷と収賄に関する記録も押収しておりますので、あとはいかようにでも」


「相応の悪さで満足しときゃいいものを、欲をかくから蛙は蛙なんだよ。じいさんにはもうチクってあるのか?」


「ええ、委細まとめたものを先ほどお渡しして参りました。ひとまずの処罰としては、罰金といくらかの権利の剥奪といったところでしょう。会長はお怒りでしたが、不正の内容自体は微々たるもの。中央への税だけは手をつけていなかったようですし」


「越えちゃまずいラインくらいわかってるだろ。これからも適当に池で泳がせとけ……んん、確かになんか柑橘の味がするな、うまい」


 ひとつ目をあっという間に食べきり、続いてふたつ目のサンドイッチを手にしたファラムンドは、再び大きな口を開けてからそのまま閉じた。

 どこか疑わしそうな目を、報告の主へと向ける。


「これが『二』なのか?」


「……調査に入った際、倉庫の隠し扉および地下の通路と隣の空き屋にいた人夫は全員、その場で昏倒しておりました。現在は治療院の一室を借り切って軟禁中ですが、医師の見立てでは軽い酸欠ということで。すでに意識は回復し、順次聞き取りを行っている段階です」


「酸欠?」


「雑な工事により通気口設置が不十分だった、ということにしてあります」


 地中に作った通路にいたならそれも理解できるが、地下以外の場所にいた者まで全て昏倒していたなら、原因は別にあるのでは。

 アルトのそんな思いと同じものを、ファラムンドも抱いたのだろう。

 苦い顔をしながらバゲットの端をかじり、香茶で流し込んだ。


「捕らえた全員、地下にいたってことにしたのか」


「でないと言い訳が立たないでしょう。彼に事情を訊ねるわけにもいきませんから」


「あー、もうそれでいいよ、下手に突っついたら藪から何が飛び出てくるかわかんねぇ。情報と置き土産だけで十分だ」


「はい。……正直に申し上げれば、ポポの店で彼がパウントーザ氏を黙らせた時は、少しばかり胸のすく思いをいたしました。そもそものご来訪もアクシデントによるものだそうですし、対応の手間賃としては十分な対価を頂けたと考えて良いでしょう」


 しばらく香茶に口をつけたまま黙考していたファラムンドは、半分ほど飲んでから無言のままカップを置いた。


「次」


「はい。一昨日の顛末にてご報告いたしました、リリアーナ様が再訪を望んでいらした雑貨店の店主が、体調を崩しているという件です。少し気になりましたので、様子見に昨日部下を派遣しまして。……訪ねても応答がなく、念のため室内へお邪魔したところ、寝台にて衰弱死寸前の状態で発見に至ったとのこと」


「一人暮らしの婆さんならそういうこともあるか。運が良かったな、無事なのか?」


「治療院へ運び込みましたが、容体については報告待ちですね。ご高齢だそうですし、こればかりは医師の治療とご本人の体力次第かと」


 リリアーナが会いたがっていた雑貨店の店主が、まさかそんなことになっていたとは。

 これは、はっきりとした情報が入るまでリリアーナにも伏せておいたほうが良いだろう、……と考えかけてから、結局カミロと同じではないかとアルトはぬいぐるみの表面に小さな皺を寄せた。

 知らせたほうが良いこと、まだ隠しておくべきこと、それらの選別基準がリリアーナの心情を配慮したものであるなら、この大人たちがしても自分がしても同じ結論に至るのだ。


「持病か?」


「……であれば、話は簡単なのですが。治療院へ運んだ後、念のため部屋の中を少々調べさせて頂いたところ、ベッドサイドに置かれた本から特殊な紙の栞が発見されまして」


「栞……まさか、例のあれか。リリアーナの手元にあったやつと同じものが?」


「紙の色と、描かれた模様は異なっているものの、同種の栞と見て間違いないでしょう。こちらの魔法師にも確認を取らせましたが、同様に何らかの魔法が刻まれているそうです」


「やっぱり出回っているのか」


「発見はこれが二例目ですので、まだ何とも。入手元を探るためにも事情をお伺いしたいですし、リリアーナ様も再会を望まれておりますから、何とか快復して頂きたいところですが。難しいかもしれません」


「チッ。……リリアーナには、まだ言うな」


「はい」


 直立する男はそう短く返し、ガラスの奥で目を伏せる。

 やはりそういう判断になるのだ。

 隠し事の多い勝手な大人たちだと憤慨していたが、リリアーナを想うからこそ、隠さねばならないことばかりなのだと、こうして直に聞いて初めて気がつかされる。

 だが、すぐにそれを認めるのも何だか癪で、アルトは真鍮の板に貼りついたまま表面の皺をぎゅっと深めた。


「あの行商人はまだ見つからないのか?」


「目新しい情報はないですね。進路の気ままな行商人とはいえ、目立つ容姿ですし。ここまで足取りが掴めないとなると、疑いたくはないですが」


「十中八九、漏れてるだろうな」


「それも、栞のことが発覚した早い段階で身を隠すよう伝えたものと思われます。まぁ、あたりはついているのでそちらはともかく、まずはアイゼン氏の行方ですね。彼は根っからの商人、そういつまでも潜んでいられはしません。いずれ尻尾を出すでしょう、引き続き探らせます」


 そう言い切ると、カミロはワゴンのそばに戻って空になったカップへ香茶を注いだ。

 それを滑らせるように差し出してから「ちなみに、今のは厄介度数でいうと『八』ですね」と言い添える。

 次は二桁に突入だろうかというアルトの思いを映すように、ファラムンドは露骨に嫌そうな顔をした。


「先ほど、戻りがけに中央からの速達をお受け取りしまして。次の領主会合に参加するための道中、サーレンバー領主らと同行という形で、馬車と護衛を手配して下さるそうです」


「はぁ? また唐突に妙なことを言い出したな、別に経費が浮くからこっちはいいけどよ」


「領道の事故・・の件を鑑みて、お気遣い頂けたようですね。前回は代理で出席いたしましたが、さすがに次回は旦那様もご参加下さい。アダルベルト様の十五歳祈念もありますし、馬車まで手配されてはどう言い繕っても逃げられませんよ」


「ぐぬ……」


 低く唸り、反論のかわりにサンドイッチをもさもさと咀嚼するファラムンド。

 中央と呼ばれる聖王国の中心部、ここからずっと西に位置するその城下町には大きな図書館があるとかでリリアーナも気にしていた。

 長兄の十五歳祝いを兼ねているなら、もしかするとその馬車に主も同乗するのだろうかと、アルトは期待混じりに聴覚をそばだてる。


「ご懸念の通り、何らかの思惑はあるのでしょうが。馬車と護衛の手配は素直にお受けしてもよろしいかと。ブエナペントゥラ様との同行も、信用を保証するための措置と思われます」


「例の子どもが絡んでると思うか?」


「ええ。急に道中の安全に配慮してきたことからも、リステンノーア様の口添えがあったと見て間違いないでしょう。旦那様ご本人を中央へ招きたい、何らかの理由があるものと推測いたします」


「まさかリリアーナを寄越せとか言い出さないだろうな? やらんぞ?」


「さすがにそれはないと思いますが……。そもそも、仮にその打診を受けたとして、こちらの立場では断れませんからね?」


「ぐ、ぐ、ぐぅ……」


 雲行きの明暗についてアルトに判別つかないが、もしこの中央行きにリリアーナも同行できるのであれば、あの白い少年との再会も叶うことになりそうだ。

 会合とやらの日取りは不明でも、アダルベルトの誕生日が関わるならこの冬の間のはず。行程について詳しいことが決まり次第、いずれリリアーナにも告げられるだろう。

 これは朗報だから、部屋に戻ったら今晩中に伝えてしまっても悪い話ではない。

 できたばかりの友人との再会、きっと喜ぶはずだ……と浮かれかけてから、ふと、<厄介度の二桁はどうした?>という疑問がアルトの思考中枢に浮かんだ。


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