第161話 ドライフルーツとミルクティー③


 フェリバが向かったチェストへ目を向ければ、一番上の段に四つの袋が立てかけるようにして並んでいた。

 色鮮やかな袋だから飾りたくなるのもわかるが、もしかしたら香り袋か何かと勘違いしたのだろうか。

 織りが細かく匂いが漏れない袋だし、その置き方を見るに、どうやらカミロは預ける時に中身を告げなかったようだ。


「お持ちしました。これ、お土産だったんですね」


「ああ、お前たち三人にと思って。中身は同じだから、どれでも好きなものを選んでいいぞ」


「私たち三人……ですか?」


 数が合わないと不思議に思ったのだろう、フェリバが首を傾ける。


「中身は、お前がよく行くと言っていた店の焼き菓子だ。お勧めをマダムに選んでもらった。エーヴィはあまり好まないそうだから、その四つはフェリバとトマサとカステルヘルミ先生と、あとアダルベルト兄上の分だ」


「ア、アダルベルト様に? わぁぁ、それなら私たちが先に選んじゃうわけにはいかないですよ、リリアーナ様! 残ったものを頂きますから、先にアダルベルト様へ贈られる物を選んでください!」


 フェリバはチェストから運んできた袋をテーブルの上に並べ、両手で「どうぞ」と促す。

 順序としては確かに、フェリバの言う通りだ。

 土産物を渡したい身内という括りに、家族も侍女もみんな含めていた自分の認識が間違っていた。選択の余地があるものはまず、立場が上の者から選ぶべきだろう。今後はもう少し気をつけよう。

 並べられた袋は色も柄も異なるが、どれも一様に鮮やかで、どちらかといえば女性が喜びそうかなという感想を抱く。

 自分だったらこの中からどれを選ぶだろうかと迷い、一番すっきりとした柄の橙色の小袋を手に取った。


「兄上にはこれを渡す。あとは好みのものを選んでいいぞ」


「ありがとうございます!」


 そう華やいだ声で応えたフェリバだが、まず先に客分であるカステルヘルミに好きな色を訊いて選ばせ、次に年長のトマサへどちらが好みかたずねて、残った袋を嬉しそうに胸元へ抱えた。

 そうした細かな心配りを自然にできるところが、自分にはない部分だなと思う。


「私たちにまでお土産を……お心遣いありがとうございます、リリアーナ様。大切に頂きます」


「うん、休憩の時にでも食べてくれ。その小分けの袋は、軽食に立ち寄った店の店主がくれたものなんだ。父上も懇意にしている店だというから、次は一緒に行きたいと思っていのたが。まだ当分無理そうだなぁ」


「ファラムンド様のお気に入りのお店ですか? まぁ、いつかご一緒できると良いですわね。……あ、そこに先ほどの失礼な方が乱入したんですの?」


「ああ、そのせいで店の者にも迷惑をかけてしまった。他の客からは離れた、専用の部屋を用意してもらったのに、勝手に二階へ上がってきてな……」


 どうやって自分たちの居所を知ったのやら。あの岩蛙たちが来なければ、もう少しゆっくりノーアの話を聞くことができたのに。

 それ以外に自分に対しての実害はなくとも、店の備品や店員らを乱暴に扱い、ファラムンドの悪口を聞かされたり、ポポやカミロに対し酷い暴言を吐いたので心証はよろしくない。

 あんな男でも歯車として重用しなければ立ち行かないとは、街の営みも大変なものだ。

 立場にものを言わせて後ろ暗いことをしていた様だし、さっさと罷免してもっと能力のある者を後釜に据えることはできないのだろうか。

 何やらノーアに痛い情報を掴まれ、それを元にカミロが何かしたようだが、あの件はその後どうなったのだろう。

 自分の所まで報告がくるかはわからないけれど、あの情報が今後は好き勝手をさせないための枷となるなら何よりだ。



「それは災難でしたわねぇ。せっかくおふたりだけの、レアなお出かけでしたのに……」


「いや、もうひとりいたから、午後は三人で行動していた」


「もうひとり?」


「街で会った同じ年頃の子どもだ。同年代の友人ができたのは初めてだから、色んな話ができて楽しかった。一緒に軽食をとったり、屋台を見て歩いたり。あやつのお陰で有意義な時間を過ごせた」


 率直に感想を告げると、三人は何やら締まりのない顔をしながら、揃って口元を緩めた。

 ノーアについて詳しく話すことはできなくとも、名前や身分さえ言わなければ問題はないだろう……と判断したのだが、予想外の反応が返ってきて困惑する。


「何だ、どうした? 外に知り合いを作るのはまずかったか?」


「とんでもない! リリアーナ様、お屋敷から出られなくて同じ年頃のお友達いらっしゃらないですもんね……お外へ連れ出してお友達作りに協力するとか、侍従長もなかなかやりますね!」


「ちょっと想定とは外れましたけど、お友達作りは大事ですわ、ええ」


「侍従長が同行を許可されたのでしたら、身元も確かな方なのでしょう。仲良くお過ごしになられたようで、何よりでございます」


 屋敷の外に同年代の友人ができたことを、三人も喜んでくれているようだ。

 どういう経緯で知り合ったのかなど詳しく話すことはできないが、自分が嬉しかったことを一緒に喜んでもらえるというのは、何だか面映ゆいような、くすぐったい気持ちになる。

 いつか、ノーアとの再会が叶った後なら、きちんと紹介することができるだろうか。

 逆にノーアにもフェリバたちを紹介してやりたい。自慢の侍女と、魔法を教えている弟子なのだと。


「いいなぁ、次こそ私が街をご案内したいけど、まだダメかなぁ。掛け持ちとか無理だし……、あ、トマサさんならいけるんじゃないですか? 守衛部からお声がかかってるんですよね?」


「少し訓練へのお誘いを受けただけですよ、私が護衛係なんてとんでもない」


「守衛部? 門番などをやっている白い制服の者たちだったか。トマサは前にも私のお伴で一緒に街を歩いただろう、あれとはどう違うんだ?」


「あの時の護衛係は、キンケードや他の守衛部の者で構成されておりました。私はただのお伴でございます、リリアーナ様」


 困ったように眉尻を下げながら、トマサが体の前で握った両手に力を込める。

 三年前は、街歩きをしている最中は特に問題は起きなかった。

 ただ、帰ろうかという段階で領道の事故の報せを聞いてしまい、別邸にトマサだけ残してキンケードと共に現場へ向かったのだ。

 自分も精神的に余裕がなくて悪いことをしたと思っているが、もしかしたらあの時のことをまだ気にしているのだろうか。

 トマサには何の落ち度もないし、屋敷への伝言を頼んだのはこちらの方だ。何かを引きずっているのだとしたら一体……


「リリアーナ様から教えてもらった特訓も、まだ続けてるんですよね? せっかくなんだし、ちょっと守衛部の訓練とかいうのにも参加してみたらどうです?」


「そんな軽々に引き受けられるものでは……。私はリリアーナ様付きの侍女です、それ以上のお役目など手に余ります」


「何かしら、リリアーナ様の特訓って。トマサさんもわたくしみたいに、何か練習をなさっているの?」


 カップを手にしたままカステルヘルミが問いかけると、フェリバが素早くワゴンを回って距離を詰めた。


「何年か前にリリアーナ様から食事と運動について教えてもらって、それ続けていたらぷよぷよだった体が締まって、体力も腕力もついたんですよー。吹き出物がなくなって、そばかすも目立たなくなったし! ルミちゃん先生も一緒にやります?」


「締まる? 肌が綺麗に? 体を鍛える美容法ということかしら?」


「ですです。私、前はもっと樽っぽかったんですけど、朝と寝る前に続けてたらすごく体が軽くなって、今じゃ四階まで一気に駆け上がれますもん。前にいた侍女のカリナさんって人もみるみるうちに痩せて、効果がすごかったんですよ」


「そういえばわたくしも最近、お腹のあたりが……。お屋敷でのお食事があまりにおいしいものですから、つい食べ過ぎて……」


 そう言いながら自分の脇腹をつまむカステルヘルミ。

 見る限り動くのに差し障りがあるような体形ではないし、頬の血色もよく健康的だ。

 侍女たちとは違って体を動かす仕事でもないのだから、別に無理をして運動をせずともそのままで良いのでは。


 そんな所感が顔に出ていたのだろうか。

 何かを言う前に、カステルヘルミがテーブルに手をついて身を乗り出してきた。

 その表情は真剣だ。


「胸を減らさずウエスト周りと二の腕を引き締めたいのですが」


「いや、そう言われても……」


「最近、肌荒れも気になっていて。乾燥してお化粧の乗りが悪いんですの。寝る前に鏡を見ると十歳くらい老け込んで見えて。本の細かい字を見ているだけで頭痛がしたり。階段上ると息切れと立ち眩みがしたり。妙に疲れやすくなったというか。この歳で老化かなとかこっそり怯えたりしていたのですけれど、そういうのも丸っと全部何とかなったりしません?」


「…………」


<女性の、美と健康に関わる悩みは尽きませんねぇ……>


 アルトから丸きり他人事といった様子の声が届く。

 そういうものなのだろうか。

 健康に関心を持ってくれるのは何よりだが、体にまつわる悩み事の何もかもを解消してやれるわけではない。

 あまり過剰な期待を寄せられても、――いや、何とかするのは自分ではなく、カステルヘルミ本人だ。

 いくつか原因の心当たりはあるし、本人の根気と心がけ次第では悩みの全部とはいかずとも、せめて半分くらいは何とかなるかもしれない。


「……そうだな。魔法の訓練の他に後でいくつか書き出しておくから、それを日課にするといい。難しそうなものは適宜相談に乗ろう」


「お嬢様……っ! ありがとうございます、わたくし、どんな厳しい特訓でもきっと乗り越えてみせますわ!」


 祈るように指を組み、顔を輝かせる。

 魔法の訓練も、ぜひそれくらいの意気で挑んでもらいたいものだ。


「まぁ、うん。食事で気をつけることと、朝晩の運動メニューについてだ。構成を浮かべる練習も続けてもらうから、あまり無理はしすぎないようにな」


「はい!」


 カステルヘルミの威勢の良い返事にうなずき、空になったカップを置いてソーサーごと少し押す。

 切り上げの合図だ。腹が程々に温まったことだし、少し本でも読んで休んでいようか。

 話す相手がいるとティータイムも賑やかで良い。

 一度昼食をとるためにテーブルを共にして以降、カステルヘルミとはお茶の時間を一緒に過ごすことが増えた。

 侍女たちは決して着席することがないから、こうして対面に座って話相手になってもらえるのは自分としても嬉しい。

 トマサに椅子を引いてもらい、アダルベルトへ渡す小袋を手に立ち上がる。


「リリアーナ様、ちょっと失礼しますね。お熱を計らせてください」


「ん」


 フェリバのひんやりした手が額にあてられる。

 柔らかく、わずかに冷たい手が余分な熱を吸い取るようで心地よい。

 頬、首筋と順にふれて離れていった感触が名残り惜しい、と思ってから、もしかして熱がまた上がっているのではと気づいた。


「うーん、微熱ありますね。よし、ベッド行きましょ!」


「……体を起こして本を読むくらいは構わないな?」


「ちゃんと休んでくださるんでしたら、それくらいはいいですよね、トマサさん?」


「ええ。夕餉の支度が整う頃にまたお声がけいたしますので、本日も寝室で安静にお過ごしください」


 本を読めるなら椅子でもソファでもベッドでも、自分的には大差ない。

 赤い小袋を手に上機嫌なカステルヘルミへ別れを告げて、トマサと共に寝室へ向かう。

 腹がいくらか満ちたせいだろうか、少し眠たくなってきた。

 食事の前に起きたばかりだというのに、子どもの体というのは何をしても眠気がつきまとう。

 読みさしの本をもう少し読み進めてみて、無理そうだったらまた寝てしまおう。

 黄色い袋を棚の引き出しにしまい込み、サイドチェストに置いていた本を取ってベッドへと上がった。




<……リリアーナ様>


「ん? どうした?」


 トマサが退室するのを待ってから、アルトが念話を送ってきた。

 開きかけた本を閉じ、ヘッドボードの端に置いているぬいぐるみを振り返る。


<後ほど、ほんの少しおそばを離れるご許可を頂ければと>


「離れるって……」


 どうやって、と言いかけて、以前に書斎のテーブルの上で動いて見せたことを思い出す。たまに角の部分を振っているのも目にする。

 原理までは詳しく知らないが、アルトはぬいぐるみの綿と布を操作していくらか動くことができるようだ。


「まぁ、お前が動きたいと言うなら構わないが。くれぐれもヒトに見つかることのないようにな」


<はい、心得ております>



 その返事だけを受け取って、膝の上で読みかけの本を再び開く。


 誕生日にアダルベルトからもらった薄い金属製の栞、自室で使うための銀色のものが挟まっている。

 それを片手に紙面へ目を落としたリリアーナは、数行を追うだけですっかり文章に没頭してしまう。


 アルトもたまには自分の手元を離れ、自律行動を取りたい時もあるだろう……という程度にしか考えていないため、部屋の中を動き回るつもりだとしか思わない。

 『人に見つからないように』の範囲にフェリバとトマサが含まれていないことも、まだ知らないのだった。


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