第42話 間章・つよい魔王さまは臣下が欲しい。①


 数日かけて散らばった石片だの木屑だの積もった埃だのといったゴミを片づけた部屋は、当初想定したものより数倍は広かった。程良いスペースを確保できればそれでよかったのだが、あまり広すぎても持て余す。だが今から別の部屋を改めて片づける気にもなれず、ひとまずこのだだっ広い空間を当面の寝床とすることにした。


 掃除を手伝ってくれた小鬼族の兄妹と白蜥蜴たちに礼を言って下がらせ、部屋の片隅に鎮座する岩へ杖を立てかける。なぜ部屋の中にこんな大きな岩があるのか、どうやって持ち込んだのかも謎だ。細かく砕けば出入口から捨てに行くこともできたが、面倒なのでそのままにしてある。そのうち上面を削ってやればテーブル代わりになるだろうという目算もあった。

 インベントリを探り、厚手の大きな黒い布を取り出す。アルトバンデゥスの解説によると防刃防火に極めて優れた性能を発揮する生地ということだが、仕立てる際にはどうやって断裁するのだろう。身を包んで余りあるほどのそれを岩に敷き、その上にどっこいせと腰掛けた。

 一息……やっと、一息つけた。城に到着してから早五日、部屋に座ってくつろぐだけでこんなにかかるとは。ここは自分の居城という話だが、世の城主というものは皆こんな苦労をしているのだろうか。だいぶ訳がわからない。



「疲れた。……体は疲弊せずともな、気分が疲れる」


<疑問:雑用など下々の者を使われればよろしいのでは?>


「あんな非力なものばかりではゴミを運ぶ用も足せないだろう。何だここは、本当に魔王城なのか?」


<回答:ここはキヴィランタの中枢、魔王城に間違いありません>


 自分が『魔王』であることはすでに知っている。そしてこの場所が魔王城で間違いないというのなら、状況的には何もおかしなことはないはず。

 着いて早々に、くつろげる場所を探して目星をつけた適当な部屋を片づけるだけで五日が経過したとしても、だ。


「いや、何か、……何かがおかしい気がする。魔王というからには王であり、王ならば治める土地だけでなく、配下に相当するものがいるはずではないか?」


<回答:前魔王の直臣たちはすべて、前代勇者一行に討ち滅ぼされているようです。さらにその下に統べていたものたちは、ことごとく領内へ散逸したものと思われます>


 主を失って数十年を経た城は、小動物や小型の魔物、名もない弱小部族らの巣となり果てていた。主だけでなく、管理するものが誰も残っていないのならそれも納得だ。

 焼け落ちた外門、あちこちが風穴だらけな廊下などが、以前ここで行われた戦いの凄まじさを物語っている。特に酷いのが一階の広間だった。焼け焦げた痕跡が方々に残され柱は折られ、天井部分などすっかり落ちて中庭のような有様だ。

 そういった一通りの内観を見学したのち、何とか使えそうな部屋はないかとあたりをつけてたどり着いたのが、城の奥にあるこの塔だった。こちらは被害が軽微だったらしく、壁や天井に穴が空いているところもない。その代わり、中はゴミだらけで使われていたのかどうかも怪しいが。


「まぁ、使えそうな部屋があっただけ良しとするか」


<情報:先代、先々代とヒト型ではない魔王が続いたため、入口の狭いこちらの塔はほぼ未使用だったものと思われます>


「下手すると百年以上も放置されていたわけか、ゴミ置き場になっても仕方ないなそれは」


 そんなゴミ置き場を自身の寝床とする件については考えまい。どうせ睡眠などとらないのだから。

 想像以上に前途多難だ。部屋に鎮座する岩へ腰掛け、ざんばらに伸びた前髪をかき上げながら魔王デスタリオラは嘆息する。元々楽な役割ではないと覚悟はしていたが、まさか最初の仕事が自室の掃除とは。


 城に着けば今後の指針となる情報や領内のことなど、残っているものから何か聞けるのではと思っていたのに、先代の統治を知るものはもうこの城に誰もいなかった。棲みついていた小動物らはデスタリオラの到着と前後してあらかた城から逃げ出していったし、その他の小さな部族らは息を潜めてこちらの様子をうかがっている。中には掃除を手伝ってくれたような友好的な個体もいるにはいるが、大抵はひどく怯えて会話にもならない。そんなに怖ろしい外見をしているだろうか、と自身の顔を撫でてみても今一つわからなかった。


「話を聞けるような配下がいないどころか、精霊たちまで妙に反抗的だしな。今までの魔王はどうしていたんだ、皆こんな目に遭ってきたのか?」


<回答:過去の魔王は統治が進んだ後、何らかの困難に直面した際にだけ都合のよいアドバイザーとして我々を引き出すのが常であり、城へ着く前から「話ができる物」なんていうソートで我々を引き出したのはデスタリオラ様が初めてとなります>


「ん? つまり?」


<回答:魔王着任直後の様子は蓄積情報に記録がありません。ライブラリの情報を参照しますか?>


 その問いに是と答えると、アルトバンデゥスの杖の頂上部に埋め込まれた宝玉がわずかに輝きを増した。自身が蓄える知識以外からも参照できるとは便利なものだ。もっとも、魔王として生み出された直後より一定の知識を与えられているデスタリオラも、そういった意味では同類かもしれないが。


<検索:閲覧権限クリア、第一層より参照。過去の魔王の約八十五%は魔王就任を領内へ広く宣言、各地に住まう部族から有力者を城へと呼びつけた模様>


「呼びつけるのはいいが、そうして集めたものたちは、自分が魔王だと名乗っただけで従うものか?」


<回答:従属を拒否するものはことごとく粛正、召集に応じなかった部族は集落ごと粛清。直接力を見せつけることにより、王の座に君臨したものと思われます>


「刃向かう奴を叩きのめすならまだしも、そんなことをしていたら有能なものまで失うだろう。非効率的だ。……だが、過去の魔王のほとんどはそれでまかり通ったというのか」


 持ちうる力を示し、頂点に君臨するに相応しい魔王だと認めさせるのも手段のひとつではあると認めよう。構造的に、法らしい法のないこの地では力の多寡こそ価値観のすべてだ。最も強いものが、一番偉い。実にシンプルでいい。

 そうやって力尽くの支配を繰り返してきた下地があるからこそ、という面もあるのかもしれない。


「反抗するものを説得するとか交渉するとかいう考えは、最初からなかったんだろうな」


<疑問:キヴィランタに棲むものが魔王に従うのは当然では?>


「では疑問を疑問で返そう、アルトバンデゥス。なぜ魔王領の住民は魔王に従わなくてはいけない?」


<回答:そういう役目を持ってこの地に生を受けているからだと、歴史が答えております>


 その回答に対し、デスタリオラは首を横に振る。優等生な受け答えをする思考武装インテリジェンスアーマだが、もう少し自分で考えて自分の意見を答える、ということも覚えてもらいたい。淡く輝く青い宝玉へ向かって語りかける。


「生まれる時に『魔王に従え』と役目を仰せつかってきているとでも? まさか。まぁ、そういう役割を持って生まれるものがいないと断言はできないが、大半は違うだろう」


<疑問:解説を求めます、魔王デスタリオラ様。この地の生命はいかなる過去においても魔王に従ってきました、それは役目を全うしていると言えるのでは?>


 過去の累積、歴史の積み重ねを情報の基礎として扱うアルトバンデゥスには中々理解し難いことかもしれない。もしかしたら口に出すこともできないか、という試行も込めて危うい話題を舌先へ乗せてみる。


「我は生まれる前から、『魔王』という役割を与えられてこの大地に降り立った。存命中に何を為すのも自由だが、その在り方と終わりだけは定められている。だが全ての命にそうした役割が定められているわけではない」


 四角い穴の空いた壁の向こう、西の空は燃えていた。融けた鋼のような太陽が煌々と細長い雲を照らしている。藍と黄金を層にした空はこの時間を切り取った今しか見られない、額に収めた絵画を鑑賞している気分になる。

 あと幾ばくもしないうちに日は沈み、暗く静かな夜がやってくる。それが明ければまた空は光を取り戻し、六日目の朝が始まる。自分はあと何回この色を眺めることができるだろう。


「全ての命は自由なんだ、アルトバンデゥス。もしお前が人造生命体であると自負するなら覚えておけ。思考の自由、行動の自由、生命活動の自由、ものに違いはあれど、そこへ不自由を定義するのは役割などではない。自分自身の意志だ」


<……。魔王へ従属するという不自由は、自身の意志で決定すべきということでしょうか?>


「お前は良い杖だな、アルトバンデゥス。最初に話し相手としてお前たちを引き出したのは正解だった」


<謝意:光栄でございます、デスタリオラ様>



 魔王としての権威をふるい力を見せしめるのも自由。それに従うも、反抗するも自由。この地に役割を得て生まれたものがいたとして、そういった部分へ不自由を差し込まれることはない。命惜しさに恭順を示すのも、己の矜持のまま反抗するのも、各個の意思が起こす行動。すべての命が、誕生前から生き方が決められているなんて不条理があってたまるか。


 自身の『魔王』と、対をなす『勇者』、それ以外にどんな役割が存在するのかは知る由もない。だが、役割持ちだって思考と行動に自由が保証されていることは確かだ。もしかしたら、それは終わりが決められているというリスクに対する補償とも言えるのかもしれない。これまでの魔王たちは、一体どんな心持ちでその時を迎えたのだろう。

 死にたくないという生命活動を続ける上で当然の欲求に従ったのであれば、領内から強力なものたちを居城へ呼び寄せ、勇者の襲来に備えて防備を敷くという考えもわからなくはない。刃向かうものを見せしめに両断するのは一種の時間短縮。説得や交渉なんていう無駄を省き、一番手っ取り早い方法でトップにつき、自分を守らせるために領地を支配する。……この塔の有様を見る限り、ただ単に面倒だっただけのようにも思えるが。


「与えられた時間は限られている。それを理解した上で、あえて面倒な方法を取ろう」


<質問:反抗するものへの説得や交渉という件でしょうか>


「ああ。呼び寄せるのは後だ、まずはこちらから出向こう。力を示せと言われたらその通り、力ずくで言うことを聞かせれば良い」


 筋力も精神力も構成力も、体を成す全要素が最高値であることを知っている。すべての状態異常への耐性があるため、睡眠すら不要の身体だ。この大陸で自分を殺害できるのはただひとり、いつかこの城へやってくる『勇者』だけだろう。


<疑問:なぜ城に呼ばないのでしょうか、力を見せつけるならばこちらへ呼びつけてからでもよろしいのでは?>


「お前なら、こんな朽ちて寂れた城を見ても従いたいと思うか? 呼び寄せるなら城を改修した後だ。最低限、門と広間は何とかしてからでないと、我がこの城の主だと名乗るのも憚られる。勇者にだってこんなボロ屋は見せられまい」


<納得:…………。>



 窓らしき穴から見える空は、いつしかその光源を陽光から星の瞬きへと交代していた。山の稜線を照らす、滲んだ黄金色の名残り。この時間帯の移り変わる色彩を眺められる西側に窓があるのは、中々悪くない。どうせ寒さも感じないのだから窓など穴が空いていれば十分だ。

 睡眠欲は湧かずとも、疲労感を癒すために岩へ背を預けた。

 明るくなったら、まずは現在この城を巣にしているものたちを把握することから始めよう。あの小鬼族の兄妹と、気のいい白蜥蜴に手伝ってもらえば対話くらいは叶うだろう。このまま棲み着いても構わないし、城から出たいなら好きにすれば良い。

 力自慢の配下を集めるにはこちらから出向くと決めたが、城を改修するならまず労働力となる手を集めなければならない。彼らがそれを担ってくれるのなら少しばかり手間が省ける。それでも、今いるのは力の弱いものたちばかりだから、建築に精通しているものや鍛冶などの各技術者を在野から探し出す必要はあるが。


「世界で一番強くても、何でもできるというわけではないな」


<肯定:そのための配下、臣下でございます。魔王様>


「有能な臣下が欲しい……」




 ――まさかその後、数十年に渡って同じ悩みに頭を痛め続けることになるとは思いもしない魔王デスタリオラ、就任五日目の夜の一幕だった。


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