第41話 光柱を視るものたち


 アグストリア聖王国、王都。

 十三の領に囲まれた城都は歴史も古く、その外周部は改築を重ね広大な都市へと発展を遂げていた。人が集まり、物が集まり、権力が集中していく。かつては一度、魔王の侵攻により壊滅的な被害を受けたこともあるが、そんな過去の影など現在の栄華からは欠片も見出すことはできない。少なくとも俯瞰の風景からは。


 諸領からは中央とも称される巨大な都。その更に中央部分へ建設された豪奢な建造物と、奥にそびえる白亜の塔。王城の尖塔部分と同等まで伸びるその最上階からは、数万戸に及ぶ王都の隅々までを見渡すことができた。

 歪な増築を重ねた外郭のもっと向こうに広がる草原も、北に連なる山脈も、東の青い大湖も。

 その湖の遥か向こうに、三十五年の時を経て、天を衝く光の柱が打ち出された。


 白い壁に閉じられた白い部屋。王都の最も高い場所、蔦の装飾が絡まる大きな窓の向こうに、白い少年はそれをた。

 あまりに距離が離れているため糸のような光なのに、強い引力を放って目を惹きつける。本体の大きさが知れないため距離を測ることはできないが、大湖と向こうの岩山を越えた先となると聖王国東端に近いだろう。

 それだけの距離を経てここまで届くほどの光、現地で目の当たりにしていたら一体どれだけの眩さを放っていることか。光量に目が潰れるか、もしくは影が焼き付くか、想像もつかない。

 周囲で雪の結晶を散らすようなささめきが鳴る。


「なんだ、あれ。すごいな」


 雲を抜け天を突く光は遥か上空、じっと目を細めて見える範囲、視力の限界まで続いていた。

 空の終わりというものがあったなら、それすらも突き抜いているかもしれない。空の果てのもっと上、星のひとつくらいには届いただろうか。

 地と星を繋ぐロープ、そんなものを夢想する。結ばれた星は地上に落ちてすべてを滅ぼす。もしくは、ロープを投げた誰かが星に引っ張り上げられて連れ去られてしまう。星から見る空の上の景色はどんなだろう。

 そんなことを考えぼんやり眺めていると、光の糸はふっと姿を消してしまった。

 あれだけ上へと続いていたのに空気へ溶けてしまったように何も残っていない。

 葉揺れのささめく声、微かな囁きが遠い地の同胞へ起きたことを伝えてくる。


「……そう。そんなのがいるんだ」


 特に興味を惹かれることはない。ただ知識がひとつ増えただけ。つと漏れた呟きが何もない床へ落ちる。

 この世界には自分と、それ以外しかいない。それ以外の中のひとつに過ぎない光など、ここでこうしている自分には何の関係もないものだ。命を終えるまで邂逅もしないだろう。

 遠い場所で生きる別の生命、知らない人、関わらない他者。星が落ちようと空に連れ去られようと、眼下にうごめく十数万の命と大差ない。


 それでも引き剥がせない視線をそのままに、白い少年は青い青い空の向こう、消えてしまった糸を惜しむようにいつまでもその先を眺めていた。





     ◇◆◇





 ざわりと、項を撫でる悪寒じみたものがあった。

 急に吸い込みすぎた空気に気管が鳴る。

 今し方通り過ぎた岩場まで駆け戻り、脚の筋肉をたわめて一息に跳んだ。途中で足をかけて一段、もう一段を跳び、瞬きの間に見上げる山程もある巨岩の頂上へ立った。

 被っていたフードを乱暴な仕草で跳ねのけ、遥か南の空を見据える。


 その瞳は、頭髪と同じ焔に明々と燃え盛っていた。

 鋭い視線を向ける先には、天をも突き破る一筋の光。


「あれ、は……、間違いない……!」


 大陸を縦断する距離を経てもこの眼には映る。もはや遠いか近いかなど関係なく、常人には視認すらできない光を赤い眼は確かに捉えた。

 見紛うはずもない、かつて間近で目の当たりにし、及ぶ者のないその猛威は身を持って知っている。

 妨害も抑制も効かない理不尽のかたまり。ヒトの身にあって、この世で自分だけがそれを知っているのだ。


「……やっと、見つけた!」


 多層構成を越えた、天と地を貫く円柱構成陣。

 常識というものを考えないそんなバカげた構成を描ける存在なんて、魔王並の構成素地を持ち、魔王並の精霊眼を持っていて、魔王並に理論に囚われない者にしかあり得ない。

 本当にそんな奴がいたとして、実行に移せるほどの細やかな制御と精霊を従える力を持った特異な存在――


 褪せない記憶、黒い濡羽の髪に自分と同じ目を備えた超常存在。

 あの瞳を思い返さなかった日などない、今日この瞬間まで、自分はそのために生き永らえてきた。脳裏から消えることのない色。

 一度はこの手で掴みかけた望みを、手の中で砕けたあの絶望を、魂が凍えるほどの嘆きを決して忘れはしない。


 急速に沸き上がる体温、血液が沸騰するほどの熱、赤い眼を見開きながら唇をわななかせ。体の底から起きる震えにこぶしを固く握りしめる。

 踏みしめた足の下で岩に亀裂が入り、纏う覇気であたり一帯の大気を振動させながら――


「やっと、やっと、やっと、やっと見つけたぞ、魔王デスタリオラ――……ッ!!!」


 焔の男は咆哮を上げる。

 かつて己の手を濡らしたそれよりも尚赤い眼で、彼方の空を見据えて。

 もう一度チャンスはやってきた、逃がしはしない、今度こそ必ず。消えゆく光の糸へと手を伸ばす。――必ずこの手で。







 ――――さぁ、運命を再開しよう。


 第六十七魔王デスタリオラと勇者の物語は、まだ幕引きなどされてはいない。

 ここからが第二幕。

 舞台は閉じない。戦いは終わらない。与えられた役割通り、勇者が魔王を見事討ち滅ぼすその時まで。




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