第14話 魔王デスタリオラ


「――そしてそのときっ! 卑劣な策を読み切った勇者エルシオン様の光輝く聖剣が、とうとう魔王の胸を深く貫き!『グギャァォォー!』断末魔の叫びが轟く!!」


「……」


「苦悶に呻き醜くも呪詛を吐く魔王へ、勇者様は『ここで眠れ、永遠に』と華麗に止めの一撃を放ち、ついについにっ、長く激しい死闘へ終止符を打ったのであります!!!」


「三十年そこそこで目覚めたけどな……」


「かくしてっ! 麗しき焔熱の勇者エルシオン様は、悪しき魔王デスタリオラを見事討ち果たし、この聖王国へ再び平和が取り戻されたのでしたァー……!」


 弁舌に熱の入った教授にはリリアーナの呟きなど耳にも入らず、今にも感涙にむせびそうな勢いで語尾を掠れさせながら話を締め括った。

 悪役だということはとっくに承知しているものの、やはり他人の口から悪しざまに語られるのは、なんだかなーという気もしなくもない。

 机の端に乗せているアルトも思うところがあるらしく、プルプルと小刻みに震えている。


 もっとも、最期の一騎打ちは広間に自分と勇者のふたりしか居なかったのだ。そこで一体何があったのか、実際に交わされた戦いの様子を語り継げる者は、場に残った勇者本人しかいないだろう。

 そもそも魔王の命に止めを刺したのだって聖剣ではないし、あんな台詞も吐かれていない。

 教師の話を聞く限り、その当人は魔王打倒を果たした後、あの場でのことをあまり他者へ語らなかったと見える。


「……はぁ。すみません、つい熱くなってしまいました。戦いの様子などはやはりお嬢様にはいささか刺激が強すぎたでしょうか」


「いや、魔王デスタリオラのことを聞かせてほしいと頼んだのはこちらの方だ。お陰で有意義な話が聞けた」


 刺激も何も、実際は腹が裂けたり肘から先が弾け飛んだり血液が沸騰したりと色々大変だったのだが、今それを伝えても仕方ないだろう。望みを聞いてくれて教師へ、リリアーナは鷹揚にうなずいて見せる。

 ひと呼吸置いて落ち着いたのか、痩せた教師は興奮に頬を赤らめながら「いえいえいえ」と呟き、ずれた眼鏡の位置を直す。


 ここのところ歴史の授業では聖王国の歴代国王についての講義が続いていたが、どうも魔王について触れるのを意図的に避けているようだと感じた。

 国内の歴史をさらうのだから、外部は関係ないものと見做しているのかと最初は思っていた。だがそれとなく訊ねてみると、魔王の話はリリアーナが怖がると思って触れなかったのだと言う。

 ……幼子が名前を聞くだけで怖がるような存在なのだ。そうなのだ。

 もうそれについては仕方ないものと割り切り、今日の授業は教師の知っている範囲で魔王デスタリオラについて語ってもらうことにした。


「歴史上最も人に嫌われた魔王として名高いデスタリオラですが、その爪痕は深く、未だ中央ではその名を耳にするのも忌々しいと毛嫌いする貴公位の方も多いと聞きます。お嬢様もお気をつけください」


「そうなのか、教えてくれて感謝する」


「いえいえ、生徒の知らないことをお教えするのが教師の役割ですから。……おっと、もうこんな時間でしたね」


 受け持った時間のほとんどを、魔王対勇者の戦いについて熱く語るだけで終わってしまった教師は、リリアーナへ歴代国王について年表を読んでおくという課題を出して部屋を辞した。

 与えられている書物はあらかた目を通し終わっているため、それについて問題はないが、久しぶりに聞いた自身の二つ名に思わず苦笑が浮かぶ。


 魔王としての在任中、デスタリオラは領内のことで手一杯だったため聖王国への危害など一度も加えた覚えはないというのに、いつの間にか「歴史上最もヒトに嫌われし魔王」なんて呼ばれるようになっていた。

 まったく言い掛かりもはなはだしいが、『魔王』という役割を考えれば、嫌われること自体は仕方がない。

 それにしたって、大陸の歴史上には過去にもっと甚大な被害を出した魔王もいたというのに、デスタリオラばかり酷い言われようではないかとリリアーナは思う。


 二十一代前の魔王など、自領から大軍を率いて王都近郊まで深く攻め入り、その戦での死者数は双方ともに膨大であったと聞いた記憶がある。

 途中の村や街はことごとくを焼かれ、兵も民間人も問わず皆殺しにし、時には共食いすらしながらどこまでも進む行軍。正に煉獄の如き有様だ。

 その在任中は暗黒期と呼ばれ、数十年の間で聖王国の人口は三割も減ったとか。勇者に倒されてからも各地へ散った魔物の脅威は晴れず、復興に数百年を要したとか。

 そんなとんでもない魔王だっていたのだから、それと比せば自分の行いなど可愛いものではないだろうか。

 だがひとりそんな弁明をした所で何が変わるわけでもなく。三十年以上経った今でも、ヒトの間ではやはり相当に嫌われているようだ。


<……まったく、なんという、なんという無礼! この屈辱……っ! 魔王様に対してなん、なんたる、んもう、っっっ!!!>


「いや、落ち着け……」


<これが落ち着いていられますかー! あんな、あんな……それに、勇者っ! 絶対に許さん、許さんぞ……ゴミクズどもめ……灰燼に還してくれよう……>


「まぁ、あれも魔王を倒すのが役割だ、そう怒ってやるな」


 怒りに激しく揺れるアルトの頭頂部へ指を置き、ぐりぐりと円を描くように回す。

 宝玉の部分が重りとなって上側だけが大きく回る。そうしているうちに震えは少しずつ収まっていった。気持ちがいくらか落ち着いたのだろう。

 それにしても、こうして杖から切り離すまで宝玉に振動の機能があるとは知らなかった。どういう仕組みなのか若干気になる。


「あの教師とて誰かから伝え聞いた話だろう。三十五年前にすでに大人だった者からも、当時のことを聞いてみたいものだな」


 歴史の教師の外見年齢は父親以上、庭師のアーロン爺以下、およそ四十歳前後だろうが。魔王の『被害』が大きかった当時に子どもでは実感が薄いに違いない。

 できれば他の貴公位や商人たちからも話を聞いてみたいが、王国の端に位置するこのイバニェス領内より、中央の方が詳しい事を聞けそうだ。


 ――三十五年前に大人だった者。

 そういえば、魔王デスタリオラを討ち果たした勇者は、今どこで何をしているのだろう。

 すっかり忘れていた焔の色を、教師の熱弁で思い起こした。

 近づくだけで火傷を負いそうな色彩をまとう若者、あの強い意思を宿したヒトの勇者はまだ存命だろうか。

 あの戦いの後、生きているとしたら今は五十歳過ぎくらいになるはずだが、彼はどんな人生を送ったのだろう。辛い旅の先に魔王を討つという偉業を果たしたのだから、その働きを讃えられ、余生は幸せに暮らしているに違いない。

 生まれ変わったとはいえ決して会いたい人物ではないが、自分の屍の先にある幸福であれば、それ自体に悪い気はしない。

 きっと、そのための『魔王』なのだから。



「さて、お茶でも飲んで休憩しようか。午後までに手紙を書きたいんだ」


<コノウラミ……ハラサデオクベキカ……>


 冷静になったらしいアルトと書物を胸に抱え、侍女を呼ぶためのベルを鳴らす。

 リリアーナ用として購入された、真新しいレターセットをカミロ経由で侍女から受け取っている。糊で綴じられた便箋は薄い書物ほどの厚みがあり、一体どれだけ手紙を書くと思われているのか疑問だ。

 まぁ、それだけ手紙の文化が活発なのだろう。次の時間はそれを使って何通か書くことに決めているし、表現に困る部分があれば夫人が指南してくれるだろう。


 隅に控えたフェリバが扉を開け、トマサがティーセットを携え入室してくるのを見て、リリアーナは勉強机を立った。


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