第7話「二人でやった方が、ぜったい」

結婚をする前には、同棲をする期間が必要だと思う。そういう話をした。

桐木平は言った。どのくらいか、と。

「一月。できれば、三ヶ月」

タマチは応え、桐木平のカフェオレをひったくって飲んだ。


次の月。

ドライブはアウディとかベンツとかの、テレビやラジオに惜しげも無く広告費を投入できるようなブランド車ばかりだったから、たまには、とプリウスをレンタルした。

誰のものでもないファミリーカーで行ったキャンプ場では、桐木平の大荷物の中から出るわ出るわ、新品未開封のアウトドアグッズを「いかに使うか」と腐心した。

三台の折りたたみコンロを駆使して作ったポトフとワンタンスープと味噌汁は、タマチの知る限り和洋中の料理対決番組で見たような異彩をもって、耐熱テーブルの上に鎮座している。

「料理できないのに、食材持ってこないでください」

湯気を立てる灼熱のポトフに息を吹きかけ、タマチは言った。ひとつめの発見だった。桐木平は、料理ができない。

「タマチくんこそ。料理できそうな顔してるのに、意外とできないんですよとか言わないで」

ふたつめの発見。桐木平も冗談を言う。

みっつめは、二人してポトフを食いたがるということ。次回からはワンタンスープの材料を持ち込まず、ポトフを鍋二つ分作ることにしよう、というのを、川べりで決めた。

風に飛ばされない、ずっしりとした重みのある灰皿を挟んで、膝をつき合わせて笑った。ポトフの鍋は、空になってからずいぶん忘れられていたために、白く脂がこびりついて厄介だ。どうせ、まだ眠るまでには時間がある。あとすこし忘れていたっていいだろう。

そんなタマチの視線に気がついて、女たばこの指先で、桐木平は鍋をさす。

「あれ、やっとくよ」

「え。皿洗いなんてできるんですか」

「できそうでしょ」

そういうの、意外とできないフラグなんじゃないですか。笑うタマチに、桐木平は飼い主にじゃれつく大型犬と道ですれ違った時のような顔をした。

「まあ、冗談は置いといてさ。作ってもらったものを、食べさせてもらったんだから、洗うくらいはしないと」

そう言って、半分ほどに短くなったタバコの火を消し立ち上がる。ぽん、と、視界の外から、頭を撫でられる。なぜ?と困惑している間に、桐木平は耐熱テーブルのゴミをゴミ箱へ、食器を洗い場へ持っていく。

気づいた時には、後ろ姿だった。

なるほど初めからそうだった、と、タマチは新しいタバコに火をつける。火をつけてしまったから、吸い切るまではなんだってやる必要がないのだ。


タマチは、桐木平の後ろ姿を追いかけているばかりだったような、気がする。声をかけられたときは、戸惑っている間にベンツが自分のものになったと言われた。昼に牛丼を食べた時も。だんだんとその置いてけぼりの感がなくなっていったのは、土曜日のドライブを始めた頃だった。

つまりどういうことか、なんていうのは、たぶんまだ分からないのだろう。けど、今になって改めて感じるというのは、気にしすぎなのだろうか。それとも、気にした方がいい何かが、あるのだろうか。

ちびたタバコを押し付け、灰の飛散防止に蓋をかぶせて、漬物石より重い腰を上げた。

「二人でやった方が、ぜったい、早いですからね」

柄にもなく大きな声が出た。

届いた声に、泡まみれの白い手が振られた。

なるほど彼は先へ先へと進んでゆくが、声をかければ待っていてくれるのかもしれない。

キャンプ場にいたって、プリウスの運転をしていたっけ、鍋にこびりついた白い脂に苦戦していたって、桐木平は、赤坂のスタバでマックブックを開くのが似合う顔をしている。

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