第6話「こっちの方が美味しいんです」

エンジンの音、路面と車体のすきまで風の唸る音だけが響く車内で、タマチはすっかり眠っていた。寝るときはひとこと、なんてやりとりをしたが、それは「うっかり寝落ちを」したとき以外の話だったから。


気を許してくれているのだろうか、と、桐木平は思う。もしくは、想像が及んでいないか。

タマチをドライブへ誘ったのも、元々はそこいらを見極めたいと思ってのことだった。

なにせ桐木平と過ごすときのタマチは、いつも緊張しているように見える。同僚から聞く限りでも、タマチがそういう人柄であると考えるのは難しい。自分の前では、テーブルに肘をついたりしない。

もちろん、出会いからして強引だった。反省しているし、そんなだから身構えられるのだとは理解できる。だが結局は「だからどうするのか」であって、タマチの方も謝罪や反省を求めているわけではなかろうと思ったわけである。

信号の角、目に付いたコンビニエンスストアの、入り口の傾斜がきつくないことを確認して車を入れた。

手持ち無沙汰だから、過去のことなど考えるのだ。コーヒーでも買ってタバコを吸えば、きっともっと生産的なことを考えられる。例えば「これからどうするか」とか。


タマチが目を覚ましたのは、この時だった。

桐木平がドアを閉める音に意識を揺さぶられ、その衝撃で揺れる車体に目を開けた。

寝てしまっていたこととか、車が今どこにいるのかとか、桐木平はどうしたのかとか、考える。寝起きの頭では、結論が出ない。

せめて目を覚まそうと、頭をドアに預けたままでポケットをごそごそやり、潰れかけのソフトパッケを引っ張り出した。運転席の窓から、コンビニの看板が見える。たぶん喫煙所もあるだろう。


そこには、桐木平がいた。

「タマチさん」

ほそながのタバコからうすい煙を流して、微糖のカフェオレを飲んでいる。

「何も言わずに寝てしまって、」

「いいえ。いう暇がなかったでしょう」

人が素直に謝ろうとしているのに、なんて言い草だ。と、詰めてやろうかと思って、やめる。

桐木平は、やはりスタバでマックブックを開いていそうな風貌に違いなく、その手にあるのが大して上手くもない、百ニ八円の缶くさいカフェオレの似合わなさといったらなかった。

「コーヒー買ってきます」

タバコをポケットに仕舞い直して、タマチは桐木平に背を向ける。桐木平は、いってらっしゃい、なんてのんびりとした声を掛ける。

ぺらぺらのワイシャツを、風が抜けた。

桐木平のように、ベストを着ればよかったのかもしれない、と思うが、コンビニの空調に入ってしまえば丁度いい。

何も持たずにレジに並ぶのは相変わらずそわそわするが、缶コーヒーよりもカウンターのドリップコーヒーの方が美味い。おまけに、砂糖類も自分の塩梅だ。

「カフェオレの小さいの…、あ、すみません。やっぱりワンサイズ大きいので」

湯気を立てて、コーヒー、それからミルクが出るのを眺める。桐木平なら、折角だし美味しい方、とかやると思っていた。こだわりがないのか、知らないのか。

温かいカップに蓋をして、考えにも蓋をする。砂糖は入れないでおいた。

「お待たせしました」

「いいえ。タバコ、長いので」

「物理的にですか」

くだらない冗談で、笑い合う。

変われば変わるものだ。

あの日、喫煙所で声をかけられた時には、自分の好きなものを共有しよう、だなんて思う日が来ることを想像もしていなかった。

「カフェオレ、こっちの方が美味しいんです」

まだ熱くて自分は飲めないので。

言い訳をして、タバコに火をつけて。タマチは、桐木平へと、カフェオレのカップを差し出した。

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