第56話 アルテナ殿ほど変人ではないぞ
店舗に戻ってからは、怪我をしている奴隷たちの治癒を行う。魔法でサクッと治すと皆驚愕していた。病気に関しては原因の分かるのは治療したが、よく分からないのはお手製の薬で対応した。薬ではすぐには治らないが、別に急いでいないのでゆっくり治してほしい。
アルテナ曰く、目に見えないほど微細なモノが悪さをしていると言う。そんなふんわりした理解力でも案外治ってしまったりするから驚きだ。他に予定外に人が増えたので新たな宿舎を探してもらう。現在、店の敷地に住んでいる人の一部を、悪いがそちらに移動させよう。
屋敷を貰ったら、一部を残してそっちに移動するから、それまでの辛抱だから。と言っておく。しかし屋敷の大きさとか知らないんだよなぁ。大丈夫だよな? それと貴族街となると少しここからだと距離がある。通うとなると面倒だな。
ちょっとまて、俺は冒険者だ。ここに通う必要など無いんだった。危ない危ない。さて他にも今日の内にできることをやりますか。宰相当てに手紙を書く。犯罪奴隷に関してだ。フラウのことも含めて丁寧に説明しておく。この場は嘘を書く必要はないし、嘘を吐かない方がプラスに働くだろう。たぶん。
「しっかし、予定外に増えたなぁ」
新たに買った奴隷は26人だった。金貨25枚で買ったから……1人金貨1枚以下だな。それに即戦力の10人とエルフが2人加わると、なんと38人っ! 多すぎである。
「誰の所為ですかっ!」
フラウが俺の責任だと暗に迫ってくる。しかし誰の責任かと聞かれれば、俺はあの奴隷商の責任と答えるだろう。
「知ってしまったら見捨てられないしなぁ」
「そうですけど……もうっ!」
なんか怒るに怒れないって感じっすね。まあ悪いことはしてないしなっ。
「アビスはどう思うよ?」
「ん? 私か? 私からすると、あの中から書類仕事ができる人材が産まれれば良いと思っている」
「そうだな。アビスもだんだんアルテナ色に染まってきたな。可哀想に。あんなにも高潔な人物だったと言うのに……」
心の中で呟いてるつもりが思いっきり声に出していた。まあいいか。
「私はアルテナ殿ほど変人ではないぞ」
「そもそもあいつは人外だからな」
「ああ、そうだったな」
アビスはまだアルテナのことを自称女神の痛い子と思っているから、思いっきり哀れみの籠もった瞳になった。
フラウはこれを聞いてどちらかと言うとライルに似たのでは? っと思ったが、口に出すのはやめていた。自分も人のことが言えない気がしたからだ。段々毒されていると感じているフラウであった。
「ところでフラウよ。あの2人に事情は話しておいたか? 連れてきて早々噛み付かれるのは勘弁だぞ」
「はい。事情は説明しておきましたが、少々人族に対して不信感があるので……。完全に信じてる分けでは無さそうです。申し訳ありません」
「そこは追々ってところだな。それは買った奴隷たち皆に言えることだしな」
そして手紙を届けさせ、今日のところは買った奴隷たちに関してあれこれしてたら日がくれてしまった。オーガスト家にも報告の手紙を出しておいた。念のために。
翌日起きると宰相から手紙が届いていた。内容は書類を作ったので取りに来るようにと書いてあった。仕事早いよ。それとも簡単なことだったのだろうか? それよりだっ。これは本人が来いと言うことかな?
「当然そうだと思いますよ?」
フラウが即答した。それを聞き俺は肩を落とすのであった。
「大丈夫です。王城までは私も一緒に行きますよ。でも宰相とは1人で会って下さいねっ」
微笑みながらフラウが続けた。前に盾にした意趣返しなのだろう。アビスに視線を向けると体ごと背を向けた。ちょっと、そこまでしなくてもっ! アルテナを見るととても期待した眼でこちらを見ている。勿論スルーした。すると王城へ出発する前に。
「なんで私には聞いてくれないんですかっ! 私なら一緒に行ってあげますのにー」
「それだけはご免被るっ! 何喋るか分かったもんじゃないからなっ!!」
アルテナとぎゃーぎゃー騒ぐことになったが。
王城に着くと、前と同じ応接室に通された。そしてしばらく待つと、宰相と陛下が部屋に入って来た。なんで陛下が来るんだよっ!? 意味分からないよっ。
「ふむ、何故余がここにいるのかと問いたいと思っておるな?」
「そんなことアリマセン」
どうやら顔に出ていたようだ。いや、もしかすると鎌をかけただけかもしれないが。
「これが犯罪奴隷の保有を認める許可書じゃ」
宰相が俺と陛下のやりとりなんか気にせず話を始めた。
「ありがとうございます」
「分かっているとは思うが、奴隷から解放はできないからな。何か功績があれば恩赦を与えることもできるかもしれぬ」
これは俺の功績ではなく、彼ら自身の功績でないとダメだ。そうなるとなかなか難しい。まあ奴隷であったとしても、限りなく普通の人と同じ暮らしはできるけどな。どうせ彼らの故郷は無いしな……そう思えるかどうかは彼ら次第ではあるが。
「はい。承知しております」
「ならば良い。ところでじゃが、内務大臣の部下が屋敷へ案内したいと言っておったぞ。これから向かうと良い」
「それとのう、治癒院の方から報告があるそうでの。そちらにも顔を出してくれるかの」
まさか陛下はそれを言いに来たんじゃないだろうな。
「分かりました。治癒院へ行った後に、内務大臣の部下の方と屋敷を見に行ってきます」
「新たに屋敷を貰うことになって、使用人の人選など大変であろう? 使える者を何人か提供しようぞ」
これは陛下の紐付きの使用人と言うことですね。そして陛下からのありがたいお言葉。故に断る分けにもいかず……。
「ありがとうございます。使用人はまだ、雑用のための奴隷しか手に入れてませんでした」
一応それとなく奴隷に頼んで見張ってるからなっ。と言っておくが、陛下は涼しい顔で受け流していた。
「ではまた何か困ったことがあれば、いつでも来るのだぞ」
そう陛下は言うが、俺は王城には来たくないんだよねー。気に入ってくれているのはありがたいが、嫌われるよりも。
とにかく再び礼を言ってその場を辞した。そして治癒院へ向かう。
治癒院ではカジュアが待ち受けていた。あまり良い顔はしていない。
「待ってたわ。あなたが持ってきた薬は全て試してみたけど……1つしか効果がなかったわ」
なんだ効果があったのか。ならば何故そんな顔を?
「ならなんでそんな芳しくない顔をしているんだ?」
「それは効果があったのは、あなたが試しに調合した奴だからよ」
おぅ、あのメモ書き程度の資料から再現した奴か……。人族の錬金書にはまともなレシピは2種類くらいしかなかった。しかしまともではないレシピは他にもあったのだ。それは一部分だけとか、メモ書き程度の奴とか、違う症状用の薬とか、その中で再現できるのを作ってみたのだ。試しに。これもエルフの知識が無ければ再現不能だった。
このよく分からないシリーズしか効果が無かったと言うのは非常に困ることだ。俺は頭を抱えながら、
「あの内のどれが効果あったんだ?」
「悪魔病って書いてあった奴よ」
「選りに選ってそれかっ!」
「あなたも狼狽えることがあるのね。新鮮だわ」
あんたは呑気だな。と言いたかったがその言葉を飲み込む。怒らせるはヨクナイ。それにしても悪魔病。これはメモにそう書かれていた仮名である。詳しい症状とかはこれから分析するしかない。それでも名称の特徴からある程度予測はしている。
「とにかく了解した。その薬は分析しないとダメな奴だから……少し時間をくれ」
「わかったわ。治せる様になったら言って頂戴。それと報告書もよろしくね」
そう言われて、俺はやる気の無さそうな返事をするのであった。書類仕事が増えた……と心の中で涙した。
今度はフラウを迎えに王女の部屋へ行く。ここで今回は俺も少し王女を診断させてもらった。フラウには念話で治癒院でのことを説明する。
王女の身体を診断すると、前には分からなかったことが少しだけ分かった。循環している魔力の流れに淀みの様なモノを感じるのだ。正直、こんなの初見で分かるわけねぇ、っと文句を言いたい。
とにかく収穫はあったので、今日はこれでお暇させてもらう。王女が大変ガッカリした顔をしたが、やむを得まい。それに屋敷を見に行かねばならないしな。フラウを連れて帰らせてもらった。
アルテナ「病気と言うものの多くは菌という微生物が原因なんです……たぶん」
ライル「なるほど……他には?」
アルテナ「細胞と言うものがありましてね……(中略)らしいです。たぶん」
ライル「ところで何故「たぶん」や「らしい」などが付くんだ?」
アルテナ「そんなこと私が知るわけないじゃないですかっ! 私だって調べながら説明してるんですよっ! 私の苦労を分かりなさいっ!!」
ライル「す、すみませんでした」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます