第52話 頭大丈夫か
あれから3日ほど経った。4月17日闇の日である。王女に関しては経過観察の報告待ちなだ。ほとんどフラウと治癒院任せである。治癒院側に経過観察を頼むと、それくらい任せろと言われてきたのでほぼ丸投げした。フラウは毎日王女に会いに行っているようだ。話し相手でもしているのだろう。
故に俺は身体を動かしたいっ! そう思ったら商会の人が溜まっていた仕事を積んできた。世の中無情であるっ! 取りあえずアビスを巻き込んだが、フラウがいない時間は余り捗らなかった。自分の無力さを思い知ったぜ。
そして今、朝から書類仕事中だ。まだフラウもいるが別室で仕事を行っている。同じ部屋で同じように苦しんでいるのはアビスだけだった。
「書類は斬ることで解決できれば良いのに。さすれば魔道具を作るだけで楽なのにな」
「ライル……頭大丈夫か?」
思わず変な呟きをしたら、アビスに本気で心配された。冗談の通じない奴だな。
実はかなり本気の顔で呟いたため、本当にやらないか危惧しての発言だったりするのだが……ライルは知らない。アビスも最近のライルは忙しそうで、気持ち分からなくもなかった。アビスにはどうすることもできなかったが。
そして更に面倒事がやってくる。
「お手紙をお持ちしました」
フラウが部屋に入ってきてそう言う。もの凄く嫌な予感がしてその手紙を受け取りたくなかった。しかし一応尋ねておく。
「どこからだ?」
「陛下からです」
フラウのニッコリ笑顔が眩しいぜ。固まっていると(これはフラウの笑顔が眩しいから固まっているのだ。決して陛下の手紙が嫌で以下略)、フラウが俺の手に無理矢理手紙を掴ませた。……仕方なく読む。そして絶望した。
「何が書いてあったのです?」
フラウがニコニコである。この前盾にしたのを相当根に持っているようだ。俺が苦しんでいるのを見てそんなに楽しいのかっ!? と聞いてみたい。しかし聞かない。即答で頷かれたらショックだからだ。いやいや、フラウは良い子だ。きっとそんなことはしない。
取りあえず、フラウに手紙を差し出した。読めと。
「登城するように書かれていますね。来なければこちらから行くとも」
陛下よ、俺の嫌がること熟知しているなっ。俺の城(拠点)を陛下に差し出すつもりは無いっ!
故に――
「あー行くしかないだろうな~。嫌だなぁ」
「でも今回はシルフィ様のこととは別件と書かれていますね。なんでしょうか?」
そうなんだよね~。別件なんっすよ。思い当たる節が無いっす。だんだん下っ端の気分になっていく……。
「俺も分からね。ところでフラウ、おま――」
「私はシルフィ様に呼ばれてますから同席することはできません。申し訳ありません」
ニコッと笑いながら言ってくる。どこに申し訳ないと言う気持ちがあるのか、俺は問いたい。
「アビス――」
「すまんな。私が王城に入るの無理があるだろう? リスクは犯すべきではない」
そうだったっ! アビスは魔族だった! 忘れてた。実際に人族の姿してるしな。そしていつの間に部屋に入って来ていたアルテナを見る。コイツは無いなと思い。
「仕方がない、1人で行くかっ」
「なんで私には聞いてくれないんですかっ! 今こっちを見ましたよねっ! 居るの認識しておいてそれですかっ!!」
あー、うるさい。アルテナ連れて行くくらいなら1人で行くっての。
「さて、登城の準備をしよう。フラウは城の中までは一緒に行くよな?」
「はい。同乗して行きます。陛下との話が終わりましたら、シルフィ様の部屋まで迎えに来て下さい」
えー、後宮へ行くの嫌なんだよね~、とか言うとフラウが怒りそうなのでやめておく。
「私は無視ですかあああああああ!!」
勿論無視だ。アルテナの相手をするほど暇じゃない。
「ああ、了解した。では行くぞっ!」
そして俺とフラウは部屋を出て行った。その後部屋に残されたアルテナは床に膝を付くのであった。アビスがアルテナを慰めるようにポンっと肩に手を置くのだった。
そして王城に着くと今回は応接室の様なところに通された。すでにフラウはいない。我が最強の盾が無いのだ。俺の最後の悪あがきもあっさり袖にされた。しくしく。
しばらく待つと陛下に宰相、それに大臣の1人が入ってくる。何大臣かは知らないが、軍務大臣では無いのは確かだろう。体つきから分かる。
「待たせたの。今回は今後のお主の処遇についての相談での。なに、悪いことではないから安心するが良い」
「オーガスト卿の希望を聞かねばと今日は呼び出したのじゃ」
そう宰相の方が言ってくる。宰相の名前は確か、エルウィン=フェル=イシャールだ。イシャール侯爵家現当主の弟である。そしてお祖父様と大叔父の母親の血筋である。大叔父は彼に泣き付かれて宰相補佐になったとか言っていた。
ちなみに宰相の間は侯爵扱いである。そして宰相を辞めた後も名誉子爵扱いである。最もこの国では一度宰相になると死ぬまで宰相と言われているが……。
そうこの国では宰相は人気が無いのである。他の国……帝国などでは宰相は大きな権力を持ち超人気の役職だ。しかしこの聖王国では誰も成りたがらない不人気職だ。
それは仕事の内容にある。他の国ならば王の補佐をするのが宰相の仕事だ。補佐と言っても政治のほとんどを任されることが多い。しかし聖王国では陛下がちゃんと仕事をする……宰相を使って。
そして宰相の仕事に大臣たちを纏める仕事が追加されている。これがとてもストレスなのだ。上から我が儘を言われ、下からも我が儘を言われる。更に仕事はあり得ないくらい多い。特に大臣たちの揉め事の仲裁の負担が大きい。
よってすぐに体調を崩したり、過労死したりしたのだった。それは拙いと負担軽減のため宰相の補佐が付いた。しかしそれでも被害が1人から2人に増えただけだったので、今では組織となって存在している。そのため現在の宰相の権力は細切れになって非常に旨みが少ないのだ。そしてやはりストレスが溜まる。
そんな誰もやりたがらない役職を大臣とその他、皆で相談して決めるのだ。毎回大変らしい。乱闘になるとかならないとか。最終手段はくじ引きらしいが、それで決めているのが陛下にバレると怒られるから、本当の最終手段らしい。
そしてもう1人の人物、きっとなんとか大臣と正式に挨拶するのは今回が初めてだった。
「私はルーカス=グラン=ハーデルス、現伯爵で内務大臣をやっておる。ミドルネームで分かる通り、オーガスト卿とは親戚に当たるな。よろしく頼む」
こちらも挨拶を返す。それにしても内務大臣か。何しに来たんだろ?
この国の派閥は大きく分けて3つである。内務閥、外務閥、軍(務)閥である。軍閥は軍務閥と呼ばれたりあまり統一されていない。軍閥の方が言いやすいからな。そして更に下に細かく別れている。
故に同じ派閥内でも意志統一できていなかったりして、宰相の負担を更に増やすことになっていたりする。俺は関わりたくない世界だな。もう既に片足突っ込んでいる気もするが。
「それで今回の王女殿下の件の報酬に関してだが……。オーガスト卿は治癒院などに務める気は無いのだな?」
宰相がそう聞いてくる。俺は冒険者なんだっ! 何のために冒険者学校を出たと思ってるんだっ! と叫びたいがそんな恐ろしいことできない。
「はい。ありませんっ!」
故にきっぱりと断る発言をする。宰相はやはりか……と諦めたような表情をした。
「しかしお主の様な優れた才を持つ者を、遊ばせておくわけにもいかぬのう」
陛下が恐ろしいことを口走る。
「だが無理矢理と言う分けにもいかぬ」
続けて言った言葉に少しホッとする。しかしこのままと言う分けにも行かなさそうだ。
「では王宮特務の治癒師とすれば如何でしょうか?」
宰相がそのようなことを言ってくる。ちょっとまてやあああ。これ絶対出来レースだろおおお。こう言うのに詳しくない俺もようやく気付いた。この場に逃げ場は……。
「そうだの。それで良いか? ライルよ。勿論、普段はお主がしたいことをしていれば良い。只、たまに仕事を頼むことになるだけだの」
思ったより条件はマシだ。ちなみにこの特務と言うのは陛下や王族の私兵を意味する。他に専属の護衛や隠密などがいるらしい。近衛騎士もここに分類される。無論給料も良く、俺も臨時だが給料がでるらしい。お金っ! 更には色々と優遇もしてくれるらしい。ぐぬぬぬぬ。こんなことで買収される俺では……追加で王城にある書庫に出入り自由? 禁書も閲覧可? 何故こうも俺の弱いところ……これが先ほど言っていた隠密の力だと言うのか。
はい。買収されました。悔しい。でも魅力的で。いや、ここは言い訳させてくれ。断ったとしても、結局何らかの手を使って手元に置こうとしただろう。故にここは自分の利益を最大限に得ることを考えれば、これで良かったのだ。そうに違いない。違わないが……。
「ホッホッホッ、色よい返事が聞けて余は嬉しいぞ」
陛下がご機嫌である。俺は一体どんな顔をしているだろうか? してやられたっと言う顔をしてそうだ。やはり悔しいっ!
(あっはっはっはっはっはー、私を無視するからですよっ!)
脳内に響くこの声が無ければまだ良いのに。無視だ。無視しよう。
(うるさいわっ!)
脳内で怒鳴り声で返す。さすがに今回は無理だった。
大臣A「あの悪魔殺しが居れば、宰相が倒れたとしても復活させれるのでは?」
大臣B「おー、そうだの。ならば奴は絶対に我が国で囲わねばな」
大臣C「ふむ。もうあの乱闘騒ぎはしたくないしの。生け贄を選ぶのも心苦しいしの」
大臣A「なに、今度の宰相は優秀であるし。存分に死ぬまで働いてもらいましょう」
宰相「ぬおおおおお、背筋にもの凄い悪寒が走ったのじゃああああ」
宰相の運命は如何にっ!?
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