第49話 結構ヤバイですね~
「娘の部屋だの」
そっかー娘かー。って、それ王女じゃないですかっ! 思わず声を上げそうになったが、なんとか思いとどまる。王族のそれも未婚の女性の私室とかに俺を入れて良いのかよ……。後宮まで連れて来られた時点で既におかしいか。
「良いのですか? 王族の私室ですよね?」
「構わぬ。治療のためだからの。それにこちらが無理を言っているのだ気にするでない」
そう言って侍女に少し話をした後、扉をノックする。「はい、どうぞ」と女性の返事がある。そして侍女に扉を開けさせた。俺の退路はどこだっ!
部屋に入ると1人の少女がベッドで寝ていた。綺麗なライトブラウンの髪をしており、瞳は目を瞑っているので分からないが、眠っている姿から人形の様に感じてしまう。歳は俺と同じくらいか? 酷く顔色が悪い。
ベッドの横には母親らしき人が心配そうな表情で見ている。そう判断したのは髪が同じ色で顔つきも似ていたからだ。碧色の瞳でこちらを窺っていた。
「カトリーヌよ、シルフィの様子はどうだ?」
「相変わらずです。薬が効いているようには……」
当然ちゃんとした医師などには診せているのだろう。ならば俺の出番は無くない? そう思うのであった。一応<分析>を使用してみると、状態に衰弱と魔力循環障害と出てきた。だが、<治癒魔法>では何故そうなっているのかが分からないと、病気に関しては治癒することはできないのである。まあ案外いい加減なところもあるんだが……。
「今回は卓越した治癒師を呼んでみたが……」
「その方がですか? まあお若いのに」
期待しないでー。もう無理な気がしてるからー。俺の心中の言葉など知るよしも無く、陛下は俺に振ってくる。
「ではライルよ、見てくれるか?」
「分かりました」
もう無理そうと思ったんで帰りますね。などと、言える分けがなかった。まあ実際触れて確認してみれば、原因は分かるかもしれないしな。
「お触りしても?」
これで断ってくれればなぁ、と思いながら尋ねてみる。少し陛下と妃様の間で視線が交わされたが、あっさりと頷かれた。ただし俺も自衛のために、できる限り侍女に手伝ってもらう。
正直な話、魔力循環障害は知識のみでしか知らない。確か、人は心臓の辺りに魔力を生成する機能が隠れているらしい。故に循環障害ができると心臓の辺りが腫れるのだ。心臓が腫れる分けじゃ無いからな。心臓の周囲だからな。魔力生成の器官の位置がよく分かっていないんだよな。そこにあるとは思われるが、実際には無い? みたいな感じだ。
とにかくそれを確認しておく。王女は俺が体に触ったりしても、意識が朦朧としているみたいでこれと言って反応が無かった。
(これ結構ヤバイんじゃない?)
(そうですね~、結構ヤバイですね~)
(アルテナさん、原因が分かったりしますか?)
(残念っ! 超女神アルテナさんは、知ってても教えてあげません。自分で解決しろっ! ですっ)
ですよねー。そこまで甘くないないよなぁ。アルテナはお気に入りには激甘だが、それ以外には厳しい。それに今回はアルテナに全く関係ないからな。少しでも関係するとハードル下がるんだが。
「どうですか?」
気になって妃様が尋ねてくる。そして俺の分かったこと、それはよく分からないと言うことだった。嘘を付いても仕方がないので正直に答える。
「知っての通り魔力循環障害ですね。残念ながら原因までは分かりません」
「魔力循環障害とは?」
ありゃ? 病名まで分かってなかったの?
「体内の魔力が循環する際に何らかの原因で抵抗が発生して、その負荷で体が蝕まれる病気です。一時的な症状としては、<魔力操作>の未熟な人が魔法を使ったりすると起きることが多いですね。慢性的な症状は……すみません。私もよく分かりません」
「嘘っ、どこからそんな判断ができるのっ!?」
いつの間にか白衣を着た女性が居た。王女の主治医かな? 何されるか分かったもんじゃないから来たのだろう。
「魔力循環障害は発生すると心臓の辺りが腫れます。それによって心臓にも負担が掛かることが想像できますね。何よりも触ると魔力の流れが滞ってる感じがしますしね」
そう説明すると女性医師は王女に近づき診断をしている。
「ホントだわ。心臓の辺りが腫れている感じがする。魔力を流すってどういうこと?」
「2カ所の部分に手を置いて、その間に魔力を流します。その際に通りやすい場所を探してみて下さい」
聞かれたのそう教える。さっさと理解してもらって、後は丸投げしたい。
「あっ、魔力の通りがどこも悪いわね……」
「本来ならどの部分が通りが悪いかで、原因を特定できたりするんですが……」
「このような状態だと分からないわね……」
俺たちの話を聞いていて、妃様の顔色が真っ青になっている。
「治るんですよねっ!?」
「<治癒魔法>と言うのは、原因が特定されていないと効果が無いんです。故に私の<治癒魔法>では治すことはできません」
ここはハッキリと言っておく。変に期待されても無理だしな……<治癒魔法>では。
「そんな――」
そう言ってお妃様は顔を手で覆い伏せてしまった。
「本当にどうにもならんのか? だが病状が分かっただけでも進展したか」
陛下は冷静に分析しているな。
「それに<治癒魔法>では、と言ったな? 他に方法はあるのか?」
やはり俺の言い方に気付いていたか。
「そうですね。病気と言えば、薬学や錬金術の出番でしょう?」
そもそも、元から病気は薬学や錬金術の守備圏である。<治癒魔法>止め担当だ。しかもできる人はまずいない。
「そう言えば、お主は錬金術もできるそうだな?」
俺は言ってないよな? この陛下はしっかりと情報を集めているようで……油断できないな。
「私も収めてはいますが、そんなレシピとか聞いたことありませんよっ?」
女性医師が突っ込んでくる。そんなの俺も知らねぇよっ!
「と、言っておるが?」
「私も知りません。でもこれから急いで探せば良くないですか? もう少し猶予はありそうですし」
もっと前向きに生きようぜ。
「なるほどな。では余からの勅命を出すとしようかの」
ぎゃーす。これこそやぶ蛇と言う奴だ。
「無茶ですっ。後どれくらい保つのか分からないのにっ!」
そんなこと妃様の前で言ってやるなよっ! 配慮ってもんはねぇのかっ! えっ? お前が言うなって? すみません。
「勝算はあるのだろう?」
「そう言った知識に詳しい方を知っています。それに色々混ぜるのは得意です」
フラウにアルテナ大先生が居るしな。アルテナも原因は教えてくれなくても、調合のヒントくらいなら出してくれるし……たぶん。
「ならば頼む」
頼まれちゃったよ。
「王女殿下の今までの診断経過の情報開示をお願いしますね」
そう言うと、陛下は頷き女性医師を見た。
「はっ、分かりました」
「彼に全力で協力するように」
陛下、間違ってますぜ。
「陛下、彼女だけではなく王城にある治癒院を含めて、協力してもらう必要があるかと」
「ふむ、そうか。ならばそう通達しておこう」
ふふふ、これで治った時の功績は治癒院に押しつけよう。勿論失敗したときの責任もなっ! 成功したらしたで、厄介事になりそうな予感がするからな。保険は掛けておくものなのだよ。
「では一度、診断書の方を見せて頂けますか?」
「ではこちらへ」
そう言って女性医師に連れられ、陛下の前を辞去する。やっと解放された。ただ上手く乗せられてしまったが。
「さっきの発言よろしかったので?」
前を歩く女性医師が振り返らずに聞いてくる。
「私がそういうことできると知られますと、依頼が来て面倒です」
「あなたは治癒師ではないのですか?」
あ~、自己紹介とか全くしてなかったな。
「そう言えば自己紹介をしていなかったですね。私はライリール=グラン=オーガスト。本日付で騎士爵になったばかりの新米貴族兼冒険者です」
そう言うと振り返って、
「あなたが噂に聞く……それに貴族の方でしたか、先ほどまでのご無礼申し訳ありません」
なんか嫌な噂でも流れているのかっ!? 気になるぞっ!
「所詮は新米ですから気にしていないです。それに命が掛かっている場所で、そのような問題で足を引っ張るのは良くないことです」
「そうですよね。私はカジュアと申します。この王城の治癒院の副院長をしております。まあ主に王族の女性の方々の健康管理を行っております」
<分析>で年齢は30代後半と分かる。見た目はもう少し若いように見えるが、他に<治癒魔法>がレベル5もあった。さすがである。
そして俺は王城にある治癒院で王女に関する情報を集めて、その後は逃げるように(実際に逃げた)王城を去るのであった。帰りにオーガスト邸へ寄らねば……エーシャ姉が怖い。
ここで馬車の中から念話の指輪を使ってフラウに連絡を取っておく。
(魔力循環障害について知っているか?)
(……はい。知っていますよ。それが何か?)
知ってるなら話が早いと、これまでの経緯を伝える。するとフラウため息を吐きながら、
(無茶な依頼引き受けて、何されてるんですか……。もう、帰ったらお説教ですね。一応こちらでも知っていることを紙にまとめておきます。故に早めに帰ってくるようにしてくださいね)
何故か釘を刺された。まあそれを言い訳に早めに帰るとしよう。今回は重要案件だしな。エーシャ姉も分かってくれるだろう。
そう思いながらオーガスト邸に向かうのであった。
アルテナ「病気の治療ってもっと難しいんですよ? それ力技で治そうとするなんて……」
フラウ「今さらな気もしますが……」
アルテナ「とにかく、おかしいんですよっ!」
フラウ「アルテナさんがそれ言いますか?」
アルテナ「フラウが酷いこと言います。ぐすん」
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