第44話 通りたければ命を差し出してくださーい

 王家直轄領では王都周辺では治安が良く、王都からある程度離れると治安が悪くなる。更に領境付近はどこの領でも治安が悪くなりがちだ。


 何故王家直轄領の治安が悪いか、それは盗賊が多いこと。何故盗賊が多いか、それは物価が高く、貧富の差が激しいこと。他にも人口密度が高く、職業が限られている。他国に接していないから比較的安全と思われる。人が集まりやすく、秩序が保たれにくい。そう言った気風もあるのかもしれない。


 そして王都には色々なモノが街道を通じて集まってくる。食料、金、宝石、武具、奴隷と様々なモノが。特に食料は沢山送られてくる。王都周辺の農業生産だけでは、王都の人口を支えることができないのだ。オーガスト領からも多くの食料が送られているほどである。そして貧しく生活のできなくなった者は盗賊に落ち、それを狙う。


 そんな理由もあり、ここに1つの盗賊団とその首領が獲物を待っていた。




 盗賊の首領は部下からの情報を思い出す。領境付近にある宿場町にて、碌な護衛のない馬車の集団があるらしい。主に人が乗っているそうだ。貸し切りの乗合馬車かもしれない。


 普段ならそんな馬車は狙わない。盗る物が少なく、抵抗される危険が大きいからだ。しかし今回は違った。


 標的の中には美しい美女が2人も居たのだ。片方を売って片方を慰み者にと考えてしまった。そうなると最早止まることができないのが男のさがである。その美しさは情報が入った後に、自分自身でも確認している。これは久々の良い獲物だ。


 それにまともな護衛は1人に見えた。もう1人護衛らしき者も居たが、まだ子供の冒険者見習いである。他に乗っている者たちも大した武装はしていなかった。美女2人に至っては1人はちゃんとした旅装を着ていたが、もう1人はドレスである。これはもしかすると貴族のご令嬢なのかもしれない。そうなると身代金を期待することもできる。いやいや、ここはそんなリスクを負わずに、普通に奴隷として売っ払った方が得策か? そんなこれから迎えるバラ色の人生を考えていた。


 (おっといけねぇ。部下たちにちゃんと言い含めておかないとな)


 「おい、女には絶対に傷を付けるな。値段が落ちる。男は容赦無く殺せ。全員仕留めなくても良い。目標の女2人を得たらさっさとズラかるぞ。いいな?」


 周囲の部下たちがニヤニヤ顔をしながら、肯定の意志を示す。気持ち悪い顔する奴らだ。そう思いながら自分の顔に触れると、自分の顔も同じように笑っていた。これでは部下たちことを言えないな。そう思いつつ獲物を待つ。すると――。


 「親分、獲物が来ましたぜっ」


 斥候の1人が戻って来るなりそう告げてきた。そこで首領は最終確認を行う。


 「良し、野郎共良いな? 女は絶対に傷を付けるなよ? 分かったな? では行――」


 そこで突然、背中に衝撃を受けて前に勢いよく転がった。


 「ぐはっ。なんだ? なにがあった?」


 顔を上げて周囲を見渡す。他の連中も森の中で倒れていた。多くの者に切り傷がある。どう言うことだ? そう首領が考えていると声が掛かった。


 「良し。女には傷を付けるな。男は殺せっ!」


 若い男の声が聞こえる。なんの皮肉か俺がさっき言った言葉に近い。そして俺たちは男所帯だ。故に皆殺しと言われているに等しい。


 「どうして貴方がそんな台詞を言うんですかっ!?」


 「いやあ、そう言う気分だったもので?」


 などとふざけた会話が聞こえて来た。


 「親分背後から敵襲ですっ!」


 部下の1人が大声で言ってくる。おせぇよ、どこに目を付けていたんだっ! と怒鳴りたくなったが、今はこの状況を何とかする方が先だ。


 「野郎共、たった2人だっ! まずコイツらから血祭りに上げちまえっ!」


 その命令と同時に部下たちが見えない刃で血祭りに上げられた。


 「親分っ! 血祭りに上げてみやしたぜっ!」


 「あぅ、もうなんでこうなるんでしょうか?」


 襲撃者が更にふざけた会話をしているが、最早そこは気にならない。


 「コイツら魔法使いかっ!?」


 冗談では無い。熟練した魔法使いなど相手にできる分けがなかった。


 「ご明察の通り、如何にも魔法使いであるっ! ひゃっはー! 早く逃げないとみんな挽肉にしちゃうぞっ!」


 「どこからどう見ても危ない人ですよっ!?」


 「俺はアブナイ人だからいいのだー!」


 「良くありませんっ!」


 そんな会話を続けながらも、背中を見せて逃げていく仲間たちが、容赦無く魔法で斬り裂かれていく。


 首領自身も木を盾にしながら街道の方へ退避する。しかし――


 「残念ながらここは行き止まりだ」


 「通りたければ命を差し出してくださーい」


 退避した先には槍を持った悪魔と弓を構えた悪魔が待っていたのだ。襲撃者の姿はよく確認できなかったが、こちらは見通し良いため確認できた。我々盗賊団が待ち伏せしていた相手である。


 その内のまともな護衛とドレス姿の美女である。片方は標的であるが、弓を構えていることからも分かるように戦闘員だったようだ。そして彼女の弓からはどういう仕組みか光の矢が放たれていた。


 (待ち伏せしていた相手に待ち伏せされるだと? なんて皮肉なんだ……)


 もうすでに首領の頭の中は絶望で染まっていた。この2人相手に突撃しても掠り傷1つ負わせることができないと確信が持てたからである。現に斬りかかった部下が瞬殺されている。更には弓の悪魔が次々と部下たちを負傷させている。最早まともに立っているのは、首領を含めて5人だけだった。斥候も含めて26人居たのにも関わらずだ。


 「あれれ? もうそんだけしか残ってないのか?」


 「アビスさん、森に居た者は全員仕留めました」


 更に森から2人が出てくる。1人は見習い冒険者と思っていた子供である。もう1人は旅装をしている美女。標的の1人だ。ここになって首領は待ち伏せが見透かされていたことに気付いた。そして森にいた連中も確実に殺られたことも。


 「くそっ、どうなってやがるっ!?」


 「そりゃあ、Cランク冒険者4人……あれ? アビスってランクなんだっけ?」


 「私の冒険者ランクはBだ」


 「そりゃあ、Cランク冒険者3人とBランク冒険者1人が、乗ってる馬車を襲撃すればこうなるでしょ。全員魔法使いだし」


 「態々初めから言い直すんですね……」


 「さっきからフラウの突っ込みが厳しい件」


 「ライルがふざけ過ぎているんですよっ!」


 敵がまだ目の前に居るのにこの余裕……こちらの方がまだ数が多いのに関わらずだ。ならば一泡吹かせてやろうと思い仲間を見たら、すでに他の4人は地面に倒れていた。


 「だってストレス溜まってたしね? 仕方ないだろう」


 (なんなんだよコイツらは!? なんなんだよっ!)


 憤りが首領の頭を支配した。そして後先考えずに。先ほどから舐めた口を利くムカツク子供ガキに斬りかかる。


 しかし、あっさり首領の振るった剣は子供の剣にいなされ、逆に斬りつけられた。


 (魔法使いじゃなかったのかよ……)


 首領は意識を失う前にそう思ったのであった。




 「あっさり片づいたな。さてまとめるか……馬車に乗っける余裕あるかなぁ?」


 「乗らない分は殺しちゃえば良いじゃないですか~」


 そうだな、乗らない分は仕方ないな。それに女神様がこう言ってるし許してくれるだろう。一応俺とフラウが相手した分は殺してない。ただ、最低限の治療を行わないと死んでしまう程度の怪我してる奴が多いが。このリーダーっぽい奴は気絶させただけである。斬りつけるフリして魔法で意識を刈り取った。


 「私も敵には容赦しないと自負しているが、この2人には勝てそうにないな」


 「見習わないでくださいね」


 何気に酷い扱いを受けているが、まだ殺していない俺の慈悲深さが分からないのだろうか? 普通は襲ってきた瞬間殺されるんだぞっ!


 「でも寝ている間に始末しようとするのが……」


 「では起こしてから始末しよう」


 「もっと酷いですっ!」


 自分で言い出したのに……解せぬ。


 さて問題の馬車に入るか、だが結論から言うと歩かせようと言う話になった。重傷者だけ馬車だ。元々馬車は4台で来たが、これまでに数人が故郷に向かって別れている。


 一応詰め込めば、馬車3台に乗れる人数までは減っていた。しかし馬車1台に26人は無理である。精々半分だ。故に見張りも必要なので10人ほど重傷者を乗せて、他は馬車に繋いで歩かせた。各馬車に4人ずつである。


 ちなみに歩くのを拒否すると、引き摺られたり首が絞まったりする。あと喋れないように全員に猿ぐつわを噛ませておいた。


 そんなことをしても、なんとか夜までに次ぎの街に到着することができた。幸いなことに次の街は城壁付きの都市である。時間的に門が閉まっていたが、オーガスト家の短剣と王宮からの召喚状を見せたら、臨時で開けてくれた。開けてくれなきゃ盗賊を野に放すぞ~、っとアルテナが脅したのも聞いたかもしれない。


 更に盗賊も無事に引き取って貰えた。盗賊の討伐代と奴隷落ちの分のお金が貰えた。嬉しい。人数が多かったので、金貨数枚になった。引き渡すときに怪我も完全治療しておいたしねっ!


 遅くに都市に入ったが、衛兵の人たちが宿を確保しておいてくれたので、無事に宿で休むことができた。感謝。そして明日はまた王都へ向かって移動である。


 この都市から王都まで1日半程度。途中に少し大きめな宿場町がある。そしてこの都市は南部から来る商隊の玄関口でもあるし、王都でもしものことがあったときのための物資を集積もしている。


 近くにある大きな川を使えば、王都により早く行くことができるのだ。ただこちらからは登りのため船は魔道具により推進力を上げねばならない。


 ちなみにこの様な会話があった。


 「川から船で行かない?」


 「馬車はどうするんですか?」


 「馬車も船に乗せれば……」


 「予約の必要があるって知ってますか?」


 「忘れて下さい」


 (事前に調べてたのかよっ!)


 (さっき衛兵の人に尋ねてるの見ましたよ~)


 どうやら俺の行動は読まれていたようだ。それでも馬車は嫌なのおおおお。






ライル「やっぱ盗賊ってなんか楽しいなっ!」

アルテナ「ひゃっはー! ここを通りたければ命を(以下略」

ライル「それは何か違う気がっ!」

アルテナ「何言ってるんですか? 命を盗むんですよっ!」

ライル(それだとただの殺人鬼だぞ……)


脱字のご指摘ありがとうございます。

自分でも必死に探してはいるのですが……。

読み返す度に見つけてしまうものなのです。

最近で酷かったのは「病も」が「山芋」になっていて、

しばらく首を捻った記憶があります。

今後も誤字脱字などあればご指摘下さい。

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