閑話 アビスセイレンの試練

 私はアビスセイレン、種族は魔族だ。皆は略してアビスと呼ぶ。現在私はある国のある都市に来ている。私はとある事情により悪魔を追っている。


 とある事情と言っても説明するのは簡単だ。私の故郷が悪魔により襲撃されたのだ。その時に思った。悪魔を放置することは危険だと。そう決意した結果、女神リステナ様より啓示を得た。その効果により私は悪魔の場所が分かるのだ。大まかすぎるのが難点だが。


 その啓示に導かれて私は各地を転々とした。私の故郷自体はこの聖王国より北にある帝国、その領内の北の方にある隠れ集落である。冬はとても寒く、人にとって暮らすのが困難な土地に住んでいた。


 帝国では差別が少ないと言っても魔族は別だ。故に見つからぬようにしていたのだ。そして我ら魔族の身体は丈夫である。それに近くにあるエルフの里は、理解を示してくれているのがせめてもの救いだった。


 啓示は主に帝国領内を示すことが多かった。帝国の東側の国を示されても困っていたから私には都合が良かった。それもここ十数年は南側に移動し、遂には帝国を出て聖王国、そして連邦国にまで示された。


 連邦国まで行ったのは良いが、ここも私には暮らしづらく啓示を無視し、そのまま東へ行きアーゼンルーク国家連合へ向かった。アーゼンルーク国家連合とは、属にいう都市国家群のことである。この都市国家群に入ると啓示が復活したので、それに導かれるままこの聖王国に戻ってきた。


 そして今回はこのアラシドと言う都市に来たが、到着した時には既に悪魔は討伐されたとのことだった。しかし、私の眼から見ても被害が少なく済んでいる。そのことに疑問を抱き調査することにした。


 だがここで躓く。街の人々が非協力的だった。討伐者を明かさない。故にまだダンジョンの奥に潜んでいるのではと疑い、私はダンジョンに潜った。


 ダンジョンに潜ったのは良かったが、1人で踏破するにはダンジョンは厳しい場所だった。正直に言うと少し舐めていた。以前のダンジョンはこんなにも1階層ごとが広くは無かったし魔物もここまで強くはなかった。ダンジョンは時間が経つと成長すると聞いたことがあった。私は半信半疑であったが本当だったみたいだ。


 そうしてダンジョンに潜ってしばらくが経つ。すると変な気配を感じた。悪魔では無いことは分かっていたが、気になったのでその気配の方に移動する。そこには3人組の冒険者がいた。人族の少年、エルフの女性、そして正体不明の女性と変わったパーティだった。


 特に正体不明の女性はなんかおかしい。普通なら警戒したくなるものだが、特に警戒は必要ないと私の直感が告げている。何者だ? と問うと、アルテナですと返ってくる。


 話が噛み合わない。きっと態となのだろう。もう一度聞いてみるが、今度は少年の方が只のバカですと言う始末だ。普通なら私がバカにされてるように感じるところだが、少年はアルテナを純粋にバカにしているようだった。意味が分からない。


 その後の会話の結果、私が魔族とこの少年にあっさり見抜かれた。この少年は危険かもしれん。更にはこの少年が悪魔を討伐したと言うではないか。ならば試してみるしかあるまい。


 向こうはかなり嫌そうだが、私の我が儘に付き合って貰うとしよう。殺さないようにだけは気を付けねばな。私が理由無く人を殺めれば魔族全体の評判に関わるからな。


 何? これ以上魔族の評判が落ちることはないだとっ!? 言ったのは誰だ? 今すぐ串刺しにしてやろうっ! ……いや、取り乱して失礼した。


 さて少年と一騎打ちの戦いになったが結果から言おう。あっさりと敗北した上に斬り落とされた左腕の治療までしてもらった。我ながら不甲斐ない。その後は和解することができた。この少年は人族にしては珍しく魔族をなんとも思っていないようだった。


 少年に歳を尋ねてみたら新年で15歳になると言う……その歳で多彩な魔法を使いこなし、二刀流と変わった武技を会得しているのか。末恐ろしいな。


 そんな少年……ライル殿から私にスカウトが来た。正直に言うと渡りに船であった。毎回路銀を稼ぐために冒険者の依頼を受けていると、正体がバレる危険もあってなかなか心休まる暇が無いものだった。


 それに私の冴えない直感がライルたちとは離れない方が良いと言っている。……冴えないが直感は信じることにしているのだ。


 その日の内に街へ戻る。ライル殿は商会を開いているようで、働く従業員を沢山抱えているようだった。それ故に宿舎なんて言う建物すら持っていた。私にはそこの一室を無料で貸してくれた。


 次の日に契約の詳細を詰めたが、驚くほど私に有利な内容であった。これでは私の贖罪にならない。故にそこだけは意見を言わせて貰った。


 その後は彼らに付いて回る。護衛がメインの仕事だからな。時々重たい物を運ぶ必要があったのでそこだけは手伝った。魔道具? 興味はあるが、作る気にはなれないな。魔道具の構成などを見てみると複雑過ぎてとてもできそうにない。できれば手伝ってやりたかったが足を引っ張る未来しか見えなかった。


 更にその後、ライルが私に書類仕事をさせるという暴挙に出た。


 「私は書類仕事などやったことが無い」


 「誰にでも初めてはある。諦めろ」


 一体何を諦めろと言うのだ? もしかしてそれは絶対に逃がさないという意思表示か?


 そのようだった。この日私は120歳になって初めての書類仕事させられた。


 「なかなかできるじゃないかっ」


 ライルは嬉しそうにしていた。そして更に爆弾発言をする。


 「今度から手伝ってもらおう」


 女神よ……これが私の新たなる試練なのか? いやここはアルテナ殿と一緒に逃げると言う手段も……だがしかしそれでは護衛の任務が。そして何故護衛の任務から書類仕事の任務に? 何? 書類から護衛しろだとっ!?


 「書類から護衛するってありなのかっ!?」


 思わず叫んでしまった。さすがにこれは無しだろう? そう思うよな?


 「うむ、勿論ありだ」


 ライルよ、貴公には聞いておらぬ。そう言いたかった。だが周囲に居た他の従業員もありです、と言っていたので諦めるしかなかった。無念だ。


 その夜は年越しと言うことで、地域によっては行事があったりするが、この街は只今復興途中だ。さすがに余裕が無いので今年は見送りのようだった。街の人たちも新年の祝いの出店だけで十分とのことだった。その時には酒が振る舞われるみたいだしな。


 私も酒は楽しみだ。そんなことを呟いたらライル殿が酒を用意してくれた。ライル殿は成人がまだだから飲めぬらしい……成人した時を楽しみとしておこう。


 アルテナ殿も一緒に飲むようだ。フラウ殿はお酒に弱いらしく遠慮しておくとのことだった。なので私はこの正体不明……いや自称女神の女性と月見酒と洒落込んだ。うむ、実に美味かった。


 「もっと酒もってこーいです~」


 「まて、少し飲みすぎだ」


 少々アルテナ殿が調子に乗り、ライルにドツかれていたが。


 翌日は新年のお祭り……は諸事情で行われないが、出店でみせなどが多く出店しゅってんした。他には教会でのお参りだな。私は興味無いが神官様から有り難いお言葉が聞けるそうだ。


 ちなみに私は出店でみせの裏方で手伝いをしている。ライル殿も裏方で仕事を行っていたからだ。フラウ殿もそのお手伝いだ。アルテナ殿? 彼女は出店の食べ歩きを行っている。たまに差し入れを持ってきてくれるから良しとしよう。


 この街の人たちは暗い顔している人が多かったが、この日ばかりは皆元気で幸せそうだった。復興作業が休みのところが多かったのもあるかもしれない。それとライル殿が皆から治癒師様と呼ばれていた。あの<治癒魔法>は異常だからな。私の左腕も全く違和感無く使うことができている。


 アルテナ殿の話によるとライル殿は守銭奴と聞いている。しかし街の人には破格で治療行為を行っているらしい。勿論、この街の治癒院の許可を得てだ。その事についてフラウ殿に聞いてみると、一部は治癒院に収めているとも言っていた。アルテナ殿は驚いていたが、私からするとあまり守銭奴のようには見えない。


 むしろ周囲の人たちに話を聞いてみると、多くの奴隷を解放し、その後の面倒を見ているという。そのことについてアルテナ殿は、


 「ふふふ、アビスは甘いですね。そうやって人を手なずけて、最強の私兵軍団を作り、彼は世界を征服しようとしているのですよっ!」


 その言葉を聞いて私は衝撃を受けた。しかし考えてみれば、あの驚異的な<治癒魔法>に魔道具を製作する技術、そして魔法の構成を改造する知識と非常優れた人物である。さすがに世界征服か誇張かもしれないが、この世界を変えるのであればそれを見てみたいと思った。


 都合が良いことに私は寿命が長い方だ。ライルの生涯を見る時間のゆとりはある。たまには寄り道も良いかもしれない。それにライルと居ると悪魔が向こうから寄ってくるかもしれない。そのような予感がする。私の予感や勘と言った類は当たらないがな。


 そして祝福の5日間は多忙のまま過ぎていった。1月1日火の日。ライル殿はまた忙しく動き回っている。それに付き従いながら、私も何かと手伝わされる。フラウ殿も同じように働いているが、アルテナ殿はどこへ? に、逃げた? あの方は自由な人だ。さすがは自称女神といったところか。


 そんな彼女だが、夜になるとお酒を持って私のところによく来る。ライル殿やフラウ殿はお酒が飲めないからだろう。この時に色々と話を聞くのだ。先にもあった世界征服の話とかをな。今日も今日で新たな話を聞けた。


 「ライルの実家のオーガスト家は人外の集まりなんです。自分の子供を火魔法で焼く母親とか、訓練と称して子供を半殺しにする父親とか居るんですよ~」


 「なんと、それは恐ろしいな。ライルの強さの秘密は人外に育てられたからか。してその者たちは何者なのだ?」


 「えっとですね~。母親は魔女で父親は鬼ですかね」


 「魔女はまだ良いとして、鬼はさすがに恐ろしいな。悪魔に準じるモノではないか」


 「あははは、下手をするとそれよりも質が悪いかもしれませんね」


 ライル殿は恐ろしい環境で育ったのだな。あの歳であの強さも頷ける。こうして今日もアルテナ殿から興味深い話が聞けたのだった。




 その様子を見守る者がが1人居た。フラウである。彼女はこの時、


 (騙されてますよっ! アビスさんっ!)


 と心の中で告げていた。口に出さなかったのはアルテナがこっちを見てニッコリ笑っているからである。アルテナに見られていることもあり、フラウは背筋を寒くしながら立ち去ることしかできなかった。


 そして、立ち去った後フラウは感謝するのであった。アビスのお陰で遊ばれるのが私ではなくなったことを。


 (私も嘘を吹き込まれて大恥欠きました……アビスさんが気付くのはいつでしょうか?)


 そんなことを思うのであった。




 アルテナはフラウが立ち去るのを確認して、心の中でニヤリと笑った。


 (こんな面白いおもちゃを取り上げられた困ります。フラウには黙っていて貰わないと)


 しかしアルテナはこの時は気付かなかった。アビスが常に最も知られてほしくない相手の側にいることを。そしてアビスがぽろりとこのことを話して知られてしまうことを。


 アルテナの未来は暗い。そのことにアルテナは気付いていなかった。いやきっと可能性としては気付いてはいたが、眼を逸らしてしまったのだろう。その方が幸せだからだ。





アビスがライルを呼び捨ての時は砕けた感じの時です。殿付けの時は真面目な時です。

フラウとアビスが真面目タイプ、ライルとアルテナが不真面目タイプですね。

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