第29話 次のことは知りません

 そして2日後夕方、再びダンジョンから魔物が溢れ出した。前回より少ない数であったが、それでも1層防壁は再び崩れ、2層防壁でなんとか迎撃できた。


 ただ、まだ修復もできていない朝方に再びダンジョンから溢れ出す。兵士たちも疲労しており戦力も低下していたため苦戦した。その結果、2層防壁も半壊した。その後は6時間毎くらいに小さな襲撃を繰り返してくるようになった。


 それから3日後の現在、指揮所では会議が行われている。その席に付いているアイストル子爵は目の下に隈を作って疲れた表情をしていた。


 (子爵様も消耗戦で参っている様ですね~)


 今回はアルテナも呼ばれていた。さすがに派手にやり過ぎて特定されていた。


 (そりゃな、俺も疲れた。俺自身は少し休んだだけで結構回復するから良いんだが……怪我人が増えるのは勘弁してほしいぜ)


 結構死者も出ている。補充も来ているが、それでも初期に比べると戦力は半減くらいか。まあ実際のところ軽傷者は十全ではないが戦闘できるからもう少しマシだが。


 そして会議は続いているが、あまり芳しい報告はない。俺たちは出席させられているが、特に発言することも無い。俺はカイ兄のおまけ、アルテナは俺のおまけでここにいるだけだ。


 「オーガスト領からこれ以上の援軍は?」


 「お願いはしているがすぐに動かせる部隊はないはずだ。だから現在編成しているところだと思う。早くても3日、遅ければ1週間かかるな」


 「我が領からはこれ以上は期待できないですな」


 これはソルルーク伯爵領の人からだ。そこまでソルルーク領は余剰戦力はそれほどない。簡単に動かせる軍は既に手配済みと言うことだろう。


 「国軍がもうすぐ来ると思われますが……国軍が来られるまでが問題ですね」


 文官の1人が発言する。


 「保つのか?」


 「保たせるしかない」


 結局結論は出ているのだ。今出来ることをやるしかないのだ。やり遂げるしか。


 さて不毛な会議が終わったことだし、臨時の救護院へ行って治療を行う。俺は戦闘が起きると戦闘に参加し、戦闘が行われていないときはここで治療していることが多い。そして救護院の裏のテントで寝ていた。


 一方アルテナは基本は防壁の応急処置を行い、たまにこちらに来て休憩していた。戦闘時は相変わらず教会の鐘の上からの狙撃である。もう誰がやっているか気付かれている。鐘の女神様と呼ばれたりして本人は喜んでいた。


 会議の2日後、遂に2層防壁は限界、放棄することになった。3層防壁が抜かれると都市自前の城壁だけとなる。それでも3層防壁は急造の壁ではない。誰もがまだ保つとそう思っていた。そう奴らが来るまでは。


 次の日――。


 爆発音と共に防壁の上にいる弓兵達が吹き飛ぶ。砲撃をしてきているのはタートルカノン。


 亀を大きくした魔物で甲羅の一部に砲筒が付いている。体長5~10メートル、今回居るのは全て5メートルクラスだ。大きいため鈍重で移動速度が遅く代わりに防御能力と遠隔攻撃能力を持つ。自慢の砲筒からは魔力を込めた岩を飛ばしてくる。射程は精々50~60メートルほどだが、威力や攻撃範囲はある。


 それが2層防壁痕の手前辺りから1列に並んで撃ってくるのだ。正直勘弁してほしい。


 アルテナの光の矢が降り注ぐがそれくらいだと余裕で耐えきる。それにこのタートルカノンは上からの攻撃にかなり強いのだ。


 「なんで今頃こんな奴が出てくるんだよっ!」


 兵士の誰かが叫ぶ。こちらも弓を射かけるが、全く効果は無い。これ以上近づいて来ないように牽制する程度だ。しかもここ連日の襲撃で矢の数が不足気味なのだ。


 そして魔法で攻撃しようにも、まず距離がある、次ぎに亀の防御性能が高い、最後に亀の前に大型の盾を持ったオーガが並んで突っ立ってる。この統率感がやべぇ。


 更に砲撃を受けてる最中だと言うのに、敵の部隊は数頼みで侵攻してくる。こんなことされるとこっちから打って出ることもできない。


 (たぶんだけど騎兵隊の対策もされているんだろうなぁ)


 (でしょうね。でも子爵様は騎兵隊を出すみたいですよ~)


 前回より人数が半数になった騎兵隊、突破力などは5割未満である。


 (せめて偵察出してからとか、現在亀の後ろ見えないのに。そっちで何か見えないか?)


 (亀やオーガが邪魔で見えませんね~)


 こうして喋っている間も亀からの砲撃は続き、3層防壁は削られていく。俺は城壁の高台で弓による狙撃と、近くに寄ってきた負傷者の治癒を行っていた。だが、さすがにこれはヤバイと断ってからアルテナのところに移動することにした。


 そして教会の上に着いた頃、西門から騎兵隊が突撃を開始していた。


 「ありゃ、間に合わなかったか」


 「ですね~、一応何かあったら援護はしますけど、期待しないで下さいね」


 そりゃできることと、できないことあるしな。やむを得ん。


 そして騎兵隊が亀に近づいていくと、亀の後ろからも土煙が上がり始める。そう向こうも騎兵を出してきたのだ。黒い馬の魔物か? それに乗るのはスケルトンやアンデッドである。


 (ここは単純に同じ兵種をぶつけて来ましたね~)


 (たぶん亀を倒すために打って出てきたら、これでひき殺すこともできるからだろう。ただこちらには、敵の猛攻を突き破りながら打って出る戦力は無いが)


 ちなみに敵の騎兵の数はこちらの騎兵隊の倍近くだ。しかしこちらの騎兵隊も今更止まることもできないのでそのままぶつかる。


 それしか選択肢は無かった。アルテナがぶつかる前に敵の騎兵隊に光の矢を降らせていた。それで結構な数減ったが戦力差は埋まらず、衝突の結果はこちらの騎兵隊が蹴散らされる姿だった。


 戦力差もあったがこちらの騎兵隊がぶつかる前に戦意が削れたのもあるだろう。何しろ相手はアンデッド兵である。見た目がグロテスクなのだ。それに数も向こうの方が上とくれば動揺するのも無理はないだろう。


 それを見ながら、俺は自分の仕事をする。<真技>の射撃により亀の数を減らすのだ。弓の準備をし、照準を亀に合わせる。前にいるオーガは無視だ。


 そして<真技>を発動させ、黒い軌跡を放った。その黒い軌跡はオーガを貫き更に後ろにいる亀も貫いて倒す。この威力の凄まじさ、素晴らしい。


 「まず1匹っ!」


 「でも弓がジリジリ言ってますよ~」


 分かってるわ。と内心思いつつ、使ってた弓を異空間庫に放り込み次の弓を出す。


 そう弓が1回でダメになるなら、一杯用意すれば良いじゃん作戦である。とは言ってもあまり暇な時間が無かったため、10発分しか用意できなかった。付与するのが面倒なんだよな。誰かしてくれないかな?


 「さてもう1射っ!」


 再び<真技>を使って発射。亀とオーガをセットで仕留める。向こうの騎兵隊はこちらの騎兵隊を全滅させた後、再び亀の後ろに下がった。


 取りあえず、俺はそのまま射撃を続けて亀の数を減らした。半数くらいになったか? 一応魔法の集中砲火で1匹倒せてた。


 亀の砲撃は先ほども言ったが、岩を飛ばすという典型的な攻城兵器だ。ただ若干魔力が籠もっており、当たると炸裂する。何気にえげつない攻撃である。そしてその数が10匹ちょいになっても十分な驚異である。


 (これは3層防壁も崩れるか……)


 (そうかもしれませんね。でも子爵様が無謀なことしでかしそうですけど)


 そう敵の猛攻が弱まってきているのだ。今なら打って出ることもできるが、相手には騎兵隊がいる。出たところをひき殺されるのが関の山だ。ただこのまま防衛に徹していても、いずれは3層防壁が落ちる。そうすると、次は城壁に攻撃が移るだろう。


 (俺なら3層落ちた後、亀の移動に合わせて突撃かけるかな)


 (3層は諦めると?)


 (だって無理っぽいし)


 (でも指揮官の子爵様はそう考えてないみたいですね)


 がやがやと領軍が突撃準備を始めた。まあオーガスト領軍や奴隷兵を連れて行かないみたいだし文句は言わないが。


 「どうするよっ!」


 「知りませんよっ!」


 でしょうね。止める間もなく(聞いてくれないだろうが)門を開け放って突撃が開始される。亀に迫る領軍、そして横から来るアンデッドの騎兵隊。


 仕方ないから援護をする。アルテナの光の矢が降り注ぎ、俺も光の魔法を使って援護する。それでも多くは騎兵隊に食べられた。アンデッドは光に弱くホントにバタバタと倒れた。


 それに今回は弓や魔法の援護もあったため、俺の予想に反して兵たちは意外と生存して亀に近づけた。


 しかしそこでまた試練である。そう直衛のオーガだ。大盾だけでも十分な鈍器になるため、接近できた領軍は十分に苦戦していた。


 ただここで予想外の出来事があった。カイ兄がこっそり亀に接近していたのである。まあカイ兄の固有スキルを使ってだろうが。結果ドサクサに紛れて4匹ほど仕留めて戻ってきていた。


 <閃駆>と言う固有スキル、目視できる範囲に短距離転移ができるのだ。さすがである。距離に難ありらしいが。戦場では正に縦横無尽だ。


 「しっかし無茶しますね~。まあ人外の魔窟オーガスト家に生まれただけはありますね」


 「クリス兄は普通だぞっ」


 「彼は苦労が絶えないでしょうね……」


 そんなこと言ってる間に突撃した領軍は壊滅した。戦果は亀2匹だった。おっ、もう残り亀は5匹となった。つまり初めは22匹居たのか。


 そして更に魔法の集中砲火でなんとかもう1匹始末した。ただ後の4匹には、生き残ったオーガが集結しており手が出せない。


 そしてジリジリと防壁を削っていく。子爵様が何やら叫んでいるが、もうこれ以上の突撃は無理だろう。ちなみに敵の騎兵隊はアルテナの執拗な攻撃により壊滅した。


 しかしまだ敵の地上部隊はオーク、狼などの動物型、他にも虫型やアンデッド系もいる。こんな中突っ込むようなことはできない。仕方なく砲撃に怯えながら弓を射って数を減らそうとしていた。


 それからしばらく時間が経った俺は元の場所に戻り負傷者の治療をしていた。すると3層防壁の一角が遂に崩れた。崩れた一角に魔物が集まってきて、激しい攻防が始まった。


 そして亀は今度は別のところを狙って砲撃をする。しばらくすると、そこにも穴ができ……それを何回か繰り返した後、3層防壁を穴だらけのボロボロした後帰っていった。


 (ふぅ、防衛成功だなっ!)


 (そうですねっ! 次のことは知りませんっ。そんな精神私は好きですよっ!)


 (いかん、アルテナ病が再発してしまった)


 (何ですかっ!? その病気はっ)


 (現実を認めたく無い病の通称だな)


 俺たちはそんな感じで現実逃避しつつ、戦闘後の処理を始めるのだった。


 (いい加減、指揮官を変えてくれよ)


 (ここ子爵領ですよね。無理じゃないですか?)


 (だろうな……)


 軽く絶望するのだった。内務派閥ですから、文官は優秀な人多いんだけど、武官はイマイチっぽいしな。軍閥よりと聞いていたんだが、まあそこまで内情に詳しいわけじゃないしな。


 この辺りのことは後でカイ兄に聞いたが、内務閥の偉いさんの子弟がコネで入ってきて、そういう人が領軍の上に居る。そして軍閥の人とか優秀な人は閑職に飛ばしたり、意見を言わせなかったりするらしい。


 現にカイ兄は子爵から全く意見を求められなかったらしい。カイ兄はカイ兄で一応指揮下には入っているけど、独自で判断して行動して良いことになっている。それさえ認めて貰えれば文句は無いと語っていた。


 現状の子爵には期待できないな。だからと言って俺が指揮とか考えられない。戦術とかも得意じゃない。そして1人で現状を打破できる分けでもない。


 乱戦の中突っ込んだりしたら後ろから襲われて終わる。現在背中を預けられるのはアルテナだけだし。……アルテナに背中を預けるとか自分で考えてて寒気が――。


 考え事しながらでも、治療行為はあっさりできるようになった。慣れって凄いなぁ。あっ、この人はシーナ行きだな。この人は治癒師殿へ。俺にも専属の補佐する人がついて、どんな治療したかなどを記録してくれている。もう軽く1000人は診たな。


 (金貨たくさんだ。ぐへへへへへ)


 (邪念を感じますっ!)


 (何故わかったっ!?)


 (いえ、普通にこっちにダダ漏れでしたよ……)


 (き、気を付けます)


 アルテナの方は死体の処理などをしながら、3層防壁の穴を塞いでいた。これをしてもあの砲撃を受けるとすぐに崩れるらしいが……しないよりマシだろう。


 (たぶん次の大規模侵攻がこの都市の命運を賭けた戦いになるかな)


 (ですかね~、もうその前の牽制で落ちそうな勢いですよ。士気がかなり下がってます)


 それからも約6時間毎の牽制の様な襲撃は繰り返された。更に士気が下がる。そして2日たった今――、


 「来たぞおおおおお! 国軍が来たぞおおおお!」





皆様、台風19号お気を付け下さい。

命を大事にですぞ。

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