第25話 槍の降る日

 ある兵士は現在必死であった。魔物氾濫である、いやこれは大氾濫であろう。もう既に3層ある防壁の内、1層防壁が突破された。


 それも氾濫が発生して15分経ってないはずである。そして現在オーガの亜種たぶんこれは変異体であろう。それが2層防壁に迫ってきている。このまま取り付かれると、2層防壁もあっという間に破壊されてしまうだろう。


 そうならないため、矢で集中攻撃を行ったが全く効いていない。ならばと魔法使いの爆裂魔法を炸裂させたが、爆炎の中から現れたオーガには効いた様子は見られなかった。


 自分も含め周囲の兵士達に焦りが広がる。俺の人生ここまでか……そう思ったとき、一迅の黒い軌跡がオーガに刺さる。その瞬間、オーガの体の大半が抉り取られるように吹き飛んだ。残った体も後ろに向かって倒れ、起き上がってくるような気配はなかった。それを見た自分と周囲の兵士は鬨の声を上げた。


 「誰だか知らないがありがとう。俺まだ生きてるよおおお!」


 俺はそう叫びながら、再び弓を構え魔物の群れに向けて矢を放つ。


 ふと黒い軌跡の飛んできた方向を振り返るが、そこには変わらぬ都市の姿が見えただけだった。



 「これで防壁の件はチャラな」


 「誰に向かって言ってるんですか~?」


 アルテナの質問は無視する。俺の放った<真技>を纏った矢の一撃は、オーガを貫通しその後ろの魔物も巻き込んで倒した。明らかに以前より威力が高い。そして――


 「弓がバシバシ言ってますよ~」


 ふと自分の弓を見るとアルテナの言った通り、バチバチもしくはバシバシ言って付与魔法の一部が剥がれていた。


 「明らかに威力上がっていたしな、弓の方が耐えられなかったみたいだ」


 そう言って今使っている弓を仕舞い、予備を出して持ち替える。少し思うところがあり、ステータスチェックをするとレベル3つ上がっており、<真技>のスキルレベルが2に上がっていた。


 「<真技>のスキルレベルが上がってる。後ついでにレベルも3つ上がった」


 「お~、おめでとうございますー。これで私の力がまた増しますね」


 その言葉を聞いて、俺はアルテナに一生勝てないかもと弱気なことを考えてしまった。


 そしてオーガはなんとか倒したものも、未だにダンジョンからは魔物が続々と出てきている。また先ほどのオーガクラスが来ると厄介かもしれない。近接戦とか絶対嫌だしなっ。


 更に2層防壁の上での戦闘が開始された。さすがにここには精鋭を配置している様で、そうそう突破はされていない。追加で魔法の支援も行われていた。もう温存はしないようだ。そんな中ある槍使いは無双の働きをしている。


 「あの槍使い凄いですね~」


 「そうだな……うん?」


 遠目で後ろ姿だから気付くのが遅れたがあれは――


 「あれカイにいじゃん、さすがだなー」


 「お~そうでしたか。あの方も中々凄い人ですからね~。オーガスト家は人外ばかりなのかと問いたくなります」


 アルテナは喋りつつも、時々矢を放ち援護をしてくれている。


 何も知らない人からしたら、都市の方から矢が飛んでくる様に見えているのだろうか? 不審に思われそうだが、現状大変だし良いか。



 それから20分ほど経過した。2層防壁の防衛部隊は交代で休憩に入ったりしている。しかし交代要員は戦力が落ちるのか、少し押され気味になってきた。すると魔物の群れに光の雨が降り注ぐ。正確には光の矢が降り注いでいる……だな。雨のようでキレイだなぁ。…………こんなことするのは――と、思わずジト眼で隣の女神を見た。


 「あはははは、これってシューティングゲームみたいで楽しいですねっ! 敵を一掃する瞬間とかスッキリして良いですね~~」


 これのどこが女神なのだろうか? 俺には邪神に見える。まあ戦力になるの良いことなんだが、この攻撃はさすがに目立つだろう。


 「さすがに目立つと思うんですが、アルテナさん?」


 自重してほしい思いを込めて聞いてみる。無駄だろうが。


 「あ~。ま、大丈夫じゃないですか?」


 ホントかよっ!? お前の大丈夫は信用ならんのだがっ。そう思ってる側から次弾の光の矢を放った。今度は更に着弾した後、小規模の爆発まで起こった。前線では喝采が起きている。


 「ほら、喜んでるみたいですし~。それに一応、隠蔽術式も掛けましたし大丈夫でしょ~」


 もうどうにでもなれ。俺も<体技>、時には魔法使って攻撃を行う。しかし、遂に2層防壁の東側の一角が崩れた。


 「あ、ヤバイ」


 「このままだと2層防壁が突破されそうですね~」


 崩れた場所は兵士が壁となり、魔物を内側に入れないように必死に応戦する。悪いことは続く。ダンジョンから飛行型の魔物が少数だが出てきた。


 それは弓や魔法で迎撃しないと都市まで行ってしまう。それを迎撃するために地上への援護が半減した。カイ兄が東側の崩れた場所に精鋭を連れて向かっている。


 こちらではアルテナが地上を攻撃し、俺が飛行している魔物を撃ち落とす。しばらくその状態で均衡するが長くは続かなかった。数分後、今度は西側の2層防壁が崩れる。カイ兄の精鋭部隊は東側で防衛中。西側の士気が瞬く間に下がる。


 「あれってやばくないですか? もしかしたらあそこにいるの正規兵ではないとか?」


 「……かもしれん」


 遠目で見ても配置されているのは奴隷兵っぽい感じだ。犯罪奴隷は既に最前線で散っていった。だとすると、借金奴隷や違法奴隷となる。


 まだ志願した民兵の方が士気が高いだろう。今回の氾濫では徴兵はされていない。徴兵した者が死ぬと内政に大ダメージだからだ。故に領民から参加しているのは志願兵と冒険者や傭兵くらいである。衛兵などは街の避難指示や秩序を守る仕事がメインだ。


 そして今、壊走しつつある奴隷兵の部隊。逃げようと背中を向けたところを魔物に襲われている。その中には逃げずに懸命に戦っている者もいるが……。


 (こりゃ今から行っても間に合わないな)


 どうするか……と思案していると、魔物の群れに風の刃が舞う。その刃は殺すことが目的ではないようで、多数の魔物を傷つけ動きを鈍らせるのが目的に見えた。実際に暴れ回る風の刃で魔物は攪乱されている。


 その結果、多くの魔物が出血し中には倒れる魔物も出てくる。今度はそのまま流れた血を風の魔法の延長で巻き上げ、その血を凍結させドス黒い血の槍に変える。そして次ぎには血の槍の雨が魔物たちに降り注いだ。


 見事な連携魔法である。連携魔法とは、複数の属性を使える魔法使いが、複数の魔法を連続で行使しそれぞれの魔法の特性を生かし効果を増幅する技術である。今回の場合は少ない魔力で最大の効果を与えたと言うべきか。


 「連携魔法か。凄い上手いな」


 「感心するのは良いですけど、今の内に行ったらどうですか?」


 「止めないのか?」


 アルテナは行くのをむしろ止めると思っていた。


 「止めてほしいのですか?」


 ニコリと笑って尋ね返してくる。


 「いや、アルテナ感謝する」


 初めてアルテナに自然と感謝を示せた気がする。


 「ふふふ、ライルが感謝するなんて今日は槍が降りそうですね~。あれ、もう降ってましたっけ?」


 アルテナは惚けながら答えた。


 「それでは行ってくる。アルテナはここから援護を頼む」


 そう言って飛び降りる。すぐに風の魔法で舞い上がり2層防壁の西側へ向かう。更に上から魔物を火の魔法で焼き払い着地場所を確保、そして着地する。ちゃんと着地時に衝撃は魔法で緩和した。


 「さてと、頑張りますか」


 火魔法の余波で陽炎が揺れる中、魔物の群れと対峙する。あ~足が竦みそうだ。でもなぁ、カイ兄も頑張っているんだ。俺が退けるかよっ! そう自分に活を入れて立ち向かう。


 魔物は1人増えたところでと言った感じで構わず突撃してくる。剣を抜き放ち、1体の魔物を倒す。抜き放たれた剣は黒く染まっていた。それを振り回し、2層防壁の内側に入ろうとする魔物を立て続けに屠る。


 「全員、魔物を壁の内側に入れるなっ! 押し戻せぇっ!」


 気合いを込めて叫ぶ。


 これにより、それまで逃げ腰だった奴隷兵たちが鼓舞されたのか士気が上がる。さあこれから厳しい時間だ。どこまで凌げるか……。





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