閑話 女神アルテナの失敗

 またやってしまった。


 何を? それはもう……天罰を起こす対象と言いますか、座標を間違えました。ちょっとそれぞれの数値を一桁間違えただけですよ? そこに偶然人がいるとか、あり得ないでしょ? あり得ないと思うでしょ? だからここは何も無かったのです。


 ちょっと、ある国のトップクラスの魔術師が灰になったからって些細なことです。っと、現実逃避している間に完全に昇天しちゃいました。これはまあ、あれですね。仕方なかったんですよ。そんな分けで彼の死に関しての書類を改竄しておく。これは事を穏便に済ませるためにね、必要なことなんです。そうです。



 そしてしばらく時間が流れる。アルテナは今追い詰められていた。


 (私の改竄は完璧だったはずだっ。なのに何故バレたんですかー!)


 目の前には女神フォルテナ様。私の直属の上司である。力量差は私10人分くらい。更に左右、背後には同期の同僚たちが退路を阻んでいる。


 「私たちが何故来たか分かっていますね?」


 フォルテナ様がにこやかに聞いてくる。


 「あのぅ、そのぅ。えっとぉ」


 言葉にならない。いや言葉にすると……恐ろしい。


 「貴方が起こしたミスや書類の改竄に付いてです。まさか知らないとか言いませんよね?」


 氷よりも遙かに冷たい視線を浴びる。もう私の心は凍ってます。


 「申し訳ありませんでしたっ」


 ジャンピング土下座である。ある世界のある国の最上級の謝罪方法である。これならばフォルテナ様にも通用するはず。


 「顔上げなさい、アルテナ」


 底冷えするような冷たい声。つつつ通用してないだとっ。何故ですかっ!?


 「顔を上げるのです、アルテナ」


 いくら待っても私が顔上げないので、少し苛立った感じの声が落ちてくる。このままでは余計怒らせることに。仕方ないのでそーっと顔を上げる。


 「――ヒィ」


 フォルテナ様の顔は正しく般若であった(私にとっては)。普通に笑顔なんだけど、表情は冷たく感じ目は笑っていない。


 「貴方が間違って殺した人がどんな人か知ってますか?」


 「いえ――」


 そう答えると更に視線が冷たくなる。これはもう絶対零度ですね。


 「あの人は私が直々に加護を与えた人でした」


 「なっ」


 ナンダッテー! そりゃ書類改竄してもバレるよね。自分の加護与えた人を探したら、見付からないんだもん。そして調べると階段から足を踏み外して転落死。ただし階段の周囲は燃えて焼け焦げた後があり、死体は灰になっているという。そりゃ疑いますよね。さてここからが問題なのです。どうやってフォルテナ様の怒りを静めこの場を無事に生き抜くか……。生き抜くことは簡単なんです。無事にという言葉が大事なのです。


 「そして、捨て子で幼い頃から苦労して生き抜き、才能のあった魔術を極め、国を救うほどの人物になりました。そしてこれからと言うときに、貴方が天罰を誤爆したのです。24歳という若さでした」


 要するにフォルテナ様のお気に入りだったのだ。その事に気付いて身体がガクガクと震える。


 「さて、言い残す事はありますか?」


 「ちょっと待ってくださあああい」


 先ほどは生き抜くことは簡単と言ったが前言を撤回する。この女神殺る気である。


 「今からでも蘇生をっ」


 「残念です。同じ世界に蘇生することは我らのルールで禁止されています」


 「では転生をっ!」


 「それもダメです。同じ世界に前世の記憶を引き継いでの転生は禁止されてます。

そして記憶を消してしまうと彼では無くなります」


 「では、別の世界でっ」


 「そもそも既に魂を保っていられないほどの時間が経過しています。誰かさんが改竄していた所為で、突き止めるのが遅くなりました」


 ぐはっ、過去の私を殴りたい。しかしここで諦めると下手したら死である。全力で抵抗すれば死は免れるだろう。只その時は神界を追放である。邪神に落ちてしまう。そして神界からは天使などが追ってくる。そんな逃亡生活いやだあああああ。神界で優雅に怠惰に暮らしたいいいい。


 故に諦められないのである。


 「私の力でなんとしても、魂を形にしてみます」


 意志の籠もった瞳を向ける。その意志とは楽な生活がしたいと言う邪なモノであったが。


 「ふむ、ならばやってみなさい。僅かながら猶予を与えます。勿論私は側で見させて頂きますよ」


 よし、許可が下りた。すぐに力を解放する。


 今いるフォルテナ様を除く4神の中で最強の私の力を見てみるがいいっ! ふははははははは。


 ……魂の断片は回収できた。これは凄い事である。そしてそこから完全に復元できた。ただ――


 「ほう、確かに魂は復元できた様に見えるが……これ欠けてるのう?」


 あの、その、言葉遣い変わってませんか? フォルテナ様。


 「いえ、私の力で完全に魂は復元できました」


 「して、欠けているのはどういう事だ?」


 フォルテナ様ちょっとキレてませんか? 他の3神の女神たちも震えてますよっ。


 「それは――魂になる前に既に欠けていたのです」


 「なる前と言うと?」


 どんどん追い詰められていく。ここをどうやって切り抜けるか――私は閃いたっ。


 「どうやら私の天罰術式で拭き飛ばしちゃったみたいです。てへっ」


 どうだっ! この可愛い笑顔。どんな罪も許したくなるでしょう!?


 っと考えた瞬間、左頬に衝撃を感じ、そのまま後方に身体が捻れながら吹き飛んでいく――それと同時に私の耳に破砕音が届いた。何の破砕音かはこの際置いておこう。


 (――やはり無理がありましたか)


 私が意識を失う前に見たのは、フォルテナ様が右腕を振り抜いている姿だった。その身体には地獄業火の如く神気を纏わせていた。よく私イキテルナ、バタリ。



 目が醒めた。他3神の内の1神のシェルが介抱してくれたようだ。


 「あるがどう、シェル」


 頬が腫れてる所為か始め上手く言葉にできなかった。


 「あまり怒らせてはいけませんよ。顔面粉砕骨折してたんですから」


 ヒィ。聞きたくなかったその言葉。


 「き、気を付けます」


 そして、背を向けているフォルテナ様のところへ行く。


 「あの、その、申し訳ありませんでしたっ」


 フォルテナ様振り向き、少し考えた後。


 「折角ここまで復元してくれたのです。異世界に転生させます」


 「はい」


 許してくれるのかと期待する。言葉使いも普通に戻っていて安心だ。


 「そこで貴方は彼の守護女神を命じます。責任を持って彼の生を全うさせなさい」


 げっ、面倒だと思いつつ。転生したら速攻ごにょごにょさせれば……。


 「そしてこれは老衰や自然死まで守り抜くと言う意味です。彼の死はこちらで確認します。もし不審思うようなことがあればやり直しです」


 ぬっ釘を刺された。それでも仕事がこれだけなら――


 「もちろん、貴方にはこれまでと同じ量の仕事も割り振ります。これは貴方への罰なのです。楽になるとは思わないことです」


 フォルテナ様、私の心を読んでませんか?


 「分かりましたか? これを受けないならば、最後に言い残す事を言いなさい」


 それって選択肢無いじゃないですかあああああ。


 「謹んでお受けします。ぐすん」


 そう言うしかなかった。


 「では我々で新天地へ征く魂に祝福と加護を与えましょう」


 そう言って女神達で円陣を組む。その中央には件の魂だ。


 「実際の能力はアルテナが与えるとして、私たちは純粋に祈りましょう。彼の未来に幸あらんことを」


 「「「「彼の未来に幸あらんことを」」」」


 その後、クロウリベリオンと神々に呼ばれる世界に彼は転生を果たすのだった。





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