第5話 10歳からのお家事情

 さて充実した生活が始まって早4年10歳になった。長男のカイにいが王都の学院から帰ってきた。逆に、長女のエーシャねえと次男のクリス兄は2年前から王都の学院へ行っている。エーシャ姉とクリス兄は成人するとそのまま王都に残り勉強するらしい。エーシャ姉は王都魔法研究所に通いながら、魔法ギルドや冒険者ギルドの仕事をしながら生活することになる。クリス兄は祖父の弟(大叔父)が王都(王都にあるオーガスト邸の管理をしている)にいるので、その人の元で内政関係のお勉強することになる。まあ、二人とも卒業後は少し長期間伯爵領に戻ってくるが。


 その頃には12歳か……俺は14歳になったら、家を出ようと思っている。成人まで少し早いけど、領内にある交易都市ディレンバに冒険者学校があるのでそこに入ろうと思っている。学校と行っても半年間だけだが。そこで冒険者としての基礎を学ぼうと思っている。

 そしてこの交易都市ディレンバからはどこへでも行ける、そういう人の流れがある。この先の旅に都合が良い。


 そんなことを考えながら、庭で剣の素振りをしていると、庭の一角から殺気の籠もった視線を感じる。そちらをチラ見すると、予想通りの人物が俺と同じように、庭の隅っこで木剣を振っていた。俺の3ヶ月後に産まれた異母弟、マルクルト=カイラ=オーガストである。父様と義母のケーナ=カイラ=オーガストの間に産まれた男児で、母親と同じ赤色の髪に、父様と同じ茶色い瞳をしている。


 (すんげー敵視されているんだよなぁ)


 『バカイルも大変ですね~』


 嬉しそうなアホテナの声が聞こえる。いつからだったか……俺がアホテナと呼ぶようになってからか、仕返しなのかは知らないがバカイル呼びをしてくるようになった。しかし一つ大きな疑問がある。


 (バカイルの「カ」はどこから来たんだ?)


 『だってバライルだと意味変わりますし~。バライルでもバカイルでも似たようなものだしー、良いでしょっ!』


 良くはないが、言っても無駄なので諦める。

 それよりも今はこの嫌な視線を何とかしたい。ここから離れるくらいしか有効策は無いが、それは負けた気がするので行わない。


 (まあ敵視したくなる気持ちも分かると言えば、分かるが……それを言うと、殺しに来そうだ)


 『間違いなく来ますね。持たない者の気持ちを持つ者が分かるはず無いと』


 (俺も立場はあんまし変わらないのになぁ)


 『ですね~、何考えてるんでしょうね~~』


 と言うのも、この異母弟マルクは成人したら廃嫡はいちゃくされることが決まっているのだ。産まれた時から。これにはマルクの母の実家カイラール家が影響している。


 カイラール男爵領はオーガスト伯爵領の東側にあり領境を接しているのだが、そのカイラール男爵領は立地が非常に悪い。周囲を山に囲まれており(山脈でコの字になっている)、唯一の交易路はうちの領を通るしかない。それなのに自領の土地では、斜面や森などで食料の生産効率が悪く自領で自給できない。よって常にオーガスト家が胃袋を握っている状態なのだ。普通なら良好な関係を気付こうとするが、カイラール家は一時は子爵にもなっていた由緒ある旧家だった。そうプライドが邪魔したのだ……。


 それに対しオーガスト家は元々準男爵で少しずつ陞爵しょうしゃくを重ね、特に発展したのは勇者が産まれ、勇者が当主になった代である。その勇者の大躍進があって今では伯爵ながら侯爵と変わらない力を持っている。所謂成り上がりである(旧家の貴族は準男爵以下をエセ貴族と思っているため)。その勇者の時代も随分前の話なのだが……そんなのは関係ないようだ。


 逆にカイラール家は子爵まで昇っていたものの、クーデター幇助の疑い(クーデターを黙認したため)で男爵に降爵、更に今の領地に転封てんぽうされた。先々代の時の話である。そして遂に先代当主がキレた。狂ったと言ってもいい。オーガスト伯爵領の交易都市ディレンバへ軍を向けたのである。

 しかしこのオーガスト家は隣国と接する領地、ほとんどの都市はしっかりとした城壁があった。攻め込んだ先のディレンバも例外ではなかった。その結果、籠城され、更に都市を囲うほどの戦力も無く、無理矢理徴兵した兵の士気は低く、あっさりと全滅した。全滅と言ってもほとんどが捕縛である。亡くなったは運の悪かった者のみ。死者は双方入れて100人に満たなかった。被害の9割以上が男爵領軍の人である。


 この紛争の調停は王都の役人が来て行った。その役人は男爵領の現状での賠償は領民に死ねと言うようなものと判断した。分割払い、もしくは借金するにしてもなんとか手付け金を出さねばならない……だが無いのだ。だからと言ってこんな面倒な領地はオーガスト家もいらないだろう。領地を没収するにしてもこんな土地誰も管理したがらない。王家の直轄領になる場合、調停役の自分が代官候補である。押しつけられる、そんなの死んでもご免だ(正直)。それ故に調停役は困った、とっても。なので最後の手段として、カイラール家に孫娘ケーナを差し出させたのである。

 他にも今回紛争の大義名分に使われた領境付近の事柄については、今後大義名分に使えないように、領境越境を特典として付けたりと色々した。更に特典付けたり、伯爵家が断りにくいように頑張った。

 それでもディレンバ近くの田畑を荒らしてしまったことや、捕縛された兵士の身代金など莫大な賠償金の額だった。特に捕縛された兵士は徴兵された領民である。身代金を払わないと戦争奴隷として売られてしまう。そうすると、労働力が無くなって男爵領は破滅する。


 ちなみに領境越境の特典とは盗賊や魔物退治の際、事後報告で越境可と言うものである。カイラール家としてはかなりヤバい条約なのだが、今回の紛争をカイラール家の大義名分として、オーガスト領の領軍が領境付近で軍事挑発を行ったからだ。としていたので仕方がない。


 実際のところはカイラール家が、領境付近の盗賊を退治しないので、オーガスト領の領軍が治安維持のため仕方なく、領境付近をウロウロしてたのである。しかも襲われてたのは主にディレンバからカイラール家の領地へ行く荷(勿論その逆の荷も襲われていた)である。主に食料が積んであるからだ。そしてカイラール領の食料が不足し、輸出品(鉱山から掘った鉄)が奪われ、資金繰りが悪化し、遂には当主の気が触れることとなったのだった。自業自得だったりするのである。


 しかしカイラール家当主は、すべてオーガスト家が仕組んだこと思い込んでおり、それを家族にも話していた。そういった教育を受けた可愛い孫娘が、人質としてオーガスト家跡継ぎの側室として来たのである。

 オーガスト家もそう言うことは知っていた。だから男児のマルクが生まれた時、病死(?)させるか悩んだのである。結局、男性陣は病死の方を、女性陣が成人後の追放を押して、その後の話し合いの結果後者になったのである(男性陣は女性陣に敗北した)。


 そう言うわけで、この異母弟マルクは成人16歳になったら、廃嫡されて、家との縁を切られるのである。勿論準貴族としての地位もない。むしろオーガストの姓を出したのがバレると死罪になる。


 マルクは思っているのだろう。もし俺と逆ならと、たった3ヶ月の産まれてきたのが遅かったから。そう思っているのだろう。だが、3ヶ月早く産まれても義母の腹から産まれたら一緒なんだが……。


 (まあ理屈じゃないんだろうなぁ)


 例え産まれてくるのが逆だったとしてもだ。オーガスト家では、三男以降は自力で生活せよという家訓があるのだ。準貴族という地位と姓が名乗れるだけで、追放されるのは変わらないんだなっ。自分で言っててちょっと悲しい。まあ俺は自由が好きだから良いけどなっ。


 『同じように追放される身。なのに通じ合わない思い。切ないですね~~』


 (いえ、通じ合わなくて良いです)


 『ちぇ、ツマラン』


 なんなんだコイツは……いや、相手にしたら負けだ。

 そんなことを考えている間も嫌な視線は続く。これはこれで、プレッシャーへの訓練だと思うことにして、剣の素振りをし続ける。向こうも突っかかることはできないんだ。揉めると即廃嫡されそうだしな。


 (あの憎しみのオーラは凄いけどな)


 『ですねー。女神の私でも引いちゃいます。いえ、女神だからこそかな~』


 マルクが必死に木剣を振っているのは、ここを出たら冒険者になるかららしい。人伝に聞いた。そういう意味でも、俺がライバルに見えるのかもしれないな。


 (逆にマルクの妹の方は純粋に育ってるなぁ)


 『そうですね~。邪気がありません。心の内も問題ないですねー』


 異母妹のピューラは天真爛漫に育っている。基本寝るときは離れだが、それ以外は本邸の方で勉強したり遊んだりしている。現在8歳で黒髪に一房強赤髪が混じっていて、赤茶色の瞳をしている。顔立ちは可愛らしいといった感じだ、姉の方のリュンカは美人って感じだしな。義母のケーナをまともに見たこと無いから、似てるのかは分からないが。

 異母姉のリュンカは現在12歳で王都の学院へ行っている。一応言っておくが、俺も希望したら学校や学院へ行けるからな。家で勉強できるし、家には最強(最狂)の魔法の先生がいるからね。ちなみにリュンカは真っ黒の髪に赤い瞳である、先ほども言ったが気の強そうな美人さんである。


 そんな感じで父様の空き時間になるまで自己鍛錬をした。マルクは父様にも憎悪を向けているらしく、父様から剣を学ぼうとしない。代わりに面倒見の良い領軍の人が相手をしている。その他の教育に関しても、母親か母親の雇った人(お金は伯爵家が出している)に教わっている。伯爵家の息の掛かった人は極力避けると言うことらしい。徹底している。

 まあこれに関しては俺にはどうすることもできない。成人すれば晴れて他人だしな。そんな感じで充実した日々は過ぎていった。



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