第67話 出立前
ハンナがコーラルⅢから飛び降りると、難しい顔をしたジョルバーナが出迎える。その後ろには魔女たちやハンナの見知らぬ人間が身を寄せ合っていた。その集団からシーリアが飛び出してくるとハンナに飛びつく。
「ハンナ。凄い凄い。やったね」
「シーリア。そんなに強く抱きついたら苦しいわ」
「ごめん。ついつい」
シーリアは体を離すと首を大きくのけぞらせる。ハンナの後ろの巨体を見上げた。
「あの時の子なの? カンタリオンだっけ?」
自分のことを呼ばれたと気づいて赤竜は首をかがめるとシーリアのすぐ近くに顔を寄せる。大きな目にじっと見つめられてシーリアはもじもじとする。
「ね、ねえ。ハンナ。この竜、私のことをかじったりしないよね?」
「そんなことしないわよ。ねえ?」
ハンナは首をねじってカンタリオンに語りかける。
カンタリオンは更に顔をシーリアに寄せると舌を出して頬をなめた。
「もちろん」
カンタリオンはハンナの服の裾に隠れていたゲオルグを見つけると嬉しそうにする。
「やあ。黒毛玉。元気かい?」
全身の毛を逆立てるゲオルグも一嘗めするとカンタリオンは身を起こした。その隙にシーリアは服の袖で顔を拭く。ゲオルグもハンナの服の裾に体をこすりつけていた。
「ハンナ!」
ジョルバーナの声が響く。
「そのドラゴンはそなたと契約を交わしておるのか?」
「契約を交わすというのは良くわかりませんけど多分違います。この子は私の子供なんです。カンタリオンといいます」
アリエッタがジョルバーナに何か耳打ちする。聞き終えるとジョルバーナは首を振った。
「まあ、いい。さっさと支度をせい。主力は退けたが、いつまたやってくるか分からんからな」
「しばらく時間は稼げたと思いますけど」
ひょろひょろっと背が高く眼鏡をかけた男性が進み出る。
「あの嵐の中を進撃してくるのは相当困難でしょう。体制を立て直したとしてももう間に合いません」
男性はハンナの方を向くとにこっとほほ笑んで一礼をする。その様子を見ていたジョルバーナは相変わらず口の端を下げたままの表情で言った。
「天候制御に長けたおぬしが言うのだから間違いないのだろうが、ぐずぐずしていいことなどありはせん。ハンナ。そのドラゴンはお前の姿が見えなくても大丈夫なんじゃろうな?」
「大丈夫ですよ。よく言っておきます」
ハンナはカンタリオンの目の周りを掻いてやる。目を細めた竜に人を襲ったり脅かしたりすることがないように言い含めた。カンタリオンは地面に体を預けると首を曲げて大きな欠伸をする。
その様子を見て大丈夫だと判断したジョルバーナはハンナを手招きして中へと誘う。背の高い男性もすぐ横を歩きながらハンナに話しかけてきた。
「ルー少佐。お久しぶりです」
ハンナは柔和な顔を見て考える。はて、誰だっけ?
「気象部のジョシュア・トーアです。ドミニータに誘拐されそうになったのを助けていただきました」
「ああ。そうね」
ハンナはそっけなさ過ぎたかと言葉を添える。
「トーアさん。それでどうしてこちらに?」
横からジョルバーナが口を挟む。
「私が呼んだんだよ。ロムルスに一緒に連れていくのさ」
「え?」
「そんなに驚くことはないじゃろう。あっちはここよりも天候の変化が激しいらしいからな。毎日雨に降られたくはなかろう? それにこやつ、料理の腕もなかなかじゃ」
ハンナにまじまじと見つめられてトーアは頬を上気させる。
「いえ。自慢できるほどのものでは……」
「謙遜することはないだろう。気象部をやめて店を開かんか、と誘われたこともあっただろうが」
ハンナはロムルスでまずい飯を我慢しなくても良さそうだとほっとする。
「ジョルバーナ様。随分とトーアさんと親しいんですね」
「当然じゃ。息子なんじゃからな」
「へえ。息子さん……えええっ?!」
「そんなに驚くことはないじゃろう」
ハンナは首を左右に振る。言われてみればどちらも長身で痩せており、顔立ちも似ていると言われればそのように見えた。
「魔女だけでは生きていくのが大変じゃ。なので、ジョシュア以外にも人を集めてある」
ジョルバーナの話で先ほどから気になっていた見知らぬ集団の謎が解ける。
「でも、よくこれだけの人を集められましたね。物好きな」
「半分は訳ありじゃ。あとの半分は買った」
ジョルバーナはハンナだけに聞こえるようにささやく。
話しているうちに洞窟への通路を通り抜け、ヘリオーンを支える架台が見えてきた。煌々と明かりに照らされて眩いばかりに光り輝く巨大な姿は頼もしかった。架台の坂道を登って次々と乗り込んでいる。トーアもハンナに向かって手を振るとヘリオーンの中に消えていった。
魔女たちも3分の2ほどが乗り込んでいく。残りの魔女は自分たちの機体に乗り上空で待機中だった。飛び立ったヘリオーンと力場を同期させてぐるりと取り囲んで飛ぶことになっている。姿勢を安定させるための補助推進力を兼ねていた。ジョルバーナはハンナの肩を叩いて上へを誘う。
「さあ、頼んだぞ」
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