第62話 ハンナの告白

「ふうううん。そうなんだ」

「なるほどね。それでやっと分かったわ」

「お父様は大丈夫なのかしら」

 ソニアが少々困った顔をしているほかはハンナもシーリアもその顔にあまり緊張感はない。


 隊のメンバーを自室に招いてアクス大佐から聞いた話を聞かせたが反応はあまりなかった。もともと刹那的で将来のことなんて考える連中ではないのだが、それでも自分たちの命がかかっている話なので、アリエッタとしてはもうちょっとちゃんと反応してほしい。


 大騒ぎになってはいけないとわざわざ食堂からここに連れてくるまで話をするのを我慢したのでなおさらである。アリエッタだけがベッドに座り、他の者は気の床に直に座っていた。バスケットに詰めるだけ詰め込んで食堂から持ってきた食べ物をめいめい勝手に取り出して頬張っている。そっちの方が大事という態度だった。


「がっついて食事をしている場合ではないと思わない?」

「ひょうへひゅか?」

「ねえ。シーリア。狭いんだから口の中に物をいれたまましゃべらないでよ」

「食べられるときに食べておいた方がいいんじゃないですか?」


 アリエッタも諦めて、手にしたパンを口に運ぶ。焼いた魚とチーズ、野菜が挟んであった。魚の旨味を噛みしめるように食べていると口の中の水分が失われていくような気がしてコップを手にする。大きなピッチャーから牛乳を注いで飲んだ。

「あ、私も貰っていいですか?」


 アリエッタのものより二回りほど大きいマグカップに牛乳をなみなみと入れるとハンナはぐっと飲み干した。ぷはあ、と年頃の娘に似つかわしくない声をあげる。

「避難先にも牛がいるといいなあ」

「ハンナはいいよね。私の好きなチョコレートは望み薄だもん」


「持っていけるだけ持っていけばいいじゃない。たいして重いものでもかさ張るものでもないんだから」

「そうよね。だけど、食べつくしたらと思うと心細いでしょ。向こうに無いと分かったらどうしよう」


 急に深刻な顔をしはじめたシーリアを見てアリエッタはあきれ顔になる。

「まずはどこに避難するかが先じゃないかと思うのだけれど。それともどこか当てがあるのかしら」

「そんなの決まってるじゃないですか」


 自信満々の顔でシーリアはハンナを示す。

「ハンナのいるところですよ。私はハンナについていきます」

「ああ。そうね。あなたはそうだったわね。何かとっておきの避難先でもあるのかと期待した私が馬鹿だったわ」


 ハンナはうーんと腕を組んで考え始める。そして、まあいいか、とつぶやくと皆の方に顔を向ける。

「その避難場所なんだけど……」

「やっぱり、東の群島部分? 竜の子供がいる場所ね」


「んー。もうちょっと遠くかな」

「その先って海しかないじゃない? ずーっと飛んで行ったら魔力線が無くなっちゃうし、さらにその先はドミニータの領土に反対側から着いちゃう」

「絶海の孤島とかでひっそり暮らすとか? ハンナと一緒なら別にどこでもいいけど」


 ハンナは首を振る。

「そっちじゃないし、もっと遠く」

「悪いわね。なぞなぞをやってる気分じゃないの。何か当てがあるならさっさと教えなさい。あまり時間がないんだから」


 ハンナは手にしていた魚のフライの残りを口に入れると指についた油をひと嘗めする。そして、その指を上に向けた。

「私が言っているのはあっち」

「あっちって空でしょ。確かに空なら比較的に安全かもしれないわね。でもあなただってずっと飛んでいることなんてできないでしょ」


「ハンナだったら意外とできちゃうかも。でも私達は無理よね」

「私でも無理よ。そうじゃなくて、もっと先。私が言っているのはロムルスのことなの」

 ハンナがその名を告げるとアリエッタは乾いた笑いをあげた。


「もう。いい加減にしてよ。生きたまま串刺しにされて、生皮はがれて遠火でローストされながら死ぬかもしれないって時に冗談言うなんて」

 少し怒りが滲んだ声をあげたアリエッタがハンナを睨みつける。しかし、当のハンナはあまり恐れ入った感じではなかった。


「そうですよね。やっぱりアレの実物を見てないんですもんね」

「何の話をしているの?」

「ねえ、ハンナ。アレって何よ?」

「私も聞きたいです」


「ジョルバーナ様に無闇に話すなって言われてるんだけど、もう秘密にしておいても仕方ないわ。あのね。ロムルスまで飛んでいけるでっかい乗り物があるの。ヘリオーンという名前なんだけど、その操縦訓練を私はずっと続けていたのね。それで、この間ジョルバーナ様から合格をもらったの。これならうまくいきそうだって」


 3人とも半信半疑な顔をしていた。

「ジョルバーナ様は、今日のようなことをずっと前から予測していたのに違いないわ。あの機体ならきっと魔女全員を乗せて余りがあるもの。訓練中の寄宿学校の子たちも含めてよ。みんなでロムルスに移住するつもりだったのよ」


「……にわかには信じられないな。空の青線よりも上に飛べるはずがない。それにもし失敗したらどうなる? 私たちは全員地上に落ちてバラバラになってしまうわよ」

「楽に死ねていいじゃない。それに空で死ねるなら本望だわ」





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