第61話 背信

 食事が貧弱になったことに文句を垂れつつも魔女たちは以前と同じような生活のリズムを取り戻しつつあった。哨戒飛行と要請を受けてのドミニータ軍の迎撃に忙殺される。違いといえば、ドミニータ領内への侵攻作戦への参加要請が来なくなったことだった。


 以前は陸軍の中央方面軍か南部方面軍からの依頼が最低でも半年に一度はあった。侵攻に成功してもしばらくすれば取り返されて結局のところ前線が東西に移動を繰り返すだけなのだが、ここのところはほとんど膠着状態で動いていない。


 多くの魔女は面倒な空中戦艦の相手をしなくて済むと単純に喜んでいたが、そうでない人も僅かながら存在した。

「つまり、ファハールは押されていると?」

「そう。もう以前のようにこちらから侵攻するだけの余力がないの」


「確かにドミニータの方が工業力も経済力も上です。しかし、それほどまでに危機的状況とは思えません。確かにこちらの基地に移ってからは防衛戦のみですが、すべて完勝に近い形で撃退しています。失礼ですが取り越し苦労というものではありませんか?」

 アリエッタは疲れた表情で椅子に体重を預けるアクス大佐を見つめる。


「そうね。簡単に勝ち過ぎていると思わない?」

 どこか投げやりにアクス大佐は問いかけた。

「ドミニータも相当疲弊しているからとも考えられます。この考え方は楽観的でしょうか?」


「そうだといいのだけれどね。先日のアーウルト基地への攻撃にあれだけの羽ばたき機と飛行蜥蜴を投入できたことを考えるとその可能性は薄いと考えざるを得ないわ。あの作戦は失ってもいい戦力だから実行できた。もう防衛戦の心配はしなくていいだけの備えがある。私はそう考えていたの」


 アクスは小さな紙きれをひらひらさせる。

「ここにソーントン将軍からの極秘の通知があるわ。残念だけど、この国の首脳部に私と同じ考えの人が多いみたい」

「残念……ですか? 同レベルの戦略的判断ができているのに?」


「ええ。このままだとファハールは負けるわね」

 さらりととんでもないことをアクス大佐は口にする。現役の軍人、しかも高官が自軍が負けると他人に漏らすなど考えられなかった。色々と規格外な空軍とはいえども異常な行動には違いない。


「よろしいのですか。そのようなことを小官におっしゃって」

 あえて固い言い方でアリエッタは懸念を示す。

「構わないわ。あなたの口の堅さは信頼してるもの。それに、これから話すことにはもっと驚くわよ」


 アクスは目頭を親指と人差し指でつまみ軽く揉んだ。

「色々考えたわ。でも、私には打開策を思いつくことができなかった。この国は私たちを売るつもりよ。ドミニータと講和する話がまとまりつつあるの。条件は魔女掃討の共同戦線。結局私たちは使い捨ての道具だったってわけね」


「馬鹿なっ。ファハールがドミニータと曲がりなりにも拮抗できているのも我々空軍の存在があるからではないですか。我々が居なくなったらどうやってドミニータに対抗するというのです。次は自分たちの番だということも分からないのですか?」

 つい声が大きくなるアリエッタをアクス大佐は疲れた目で見やる。


「どうでしょうね。もうそれだけのことを考える余裕もないのか、どのみち負けたなら一緒と自棄をおこしているのか、それは分からないわ。首脳部は資産を持ってベールラントに亡命するという手もあるでしょうし、とりあえず停戦とその後の時間稼ぎができればいいということかしら。兵士たちに対しては憎しみの先のすり替えができると考えているんでしょうね」


「それで我々に残されている時間はどれくらいあるんですか?」

「そうね。あと2月というところじゃないかしら。北部方面軍はまだ上層部でも意見が分かれているみたい。一番激しく交戦してきた分、そう簡単には話がまとまらないということのようよ」


「分かりました」

 アリエッタは踵を返すと部屋を出ていこうとする。

「何をしようというの?」

「もちろん逃げ出す準備です。生贄にしようという相手に大人しく従う気はないですから。ひどい暴行を受けて木から逆さに吊るされて死ぬ趣味もありませんので」


「どこへ逃げようっていうの。東の群島に避難したところで無駄よ。弾薬の供給がない中でいつまでも抵抗できるものじゃないわ。それに滑走路もない土地でどうやって離陸するというの。無駄よ」

「だからと言ってこのままむざむざと死を迎えるつもりはないですからね」


「無駄よ」

「ええ。そうでしょうね。それでも構いません。それならそれでできるだけ多くの人間を道連れにするだけです。私たちは魔女です。彼らに思い知らせてやりましょう。いにしえより恐れられてきた通りに死と災厄をまき散らして最後まで抵抗してやります」


 アリエッタは昂然と顔を上げる。

「口の堅さに対する信頼を裏切ることになるかもしれませんけど、第3隊のメンバーには聞いた話を伝えますので。それから、大佐。そう簡単に諦める姿をあの世の御主人が見たらどう思うでしょうね? 幻滅するんじゃないかと思いますけど」


 


 


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