魔女の起源
第60話 待遇悪化
元々2つ目の空軍の拠点として建築予定だったので、ラスゴー基地も施設面では悪くなかった。建物も新築であったし、設備も最新型のものに変わっている。滑走路に施された魔力調整も心地よい離陸と着陸ができるようになっていた。新しい木の香りのする宿舎も清潔で、ネズミが出るということもない。
ただ、瑕瑾がないわけではなかった。まず、元々は半数が移ってくる想定だったところに急遽変更を加えたため、施設のあちこちが手狭だった。ハンナ達の部屋は今までの半分しかなく、間仕切りも薄い木の板で後から付け足したものである。お陰で隣の物音が丸聞こえでシフトがずれると眠りを妨げられることとなった。
何よりも魔女たちに不評だったのは食堂の味が落ちたことである。今まで勤めていたおばちゃんたちが通える距離におらず、近隣から新たに雇われたのだが、この辺りは料理があまり旨くないので有名なエリアだったのだ。比較的ましな人が雇われたとはいえ、今までとは料理の腕は雲泥の差だった。
さらに提供される食材の質が落ちたのが明らかになり、魔女たちの士気は急下降する。それでも陸軍の食事に比べれば相当上質なものが納入されているのだが、そんなことは知らない魔女たちの不満は募る一方だった。チョコレートなどの贅沢品も供給量が減りシーリアは口を尖らせる。
今までと変わらず手に入るのは牛乳だけだった。ハンナによって危機を救われた飛行船の運行会社ヒルデラント社から寄付された農場から従前どおりに配達される。ハンナがいくら飲むとはいっても牛30頭分なので一人では飲み切れない。自然と料理のレパートリーにクリーム煮が増えることとなった。
そして、前よりも増えたのが魚介類である。大巻貝潜りを退治してもらったお礼だということでシュゼッフェン村の漁師がヘドセンバークに水揚げした漁獲物を基地に安値で回してくれるようになったためだ。今までは内陸のアーウルトまで輸送する術がなかったのだが今の場所なら十分に鮮度の良い状態で運ぶことができる。
魔女への待遇が下がったのはアーウルトを破壊されたことによるものだった。空軍に対して快く思っていないのは勇退したファンボルグ将軍だけのことではなく、陸軍の上層部全体の傾向なのだ。空軍ひいては魔女への過大な待遇を見直して、その分の予算を陸軍へとの掛け声で削られた結果がこれである。
いくら大量に食べるとはいっても魔女数十人分の食費を削ったところで装甲獣1体の育成・運用費用にもならない。これは今までさんざん比べられてきた空軍が初の失態をしたことへの意趣返しの意味しかない。そして、軍部のこのようなセコい嫌がらせとは比較にならない計画が政府の中で検討されつつあった。
そんなことなど露知らぬ魔女たちは不平を漏らしながらも今日も空を飛んでいた。海岸沿いには平坦な地形が広がっていることから装甲獣による急襲に対して迎撃の要請が頻繁に行われる。北部方面軍とは比較的良好な関係であったし、基地を破壊された仕返しということもあって魔女たちは勇躍して出撃していた。
今日も早朝から迎撃支援の要請があり、簡単なブリーフィングを受けたハンナ達が会議室から出てくる。眠そうにしている4人にギルクリストじいさんがマグカップを差し出した。
「まあ、こいつを1杯やって目を覚ますんじゃな」
ハンナ達はハーブティを受け取って一気に流し込む。緊急出動の前ということもあってぬるめの温度にしてあった。
「ごちそうさまっ!」
「いってきまーす」
ハンナ達がマグカップを返して部屋を飛び出し、司令部のある建物から格納庫までの屋根付きの通路をたたっと走っていった。格納庫に入るとそれぞれの乗機に散っていく。今までより幾分狭いが動線が工夫されており、1隊の全機が同時に離陸できるようになっていた。
シーリアのギガントが揃ったところで進路を北西に向ける。ラスゴー基地に移ったことで北部方面軍はヘドセンバークから西方へ200カンバーグほど敵を押し戻していた。この距離は魔女達にとってはほんの一飛びの距離である。すぐにファハールの野戦陣地から発射される砲撃の音が聞こえてきた。
着弾して光と熱と砂埃が沸き上がる。その向こう側からぬっと顔を出した装甲獣の背から反撃とばかりに砲撃が行われた。そこへ上空から下降してきたハンナがカプセルを投下する。短い爆発音とともに装甲獣は歩みを止めると横倒しとなり、断末魔の痙攣をする。表皮が焼けただれ無残な姿をさらしていた。
高速で飛び回るハンナを狙う対空砲をギガントが掃討し、随伴していた飛行蜥蜴をサンダーボルトが屠る。先日の飽和攻撃では苦戦したとは思えないほどの完勝ぶりだった。出撃してきたドミニータ軍を完膚なきまでに叩きのめして、野戦陣地からの歓声に手を振って応えると第3飛行隊の面々は帰途につく。
「今日はチョコパン入っていると思います?」
「前回から5日経っているし期待していいんじゃないかしら」
「そうだよね。これだけ活躍してるんだし。早く戻りましょう」
文句は言ってもやはり仕事の後の朝食は楽しみなのだった。
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