第58話 岩石魔獣バイモス

 地面から這い出た巨大なモンスターは向きを変えると滑走路の端に埋まった黒炭石の方にのそのそと動いていく。そして大きな口を開くと周辺の土ごと口の中に入れるとバキバキとかみ砕いた。上空を魔女たちが警戒する中、咀嚼する音だけが響き渡る。


「どうして、あんなものを好き好んで食べるんですかね?」

「そりゃあ、好きだからでしょ。あなたの好きなチョコレートと一緒よ」

「全然違うわ。あんな石ころと一緒にしないでよ」

「どちらも黒っぽいし一緒じゃない」


 シーリアとソニアの会話にアリエッタが割り込む。

「それくらいにしておけ。それそろ狂いだすぞ」

「チョコレートを食べたって私はおかしくなんないもん」

「はいはい。普段から異常だからね」


 皆が見守る中で岩石魔獣バイモスが雄たけびを上げると先ほどまでののろくさとした動きとうって変わって激しく体を震わせる。そしてどたどたと地面を歩き始めた。決して早くはないし足取りも怪しい。しかし、その巨体が足を踏み出すごとに地響きがおきて周辺の建物を震わせる。


 バイモスは地中深くに棲む巨大な生物で普段はほとんど活動をしない。巨体に似合わず性格も大人しくて人間に迷惑をかけることは滅多になかった。その例外が黒炭石を摂取した時で、まるで人が泥酔したように酩酊し、あちこちをふらふらと歩き回る。


 しかも、バイモスは何カンバーグも先の黒炭石の存在を感知することができ、黒炭石を摂取するのが何よりも好きである。また、黒炭石自体が硬度が高く容易に破壊できなかった。そのため、黒炭石は普通は発見次第、鉛の容器に密閉されて深海や火山の火口に運ばれて投棄される。


 黒炭石を食べたバイモスに何かに危害を加えようという意思はない。ただ、自身の体が大きすぎるせいか他のものが目に入らないだけだ。多くの物を押しつぶし破壊するバイモスは人々にとっては迷惑以外の何物でもない。忌避され具合からすると魔女といい勝負だった。


 今まではバイモスが一度現れたらなすすべがなく、酔いが醒めて地下に戻っていくのを祈るしかなかった。なまじ攻撃をしかけても全く歯が立たないし、下手に刺激しようものなら増々大暴れをして手が付けられなくなる。過去にはいくつかの都市がバイモスのせいで地図から消えることとなった。


 バイモスはその強靭な皮膚と無尽の体力で倒すことが困難なことは魔女にとっても同じである。しかし、過去何度も臍をかんできた地上軍とは異なり、空中という安全地帯から一方的に攻撃を加えることができた。勝ち目がないとは言っても一方的にやられるのを良しとするようには魔女たちは出来ていない。


「攻撃開始!」

 各隊の隊長の指示でバイモスに向けてありとあらゆるものが投下された。焼夷カプセルに雷撃弾、接触すると周囲の温度を局所的に急激に下げる氷結魔法の網を収めた球などが次々にバイモスに命中する。


 相手は図体が大きいのでどんな新米でも外すことはなかった。まばゆい閃光や爆発音が辺りをにぎやかに彩る。ただ、見た目の派手さに比べると効果はいま一つだった。一応は効果があるものと見えて、バイモスは怒り狂い咆哮をあげる。口から白い泡を吹きだして猛り狂っていた。


「あーん。食堂の建物が壊れちゃったじゃない」

「絶対に許さないんだからね」

「くたばれっ」

 魔女たちは口々に叫びながら攻撃を続ける。


「爆撃機が来る。進路を開けな」

 誰かの声に低空を飛んでいた機体がバイモスの上から退避した。そこへハンナを先頭に第1から第5までの各隊の爆撃機が急降下をして突っ込んでくる。空気を切り裂く衝撃波が過ぎ去ったと思うといくつもの爆発音が連続した。


「やったあ」

 バイモスの表皮が裂けて青い体液が流れ出すのを見て歓声が上がる。バイモスはさらに興奮して無茶苦茶に地上を駆け回った。

「だめだ。もう一度攻撃する」


 ハンナは水晶体で連絡すると再び上空へと駆け上がっていく。各隊の爆撃機がそれに続いて一直線に並んだ。くるっと姿勢を反転させた真っ赤なコーラルⅢを先頭に各機が墜落するようにバイモスを目指す。再び爆発音が辺りを圧するように響き渡った。


 先ほどよりも多くの傷ができバイモスの動きが鈍くなる。次第に動きを止めると強力な前脚で地面を掘り始めた。

「あ。逃げ出しちゃう。とどめを刺さないと!」

「任務完了よ。これ以上の攻撃は無用。帰っていくのだったらそれでいいわ」


 不満そうな声が通信回線に溢れた。

「えー。あとちょっとじゃない」

「食堂の敵討ちだ」

 殺到しようとする進路をハンナのコーラルⅢがふさぐ。

「連続爆撃でも表面をちょっと擦りむいただけよ。帰るというなら帰らせましょう。もし、下手に戻ってこられたら大変なことになるわ。そうじゃなくても……」


 折よく南風が爆炎や舞い上がったチリやほこりを吹き飛ばし、地上の様子が露わになる。だんだんと視界が晴れてくるとそこには一面の荒れ地が広がっており、アーウルト基地を思い出させるものは何も残っていなかった。

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