第57話 司令官と隊長

「まさか。そんな。ドミニータがこれほどの石をもっていたなんて」

「そんなことより早く迎撃の準備を」

 魔女たちは口々に大声を出しながら格納庫に走っていった。整備兵に依頼をして各機の積載量いっぱいの魔法弾を積む。


 準備が終わると皆食堂へ殺到した。それぞれが好きなものを勝手に頼む。注文が一巡したところで調理員たちは三々五々と厨房を出て行った。

「もう、そんな時間かあ。まだいっぱい食材が残ってるのに」

「嘆いている暇があったらさっさと食べないと時間がないよ」


 できる限り腹に詰め込もうとする魔女でごった返す食堂はまさに戦場だった。しかし、いつものように食べ物を巡っての下らないケンカは発生しない。比較的上品に食べ物を口に運んでいたアリエッタがぼやく。

「あれだけの数をそろえて、司令部へ爆撃したのが陽動だったとはな」


 口に入れたシチューを飲み込むとハンナが応じる。

「見事にやられましたね。でも、この近くまで侵入された時点で大きな差はないでしょ」

「それはそうなんだが」


 悔しそうなそぶりのアリエッタにチョコパンを頬張ったシーリアが言葉をかけた。

「ひょうですよ。ひゃいひょうがひゃるいんひゃありまひぇん」

 アリエッタはため息をつく。


「何を言ってるかさっぱりわからないわ」

「シーリア。口の端にチョコがついてるわよ。汚いなあ」

「……うるさいわね。そういうソニアだって人のことは言えないでしょ。ほっぺに赤いものがついてるわ」


 いつもなら、言葉の応酬から手が出るのだが、二人とも食事をするのに忙しい。そんな姿を見て、いつもこの程度で収まってくれれば、と思うアリエッタだった。そこへ下から突き上げるようなドンという衝撃が起こる。テーブルからいくつかの皿が落ちた。ぐらりときたジョッキをハンナが手で支え、残っていた牛乳を飲み干す。


「ちぇ。意外に早いな」

「さっさとやっつけてまた食べようっと」

「まだ食べる気? あんたが食用として出荷されるんじゃない?」

 きゃあきゃあと騒ぎながら出ていく魔女たちだが表情は硬い。これから相手をしなければならない相手を想像すると仕方がなかった。


 司令部からは機密書類などの運び出しをしていた一団とすれ違う。荷台にいたギルクリストじいさんが皆に敬礼をした。

「任せてよ。すぐにやっつけちゃうんだから」

「無理をすんなよ。あとでとびっきりのを御馳走するからの」


 すれ違った中にアクス大佐の姿がないことに気づいたアリエッタが部下たちに指示をする。

「あなたたちは先に行ってて。すぐに追いかけるわ」

「早くしないと整備兵も退避しちゃいますよ」

「分かってるわ」


 司令部に駆け込んだアリエッタは執務室に残っていたアクス大佐を見つけた。

「大佐。こんなところで何をしているんですか?」

「分かっているでしょ」

「基地と運命を共にするとか気持ち悪いこと言わないでくださいね」


「そうは言っても……」

「そんな馬鹿っぽいことをするのは空軍に相応しくはないですね。幸いなことに大佐が移る予定だった新設の基地があるんだから、とっととケツと上げて仕事をしたらどうなんです?」


 それまで窓の外を見て振り返りもしなかったアクスがやっとアリエッタの方を見た。

「人手が足りないんです。引退して日が長い大佐でも輸送機ぐらいは飛ばせますよね? 予備の機体を載せて運んでください。ここが無くなるぐらいで雰囲気出すなんて、何か変なものでも拾って食べました?」


「一応は上官なのよ。そんな口をきくもんじゃないわ」

「だったら、一応だけでも上官らしくしてください。あの悪ガキどもを私に残していこうなんてありえないです。もし、動かないつもりなら私も残りますからね」

 アクスは諦めたような顔をする。


「そんなに司令官をするのが嫌?」

「はい。うちの隊の面倒見るのだけでも精いっぱいなのに、その数倍の相手をするなんて、アクス大佐のような奇特な方じゃないと務まりませんね」

 ずずんという腹に響くような振動が建物を揺らす。


「分かったわ」

 アクスはアリエッタに対し降参の意を示す。

「その代わり、岩石魔獣は仕留めてよ」

「お約束はしかねますが最善は尽くします」


 時々突き上げるような振動に足を取られながら、アクスとアリエッタは司令部を出て格納庫にたどり着いた。何十と並んでいた機体が出払っており、残っているのはアリエッタのサンダーボルトとエイのような形をしたカーゴ10だけだった。

「お先にどうぞ」


 アクスはカーゴ10に乗り込み、シートに収まると発進準備を済ませて右手の親指を上げる。それを見たアリエッタが壁のスイッチを押した。いやになるほどゆっくりとカーゴ10が移動を始める。格納庫を出るころには少しずつ加速し始めた。そこまで見届けるとアリエッタも自分の機の牽引索を作動させてサンダーボルトに駆け寄る。

 

 辛うじてシートに座ると同時に体が押し付けられるのを感じた。アリエッタは歯を食いしばって耐えるとカーゴ10を避けるようにして横を通り過ぎ離陸をする。すぐ脇の地面が爆発的に弾け飛んだ。期待に小石や土くれが当たりボコボコという音を立てる。振り返ると地面から巨大な黒いものが這い出し、うおおおと叫び声をあげた。

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