第56話 空襲
ハンナがジョルバーナの所へ出かけて訓練をするようになってから2カ月が過ぎる。だいぶ訓練の成果が出てきて、スムーズに制御の切り替えができるようになっていた。帰りに道草をくってカンタリオンと遊ぶことができ、忙しいながらも充実した日々となっている。ドミニータとの戦況も奇妙な膠着状態が続いていた。
宿舎の前の植え込みに小さな白い花が無数に咲き誇るようになった春のある朝のこと、宿舎で眠っていたハンナをサイレンの音がたたき起こす。けたたましい不穏な音響にハンナはベッドから転げ落ちそうになった。
「んもう、なんなのよ」
「敵襲だよ。ハンナ」
「そんなことは分かってるって」
すぐ横の壁にかけておいた黒い服と帽子をあっという間に着用すると靴を履いて愛用の箒を引っ掴む。扉を開けて廊下を走っていると同僚が次々と部屋から飛び出してきた。
「ハンナ。お早う」
「シーリア。お早う」
「先輩。お早うございます」
口々に慌ただしい挨拶をする。
外に飛び出すとハンナは呪文を唱え箒との接続を確立し飛び乗る。
「マグレブ!」
次の瞬間には物凄い勢いで飛び出していた。格納庫まで1ミトもかからず到着すると箒を所定の場所にしまって中に駆け込む。
格納庫の中を駆け抜けると真っ赤に塗装した愛機に飛び乗った。ベルトで体をシートに固定すると同時に力場を展開する。整備士に合図を送って鐙を踏みしめた。すぐに牽引索がピンと張って物凄い速さで機体が引っ張られる。急加速の後、ハンナは大空に浮かんでいた。
西の方に機首を向けるとそれが目に入ってくる。夏になると群れる羽虫の柱のような物凄い数の羽ばたき機と飛行蜥蜴だった。それまでポンポンと音をたてていた対空砲が沈黙する。ハンナは真正面から突っ込む愚はおかさず、機体を急上昇させていく。敵機の集団より500バーグほど上空に達すると機体をひねりそこから真っ逆さまに急降下した。
羽ばたき機は構造上垂直方向への対応が鈍い。コーラルⅢが通りすぎる一瞬に目標を捕らえるのは至難の業で一方的に撃ち落とされていく。ギガントが重装甲を生かして正面から迎え撃ち、ミストラルとサンダーボルトが後方と側面から攪乱した。ほとんど一方的な戦闘となったがいかんせんドミニータ側は数が多い。
落としても落としても次々と損害など気にしないかのように突撃してきては被弾して墜落していく。
「残弾ゼロ。一旦帰投します」
最初に飛び立ったハンナは弾を撃ち尽くしてしまい着陸を余儀なくされた。
滑走路に着陸するとベルトを外して機体から飛び降りる。
「ルー少佐。どちらにいかれるのですか?」
整備兵の問いかけに振り返りもしない。
「弾薬を補充しておいて。その間、敵は待ってくれないでしょ」
格納庫に駆け込むとジョルバーナの所に通うのに使っているミストラル機に飛び乗った。息を切らしながらゲオルグも自分のシートに納まる。
「人使いが荒いよ」
ハンナは鼻を鳴らして発進準備を継続する。
「ルー少佐、ミストラル出ます」
顎の横の水晶に告げると箒の穂先にエネルギーを注入して急発進した。空に駆けあがると先ほどよりも基地の近くまで押し込まれている。ハンナは機体を操り遮二無二司令部や格納庫の上空に侵入しようとする数機を叩き落とす。
コントロールを失ったのか1機の羽ばたき機がふらふらと滑走路の外れの方に飛んでいく。魔女たちの機体はほとんどが弾切れになっていた。隊長機からの指示で魔女たちは戦闘空域から退避する。再び地上から対空砲が火を吐き出した。羽ばたき機を狙って火線が集中する。
ドミニータの羽ばたき機と飛行蜥蜴は当初の10分の1近くにまで数を減らしていた。常軌を逸した自殺的な攻撃だったが、ついにその一部はアーウルト基地の上空に侵入を果たす。羽ばたき機から爆弾が投下されて火の手が上がった。地上では慌ただしく消火活動が始まる。
そして、滑走路の外れに向かっていた1機も何かを投下した。そんなところで落としても標的になるものはない。地上に向かって落下したそれは飛散することも燃え上がることも無く地面にめり込んだ。
羽ばたき機は順次方向を転じて飛び去ろうとするが、1機ずつ撃ち落とされて数を減らしていく。追撃をしようとしたハンナはアリエッタに止められた。
「ハンナ。撃墜した敵機に生存者がいないか確認して」
「了解」
魔女たちは記憶を頼りに撃墜した羽ばたき機と飛行蜥蜴を確認する。生存者はいなかったが、まだ息のある飛行蜥蜴が数匹暴れていたので始末をした。消火が終わり、滑走路の表面の応急復旧が終わったところで、魔女たちは次々と帰投する。激しい戦いだったがファハール側の人的損害はゼロ。損傷を受けた機体が2機だった。
最後に帰投したハンナは皆が滑走路の端に集まっているのを見つけそちらに駆け寄る。興奮冷めやらぬ口調で声をかける。
「随分と無茶な攻撃でしたね。ちょっと肝を冷やしました。敵も自暴自棄に……」
誰も返事をしないことを不審に思いながらハンナも皆の輪に加わる。
皆の視線の先には子牛ほどの大きさの真っ黒な石が地面に埋まり春の日を浴びて鈍い光を放っていた。
「うそ。あんな大きな黒炭石見たことない。そういうことだったのね」
それに答えるかのように誰かが呻いた。
「ああ。もうアーウルトはお終いだ」
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