第55話 成長

 出迎えたジョルバーナに地上に戻ったハンナは咳き込むよう言った。

「あったわ。ジョルバーナ様」

「だから、そう言うておったじゃろう」

「ええ。でも、どうしても自分で確かめたくて」


「で、力を引き出せそうかの?」

「うーん。それはできると思うんですけど、推力に変えるとなると難しいですね。いつもと逆の流れを作ることになります」

「そうじゃな」


「そっか。だからあれだけの本数の箒が必要なんだ。半分の箒で進んでおいて、青線を越えたらストップ。残りの箒に逆向きに流すわけですね」

「まあ、そういうことになるかの」

 ハンナは思案顔になる。しばらくそのままでいたが顔を上げた。


「たぶんできると思います。でも、ジョルバーナ様はどうしてこんなことを?」

「ロムルスに行けると分かったら試してみたいじゃろ?」

「それだけじゃないですよね」

 ハンナの視線を受けて、ジョルバーナは舌打ちをする。


「まったく、鋭いのも善し悪しじゃのう。すまぬが今は話せん」

「いずれ聞かせてもらえるということでいいですか?」

「ああ。約束しよう」

「分かりました」


 意外にあっさりと引き下がったハンナをジョルバーナは凝視する。その視線を浴びてハンナは笑顔で返した。

「そんな怖い顔で見ないでください。ちょっと聞いてみただけですから。それにこんな機会は滅多にないですからね。それで、これからどうしたらいいんですか?」


「しばらくの間ここへ通って、ヘリオーンの操縦訓練をしてもらう。疑似的に体験できる装置があるから、それで習熟するんじゃ」

「分かりました。それで、今日から始めればいいんですよね」

「ああ。こっちじゃ」


 ジョルバーナにしごかれたハンナは仮眠を取るとアーウルトに帰還すると言って飛び立った。ジョルバーナの屋敷にあるベッドはどういう仕掛けなのか短時間眠っただけなのにすっかり疲労から回復している。となれば、ハンナが寄り道するのは当然だった。


 一路西に向けて飛び立ったがすぐに山陰で反転し、東の海上に出る。しばらく飛ぶと向こうから力強い羽ばたきで竜がやってきた。前回見た時の2倍以上の大きさに成長したカンタリオンの姿を見てハンナは目を細める。

「カンティ!」


「お母さん!」

 ゆっくりと羽ばたきをしながら空中に停止し顔をハンナの方に伸ばす。いつものように目を撫でてやるとカンタリオンはうーんと唸った。

「ボク大きくなったでしょ?」


「そうね。見違えちゃったわ」

 最早子供とは呼べない大きさの竜は鼻を膨らませ得意げに首を伸ばす。そして、ハンナの後ろに隠れているゲオルグを見つけた。

「ヤア。黒毛玉。元気かい?」


「ああ。うん。まあまあかな」

 ゲオルグはハンナの肩から顔だけ出して答えた。また舌で嘗め回されないか警戒をしている。

「そうか。ボクは大きくなったのはいいけど、体が痒いんだ」

「また、蚤がついちゃったの?」


 ハンナは心配そうにカンタリオンの周りを飛んで確認する。

「蚤はいないみたいね」

 竜の体に触れると確かに鱗の艶がなくなりガサガサしていた。

「病気かしら?」


「調子はいいんダヨ。でも痒いんだ。ムズムズする」

「ごめんね。私には分からないわ。今度来るときまでに調べておくわね」

「今度?」

「ええ。またすぐに会いに来るから」


「うん。それまで我慢するよ。ねえ。どっちが早いか競争しよう。飛ぶのも早くなったんダヨ」

 カンタリオンはハンナを巻き込まないように滑空すると翼を大きく速く羽ばたかせ始める。


「あ。鬼虻だ」

 ゲオルグが警告の声を発する。3体の鬼虻が近くの島の海上を飛んでいた。今日はコーラルⅢより軽装備のミストラルだ。軽快な機動ができるとはいえ、単機で相手をするとなれば神経を使う。ゲオルグの声を聞くと若い竜はさっとそちらに進路を取った。


「カンティ!」

 ハンナが呼びかけると大丈夫というように一度だけ振り向く。そして、鬼虻に近づくと口を開けてカッと口から炎を吐きかけた。せいぜいゲオルグぐらいの大きさの火の玉だったが鬼虻に命中するとブスブスと燃やしながら体を貫通する。


 数カ月前とは狩る側狩られる側の立場が逆転していた。海上に落ちて行く鬼虻を捕まえてカンタリオンは鬼虻に噛みつき肉を千切り取ると咀嚼する。残りの鬼虻は必死になって逃亡していた。


「あなた。いつから炎が吐けるようになったの?」

「この間かな。喉がムズムズすると思って吐いたら出るようになったんダヨ。凄いでしょ」

「ええ。凄いわ。もう立派な成竜ね」


 可食部を食べ終わった鬼虻をポイっと捨てるとハンナの側に寄ってくる。

「ボクはまだ子供ダヨ。お母さん」

「そうね。大きくなっても私の子ってことは変らないわ」

 それを聞くとカンタリオンは嬉しそうに体を震わせる。


 結局、その日は日が傾くまでハンナはカンタリオンと遊んでやった。一緒に空を飛び、竜が狩りをする手際を誉めそやす。ゲオルグの控えめな注意の声に我に返ると慌ただしく別れの挨拶をした。

「いっけない。早く戻らないと。それじゃ、またね。カンティ」

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