第54話 ヘリオーン
ハンナは目をパチクリとさせる。そして、愉快そうに笑いだした。
「お言葉ですけれど、ジョルバーナ様も相当イカれてますね」
「ふむ。褒められたと思うておくよ」
「ええ。最高の誉め言葉です。一緒に飛べなかったのが残念だわ」
ジョルバーナは巨大な塔に沿うように立つ木組みに近寄る。
「こっちじゃ」
人が5人ほど入れそうな箱の中にハンナを誘った。ハンナが入ると箱はゆっくりと上昇を始める。8バーグほど上昇したところで箱を止め、ジョルバーナはスタスタと木で張り巡らされた足場を歩き出した。
塔に穴倉のようにぽっかりと空いた部分をジョルバーナは指さす。ハンナが身をかがめて入ってみると天に向かって垂直に据え付けられたシートがあった。シートに座ってみるとまるであつらえたようにすっぽりとはまる。首から上だけが突き出る高さになっていた。
「どうじゃ? ヘリオーンの操縦席の座り心地は?」
「ヘリオーン? ああ。古代の魔女の名をとってるんですね。これ、私に合わせて調整してあります?」
「うむ。そなたの乗機のシートの寸法に合わせてある」
「ということは、これ、本当に私が飛ばすんですね」
ハンナは洞窟の上の方に見える星に視線を向けた。空と地上の魔力線から少しだけ魔力を拝借すると、巨大な機体の隅々までに行きわたらせる。ほんの少しだけ箒に魔力を通してやると機体から微かな震えが伝わってきた。しかし、20本ぐらいまではなんとか自分との接触を確立できたが、それ以上は無理だった。
「ジョルバーナ様。これだけの数を一度に制御しなきゃダメなんですか? 確かにこれは凄く大きいし重そうですが、半分の本数でも浮き上がらせそうですけど」
「それではこの星から飛び立つことはかなわん。空の魔力を貯える青線は超えられてもそこで失速じゃ。もちろん、そなたも飛ぶ理論は理解しておるじゃろう?」
「ええ。空の魔力と地の魔力。その狭間でお互いの力を調節して引き合うようにするわけですよね。だから、空の魔力線より上には飛べない。だったら、いくら数を並べても無理なのは一緒じゃないですか?」
ハンナは首を捻じ曲げてジョルバーナを見る。
「勢いをつけておけばしばらくは進みますけど、やがてスピードが落ちていって地面に引き戻されてしまいます。前に最大加速をつけてやってみたけど、せいぜい青線より500バーグ上に行くのが限界でした」
ハンナが言うとジョルバーナは首を振る。
「無茶をするな。その後が大変だったじゃろ?」
「コントロールをちょっと失ったけどそれほどでも無かったわ」
「ふむ。さすがというが、やっぱりイカれているというか」
「魔女だったら、みんな一度はやってるんじゃないかしらね」
「その高さまではやらんがな」
ジョルバーナの言葉にハンナはにっこりと笑う。
「ジョルバーナ様はやったでしょ?」
「まあ、私の頃の機体では今ほど早くなかったからなあ」
「それで、これだけたくさん箒を並べてもやっぱり無理だと思います」
ハンナの言葉にジョルバーナは頷く。
「そうじゃな。この星の魔力線だけを考えればな。無理じゃ。この星の軛を脱することはできん。だが、青線よりもさらにずっと高いところに赤線があったらどうだ?」
「そんなことはありえません。赤線は星の大地が生み出す力。そんな高いところに……あ」
ハンナの目が見開かれる。
「まさか、ロムルスにも赤線があるのですか?」
ジョルバーナはにんまりと笑う。
「ある。間違いなくある」
「でも。私は何度も飛んでいて、そんな力を感じたことは無かった」
「そりゃそうじゃろ。たぶん、青線付近で感じるこの星の赤線の力の千分の1もないじゃろうからな」
ハンナはもぞもぞと巨大な機体の操縦席から這い出した。
「でも、あるんですね。だったら……」
ハンナは足場をだだっと駆け下り始める。
「どこへ行くんじゃ?」
「ちょっと確認しに行ってきます。すぐ戻りますから」
不安定な足場の坂道を駆け下り、最後の4バーグ程はぴょんと飛び降りる。膝を曲げて転がり、着地の衝撃を和らげるとすぐに立ち上がって外へ走り出した。ジョルバーナはやれやれと首を振る。
「まったく。元気のいいことじゃな。まるで……」
そう言ってクククと笑う。年老い皺の増えた顔が若やいだ。
「こちらまで血が滾ってくるわい」
洞窟を通り抜け屋敷の廊下を走り、玄関から飛び出したハンナはミストラルに乗り込む。シートに体を固定すると力場を展開して離陸の準備に入った。ゲオルグは慌てて自分のシートに潜り込む。魔力線との接続を完了すると力を箒の穂に流してやった。
スムーズに魔力の流れを調整でき、ハンナは口笛を吹く。
「やるう。基地ほどじゃないけれど、すごく扱いやすい。個人でここまでの環境を整えられるなんて、さすがグランマムね」
ハンナは一気にミストラルを上昇させていく。高く高く、上空の青い輝線を目指し、勢いをつけてそれを超えた。
がくんと加速が落ちて機体に細やかな振動が走り始める。
「ハンナ。もう限界だよ。もう降りよう」
「まだよ。まだまだ。あと少し」
ハンナはロムルスに視線と意識を固定させる。青緑色に輝く星はハンナを見返した。
「あった! あったわよ!」
ハンナの歓喜の声が響く。
「確かにある。とても弱いけど、これは大地の魔力線。これなら飛べるっ!」
錐もみ飛行で落下するハンナの顔は喜びに溢れていた。
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