第52話 呼び出し

「ルー。司令官どのがお呼びです」

 哨戒飛行から戻って食堂で席に着いたばかりのハンナに呼び出しがかかった。ハンナは口いっぱいに頬張ったまま返事をする。

「ひょっとひゃっててうひゃえて」


 伝令が困った顔をしているのを見てシーリアが得意げに通訳する。

「ちょっと待っててって伝えて」

 ハンナはうんうんと頷いた。それを見て伝令は念を押す。

「急いでとおっしゃっていましたが」


 ハンナはごくんと飲み込み目を白黒させると、マグカップを引っ掴みぐいぐいを飲み干す。白い口ひげが残った。

「ああ。死ぬかと思った」

 ふうと息を吐きだすハンナを見てシーリアが騒ぎ出す。


「ちょっと、あんた。もうちょっとで私の大切なハンナが死ぬところだったじゃない。どうしてくれるのよ?」

 さり気なく大切なアピールをしつつシーリアは手にナイフを持ったまま伝令に詰め寄る。


「オーバーな……」

 そう言いながらも伝令はじりじりと後ずさった。魔女相手に道理を主張しても効果は無い、そう思い出したのか、敬礼すると一目散に外にすっ飛んで行った。一応伝言を伝えるという務めは果たしたのだから、これ以上は自分の責任じゃない。


 邪魔者を追っ払ったシーリアはハンナの隣の席に戻る。自分たちのテーブルに勝手に持って来たピッチャーからかいがいしく牛乳を注ぐ。

「食事中なのに、まったく常識がないわよね」

 上官の呼び出しを食事を理由に断って平然としているあたりが魔女の魔女たるゆえんかもしれない。


「でもさ。1日で竜蟲5体撃破なんて新記録じゃない? 凄いなあ。ひょっとするとすぐに中佐に昇進しちゃったりして」

「もう、やめてよ。少佐ってだけでも肩身が狭いのに、中佐になんてなったりしたらどうなるか想像もつかないわ」


「それは私に対する挑戦?」

「いえ、違います。隊長は別です。あ、スープ取ってこよ」

 下をペロっと出しながらハンナはカウンターの方に逃げて行った。アリエッタはその後姿に拳を振り上げる。


 わいわいと食事が終わり、だらだらと好みの飲み物を抱えて、他愛もない話を始めたところでハンナが飛び上がった。

「あ。大佐に呼ばれてたんだった。忘れてた」

 これでも思い出しただけ魔女としてはマシな方である。


 渋々ながらも席を立つ。

「それじゃ、お先に宿舎にどうぞ。私は仕方ないから大佐の顔を見に行ってくるわ」

「ハンナ、私も行こうか?」

「大丈夫よ。大佐も取って食べたりはしないでしょ」


 本当は早く宿舎に帰って眠りたいのだけど、とぶつくさ文句を言いながら、自前の箒で司令部の建物前まで飛んでいく。歩哨の敬礼におざなりに返すとスタスタと建物の中に入って行き、アクス大佐の執務室前に立ちノックをする。

「ルー少佐です。お呼びでしょうか?」


「入って頂戴」

 扉を開けて中に入ると書類が積みあがったデスクでサンドイッチを片手に書き物をしていた大佐が顔もあげずに言う。

「椅子に座って」


 食事も仕事をしながらとか大佐もかわいそ、と思いながら椅子に座って待つ。今日の疲れが出たのか目蓋がくっつきそうになるのを我慢した。お腹が一杯だから声をかけなかったけど、じいさんのハーブティ貰ってくれば良かった。欠伸をかみ殺しているとやっとアクス大佐が顔を上げる。


 食べかけのサンドイッチを口の中に片付けると切り出した。

「あなたを寄こすようにと命令を受けているの。すぐに行ってくれる?」

「出撃から戻ったばかりなんですけど」

「それは分かってるわ。1回の出撃で竜蟲5体撃破したのね。おめでとう。最低でも極星勲章は固いわね」


「ありがとうございます。それよりも眠りたいのですが」

「ダメよ。あなたを可及的速やかに送るように命ぜられてるの。食事の時間を与えただけ有難いと思いなさい」

 眠さにぼーっとしていたハンナもそこであることに思い当たる。


 アクス大佐に命令できる人間は限られている。こう見えてファハールでは重要人物なのだ。ソーントン将軍なら命令できる。ただ、ハンナに会いたいという理由が思い当たらない。ソニアにはごく普通に接しているし、苦情を言われるようなことはないはずだ。それにさすがに親馬鹿すぎる。


 そうなるとアクス大佐に命じることが出来る人物となると……。

「どこの誰の呼び出しですか?」

 面倒くさいという感じで聞いたが、不安と懸念が心の中で膨らんだ。

「誰だと思う?」


「急ぐんじゃないんですか?」

「あら。急にやる気になったのね。ジョルバーナ様からの要請よ。場所はファハール東岸に近いわ。そうそう、あなたが戦艦を吹っ飛ばした場所からそう遠くないわね」

「用件は何でしょう?」


「そこまでは私も知らされてないわね」

 はあ。絶対ろくな話じゃないな。ハンナはげんなりするが、相手はグランマムだ。うかつに機嫌を損ねない方がいいだろう。とりあえず話を聞くまではするしかない。と考えたところで、東岸に近いという言葉がハンナの脳を刺激する。


 やった。ついでにカンティの様子も見てこようっと。

「分かりました。すぐに行ってきます」

 アクス大佐は敬礼して出ていくハンナの様子の急変ぶりに、また何かろくでも無いことを考え付いたなと想像を巡らすのだった。

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