超大型岩石魔獣の襲来
第50話 第3飛行隊
「ふむ。もう、それで終わりかね?」
「そうね。細かい部分で忘れたところはあるかもしれないけど、これで全部よ」
ジョルバーナに対してハンナは答える。半日近く喋りっぱなしでさすがに疲れが見えていた。
「それで、いかがですか?」
遠慮がちに尋ねるアクス大佐に対して、ジョルバーナは鼻を鳴らす。
「せっかちじゃな。少し待て」
教師に叱られた生徒のようにアクス大佐は首をすくめた。
ジョルバーナの半眼が怪しい光を放つ。もごもごと動く口が動くとハンナの肌をチリチリとした感覚が走る。長時間変な姿勢で座り続けて痺れた足のような感覚に背筋がゾワリとした。始まった時と同様に突然に異様な感覚が無くなって、ハンナは大きく息を吐いた。
ふふふ。ジョルバーナの口から笑いが漏れる。
「そなたは変わり者じゃな」
「そうですか?」
ハンナは首を傾げた。変わり者と言えば魔女は皆それぞれ変わっている。
ジョルバーナはアクス大佐に向き直った。
「まあ、問題なかろう。この娘の話に嘘はない。少々、自分のしていることに疑問を抱いたようだがな。ドミニータのかっこいい男に骨抜きにされたとかいう話ではなさそうじゃ」
「かっこいい男だなんて!」
抗議の声をあげるハンナにジョルバーナは人差し指を立てる。
「ほれ。カイゼルとかいう男に僅かに心が動いたじゃろ」
「そんなんじゃありません」
「冗談じゃ」
ジョルバーナがニヤニヤ笑う。
「んもうっ。こっちは真面目に答えたのに。それじゃ、もう私は無罪放免ってことでいいですか?」
ハンナは腰を浮かせる。そして、返事を待たずにドアに向かっていった。
「ルー大尉? どこに行くの?」
アクス大佐が問いかけるときにはハンナはドアを開いて出ていくところだった。閉まりかけたドアから声が聞こえる。
「もちろん。空へ」
バタン。ドアが閉まり、部屋にはジョルバーナとアクス大佐が残される。苦笑を浮かべながらアクス大佐は非礼を詫びた。
「どうも騒がしくて申し訳ありません」
ジョルバーナは手を横に振る。
「別に構わんよ。私だってあれぐらいのときは……。もう随分と昔の話じゃがな。まあ、あの子を軍務に復帰させるのは問題なかろうよ」
「ありがとうございます」
「そなたも相当魔女としては変わっておるが、あの娘、相当変わり種じゃな」
「そうでしょうか。箒乗りとしては極めて優秀だとは思いますが。あ、いえ。グランマムの見立てに異議を唱えるつもりはありません。凡人には分からないというだけです」
ジョルバーナは目をつむった。
「まだ今は何とも言えんが……。今回の1件、あの娘にとっては大きな転機となるじゃろうな。そして、ひょっとすると……」
ジョルバーナは目を開ける。
「魔女の有りようを変えるかも知らぬな」
部屋の中でそんな会話がされているなど露知らず、ハンナは跳ねるような足取りで廊下を進む。皆が待っている部屋にたどり着くと元気よく言った。
「お待たせ」
ソファでぐだぐだしていた3人はパッと立ち上がる。
3人が視線を向けるとハンナは笑った。
「どうやら、無罪放免みたい。なんか、私って色んな人に糾弾されやすいのかしらね。あ、シーリア。出かけるのはちょっと待ってもらっていい」
「えー」
そう言いながらシーリアはクスリと笑った。アリエッタがソファの後ろに身をかがめて何かを取り出す。
「はい。あなたの箒よ」
「隊長! さすが分かってる。じゃあ、ちょっと待っててね」
ハンナはもどかしそうに着ていた服のボタンを外し始める。あっけに取られる3人の前で下着姿になると今度は旅行鞄を開けて、ひっかきまわし始めた。底の方から綺麗に折りたたんだ黒い衣装を取り出し、慣れた手つきでいつもの服装に着替え終わる。箒を受け取ると、くるりと振り返って駆け出して行った。
旅行鞄の中で拗ねていたゲオルグをアリエッタが抱きかかえる。
「ひどい。ひどすぎる。ボクのことを……」
「まあ、許してあげなさい。あの娘のこれはほとんど病気だから」
やれやれという顔をしながらも3人はハンナの後を追いかける。
3人が外に出てみるとハンナが箒に跨って柄を握りしめたところだった。次の瞬間、ハンナは空高く一気に舞い上がる。上空からはきゃーともわーとも判別の付かない声が降ってきた。急発進、急停止、上昇、下降、宙返りと見ている方が目を回しそうな機動でハンナの操る箒は空を舞う。
ひとしきり空と戯れた後にハンナは地上に降りてくる。すっかり上気して息の上がった声で叫ぶ。
「ああ。生きてるっ」
ぽんと地上に飛び降り、箒を一撫ですると箒との紐帯を解いた。
「またまた、お待たせ」
それからソニア、シーリア、アリエッタを順に抱きしめる。まあ、色々あったけど、帰って来れてよかった。ハンナは心の底から思う。ハンナの腕をシーリアがつかみ自分の腕をからませる。
「じゃあ、約束通り、ドロイゼンハウスに行こうっ! ハンナの奢りなんだからね」
再び鼻声になりそうなシーリアの腕をハンナはぎゅっと脇に締め付けた。
「いいわよ。好きなだけ頼んで。積もる話も一杯あるし」
「まあ、シーリアはほとんど営倉に居たけどね」
「隊長。それは言わない約束でしょ」
「そんな約束してないわよ。もうね、ずーっとシーリアはハンナ、ハンナだったのよ」
4人は一団となって歩き始めた。
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