第49話 帰還
「ハンナぁ!」
ドロイゼンの空港に降り立ったハンナに真っ黒な塊が体当たりするようにぶつかってくる。ほとんど押し倒さんばかりの勢いでシーリアが抱きついてきたのだった。
後ろではアクス大佐をはじめとして、アリエッタやソニア、それに他の魔女たちが一団となっていた。顔中を涙やら鼻水やらでびちょびちょにしたシーリアが嗚咽の声をあげる中、ハンナは空いている方の手を眉の上に添えて敬礼をする。それに対してアクス大佐が完璧な形の答礼を返すと魔女たちがわーっと喚声を上げた。
指笛を吹きならすものもいて空港の一角は賑やかなことおびただしい。一般の客がぎょっとしたようにそちらを見るが、真っ黒な魔女の姿を見ると何事もなかったかのようにターミナルの建物の方に歩み去る。魔女が突拍子もない事をするのはいつものことなのでいちいち気にしてはいられない。ただ、魔女の一人に抱きつかれている優美な服を着た少女が誰なのかは気になった。
奇異の視線を集めているハンナは感慨に浸っている。自分の居場所に帰ってきたという気持ちで心が満たされていた。自分をぎゅっと抱きしめるシーリアの体の温もりとはまた異なる暖かいものが自分の胸の中いっぱいに広がる。塞ぎがちだった気持ちが解きほぐされていくのを感じた。
シーリアを片手に抱きながらアクス大佐の側までいくと満面の笑みで報告する。
「ただいま帰投しました。大佐どの」
「お帰りなさい。随分と時間がかかったわね」
「はい」
万感の思いが詰まった一言だった。
崩れそうになる表情を引き締めると名残惜しそうにアクス大佐は宣言する。
「さあ。感動の時間はこれでおしまい。あなた達には通常任務があるでしょう? 私もハンナから色々と聞き取りをしなきゃいけないわ。さっさと基地に戻りなさい。私にお尻を蹴っ飛ばされなきゃ動かないつもり?」
「え~、色々私も聞きたかったのに」
「いやああ。お尻が二つに割れちゃう」
「もうお嫁に行けなくなっちゃうかも~」
笑いさざめきながらも魔女たちは自分たちの機体に向かって駆けだしていった。
残されたのはハンナに抱きついて離れないシーリア他の第3飛行隊の面々とアクス大佐だ。
「向こうに部屋が取ってあるわ。悪いけど、話を聞かせてもらうわよ。全てね」
もうアクス大佐は笑っていなかった。
敵地に墜落した魔女が帰還した例はあまり多くない。その中には苦い教訓となっているものがあった。帰還した後の次の大規模な作戦中に最新型機に乗ったその魔女が搭乗機ごとドミニータに逃亡を図ったのだ。激しい空中戦の末に撃墜できたものの味方の被害も甚大だった。
一体何事があったのかは当人が死亡してしまったので謎のままだ。脅されたのか、報酬につられたのか、恋をしたのか。いずれにせよ、その教訓から生還した魔女に対しては詳細な尋問が行われることになっている。ハンナの場合もその例外ではなかった。
アクス大佐に案内された部屋には一人の初老の女性がいた。安楽椅子に腰かけて半ば眠るようにしていたが、ハンナ達が入って来ると薄い目を開ける。
「まったく、いつまで待たせるんだい?」
「申し訳ありません」
アクス大佐は恭しく謝罪をする。その仕草からこの女性が相当な地位にあることが知れた。
「こちらはジョルバーナ様だ」
その言葉に一堂に緊張が走る。無理もなかった。現代の
普段はあまり人前に姿を見せないグランマムを見るのはハンナも初めてだった。眠ったような目蓋だが、その隙間からのぞく目は鋭くハンナを観察している。
「悪いけど、ここから先はあなた達は出て行って頂戴」
アクスが残りの3人に命令する。3人は不服そうな顔をした。
「だめよ。あなた達だって人に知られたくないこともあるでしょう? これからハンナには真実を語ってもらいます。だから……」
「別に困ることはないですけど」
「その二人の感情の放射は少々邪魔じゃの。出ておれ」
ジョルバーナの声に圧力が加わる。それでもなお青い顔をしながら留まろうとしたシーリアにハンナは小箱を渡す。
「ね。シーリア。これ、ベールラントのシェランのチョコ。これを食べて待ってて。すぐに終わらせるから」
有名店のチョコを渡されて一瞬だけ顔を輝かせながらも、すぐに恨めしそうな顔をするシーリアのほっぺをハンナはつまむ。
「そんな顔をするもんじゃないわ。あとで一杯おしゃべりできるじゃない。ドロイゼン・ハウスでゆっくりとね」
「約束だからね」
「分かったわ」
しぶしぶ引き下がるシーリア達を見送るハンナを見据えてジョルバーナは左右にゆっくりと首を振る。
「そんな約束をして良かったのかえ。このまま拘束されることもありえることぐらい分かっておるのだろう?」
「まあ、その時はそのときでしょ。大佐、さっさと始めましょう。全部を話すならのんびりはしてられないわ」
大佐と向かい合わせの位置にある椅子にハンナは座る。それを横からじっと見つめるジョルバーナにチラリと視線を向けると、ハンナは自分の椅子の横にあるテーブルの上のグラスを見る。
「大佐。途中でのどを湿らすものを用意してくれるなら牛乳がいいわ」
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