第46話 尋問

 あまりにもストレートな物言いにハンナは覚悟を決める。

「人に名前を尋ねるなら先に自分が名乗るものよ。紳士っぽい外見だけど、その程度のマナーもわきまえてないのかしら?」

 この返答にカイゼルは僅かな笑みを漏らす。

「私はカイゼル・キルゼー。ジークトハウゼン様にお仕えしている」


「それで、自分のことも分からないのだから、お前がお嬢様なわけはないと言いたいのね」

 ハンナは腕を組みこころもち胸をそらした姿勢で挑戦的にカイゼルを見据えた。

「そうよ。私はエリザベータじゃないわ。そして、私の名前なんて興味はないでしょ。聞きたいのは本物のエリザベータお嬢様がどこにいるか、かしら?」


 カイゼルは感心したような顔をする。

「この状況でそこまで落ち着いていられるとは、ただの騙り屋風情じゃないな。まあ、そうだな。確かに私が聞きたいのはあなたの言うとおりだ。改めて聞こう。お嬢様はどこにいる?」


「私が答えるメリットは?」

「そんなことを言える立場だと思っているのかね? 私の手にあるものが見えないわけじゃなかろう?」

「ええ。それを撃てば答えは手に入らなくなるわよ」


「私を脅しているつもりか?」

「いいえ。事実を言っているだけ。確かに今の状況は私にとって好ましくないのは認めるわ。でも、それがキルゼーさん、あなたが有利な状況にあるってことにはならないってだけのことよ」


「手荒なことはしたくないが、時と状況によっては……」

「あら怖い。漏らしちゃいそう」

 カイゼルは顔をしかめる。あまり下品な言葉に慣れていないらしい。ハンナは言葉を強めた。


「まあ、正直に言えば、このまま睨みあいを続けていても、お嬢様の居所を知ることはできるわ。新聞でね」

「どういうことだ?」

「申し訳ないけど、あなたのお嬢様はもうこの世にはいないわ。待って!」


 カイゼルの顔に血が上ったのを見てハンナは制止する。

「私が見つけた時にはもう亡くなっていたの。残念だけどね。そして私は身分証明書が必要だった。それで、私がなりすますのに一番適当と判断したものを選んだら、それがあの娘のものだっただけよ」


「まて。身分証明書を選んだ? どういうことだ?」

 ハンナは大きく息を吐く。口にしたくもないほど邪悪なことが存在する。しかし、今は贅沢は言っていられない。

「宿泊させた客を殺して金品を奪う奴らがいたの。何十人とね」

 カイゼルの喉がごくりと動く。


「そいつらはどうなった?」

「死んだわ」

「死んだ?」

「ええ。今も裏庭で雪に埋もれて死んでるでしょう」


「お前が……殺したのか?」

「当然でしょう。私ももう少しで犠牲者の仲間入りをするところだったんだから。眠り薬を盛られたの。気づかなかったら地獄だったでしょうね」

「にわかには信じられん」


「信じようが信じまいがいずれは分かるわ」

「さっきも言っていたな、新聞がどうとか」

「そう。さっき、中央警察に手紙を書いたの。オータンの村の東で事件が起きているとね。少なくとも47人が殺されているって」


「47人!」

「ええ。それだけの身分証明書があったわ」

「そんなことを本当にしでかす相手がいたとして、お前のような小娘が敵う訳がない。適当なことを言うのはやめろ」


 ハンナは笑う。

「信じられないのは当然ね。それでも万が一ということがあるわ。確認すればすむことよ。ジークトハウゼン家のネットワークならシュットテンにもあるでしょう? もし私の話が事実だったらどうなると思う?」


 カイゼルは唸った。もし、この娘の言っていることが事実ならばジークトハウゼン家はとんでもない醜聞に巻き込まれることになる。

「もし嘘だった場合は……」

「そんなセリフを言う暇があったらさっさと行動することね。時間はあまりないわよ」


 足音高くカイゼルは部屋を出ていく。

「私が戻るまで誰もこの扉から出入りさせるな」

「はっ」

 バタンと扉が閉まりハンナはソファに腰を下ろす。


 ハンナは考えをめぐらした。さて、これからどうしよう。窓から外に出て雨どいを伝って降りることもできるだろうし、見張りを倒して逃げ出すことも可能だと思われる。しかし、それはあまり得策だとは思えなかった。仮にここを抜け出せたとしてもそこで手詰まりだ。


 ベールラント行きの飛行船乗り場に行くには身分証明書の提示が必要だ。しかし、今ハンナの手にあるものはエリザベータ名義のものだ。提示してもこの場所に連れてこられるのが落ちだ。ここから逃げ出したのが発覚した後ならもっと面倒なことになるかもしれない。


 やはり、あのカイゼルという男の協力が必要ね。あの男は若いけれども兵士に対して命令口調で喋っていた。相当の権力を持っていると考えていいだろう。恐らくはジークトハウゼン家の現当主オットーの秘書か何かに違いない。そして、オリジナルのエリザベータに対して特別な感情を持っていたと見受けられる。


 ハンナは旅行鞄に口を寄せる。

「ゲオルグ。悪いけどしばらくはこのままよ」

「どうしたのさ。何か問題?」

「そうね。絶賛軟禁中よ」

「もう。冗談だよね……。え? 本当なの?」


 

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