アーウルト基地への道
第40話 アクスとコートロー
アクス大佐の執務室に入るとアリエッタは敬礼をする。アリエッタの焦燥しきった顔を見て心拍数が跳ね上がる。答礼すると大佐は口を開いた。
「それで首尾はどうだったの?」
「新型の装甲獣は全頭完全に破壊しました。対空砲座10機及びオーニソプター及び飛行蜥蜴多数も撃破です」
ほっと息を吐きだすのを我慢して何気ないふうを装いアクス大佐は続きを促す。
「こちらは2機が損傷を受けましたが、搭乗者の負傷はありません。敵は占領地を放棄して西に向かって敗走中です。中央方面軍が進出を始めていますので失地回復は間違いないでしょう。例の装甲板の回収もできるはずです」
「期待以上の戦果ね。よくやったわ」
ねぎらいの言葉をかけられてもアリエッタの表情は変わらない。
「何か不満がありそうね。言いたいことがあるなら言いなさい」
「ハンナのことはお尋ねにならないのですか?」
「ルー大尉の消息が分かったの?」
「いえ残念ながら」
「そう」
「随分とあっさりしていらっしゃるんですね」
「他にどうすればいいというの? もちろん私も気にはなるわ。だけど私にできることは何もないでしょ」
「捜索許可を出すことはできます」
「またその話? 答えは変わらないわ」
「しかし、ハンナがどこかで救援を待っている可能性もあります」
「墜落時に死亡した可能性もあるし、とっくにドミニータに捕まった可能性もあるでしょ」
「大佐!」
「私だってこんなことは口にしたくないわよ。それを言わせたのはコートロー中佐、あなたよ」
アリエッタは唇を噛みしめる。それを見ていたアクス大佐は表情を緩めた。
「気持ちは分かるわ。でもね……」
「たったの半年ですよ。その間に私の部下を二人も失うなんて。私の指揮が悪かったばかりに」
「中佐。あなたのせいじゃないわよ。責任があるとすればそれは私」
「いえ。私がもう少し明確な指示を出していればこのようなことは防げたかもしれません」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ。どのみち過去は変えられない。くよくよしても仕方ないわね」
「私は大佐とは違います。平然となんかしてら……」
「私が平然としているように見えるのはそれは私が指揮官だからよ」
アクス大佐はアリエッタをまっすぐに見据える。
「12人よ」
「は?」
「私がここの指揮を始めてから死なせた部下の数。もちろん、この中にルー大尉は入ってないわ」
アクス大佐の声のあまりの暗さにアリエッタは息をのんだ。
「誰かがここの指揮を取らなきゃいけないし、私はベストを尽くしているつもり。それでも被害がゼロなんて不可能よ。ドミニータだって遊んでいる訳じゃないんだから。そして、私はたぶん誰よりも被害を少なくできているはず。そう信じたいわね」
口を開きかけたアリエッタをアクス大佐は制止する。
「いいの。ひょっとすると私は適任じゃないかもしれないわ。でも、サムソノフみたいなのが指揮するよりはましでしょ。それが死なせてしまった部下たちへの免罪符になるとは思えないけど」
「大佐……」
「私は指揮官なの。いつも顔を上げて自信があるように見せなきゃならないわ。そうしないと皆が不安になるでしょう? だからと言って私が反省や後悔と無縁だとは思わないで頂戴」
アクス大佐はほほ笑む。
「シーリアが大騒ぎをしているのでしょう? あの子はいい子だけどまだ子供だからね。すべてを真に受けることはないわよ。あの子もあなたに責任転嫁しているだけだから」
「責任転嫁……ですか?」
「そう。シーリアも苦しんでいるの。私がもっと攻撃機の扱いに習熟していれば、もっとハンナのサポートができたかも、そうすれば撃たれることもなかったのかもとね。だから何を言っても気にすることはないわ」
「それでも……」
「あまりにしつこいようなら、いい加減にしなさいって叱りとばしなさい。それでもやめない時は営倉入りを命じればいいのよ。なんなら私が言ってあげてもいいわ。でも、あの子も馬鹿じゃないから分かると思うけど」
アリエッタは下を向いていた顔を上げた。
「大佐。質問をしてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
「指揮官は弱みを見せてはならないとおっしゃいましたが、私にそれを打ち明けたのはどうしてでしょうか?」
「それは……」
アクス大佐は意味ありげに言葉を切る。たっぷりと数呼吸分の時間を置いてから続けた。
「いずれ、あなたが演じなければならない役割の引継ぎをちょっと早めにしただけのことよ」
「引継ぎですか?」
「そう。ここアーウルト基地の司令官職はコートロー中佐に引き継ぐ予定よ」
「そんな……私がですか?」
「ええ。あなたなら立派にやっていけると思っているわ」
思わぬ攻撃を受けてアリエッタは動揺を隠せない。
「それでは大佐はどうされるのですか?」
「まだ中佐の胸の内に収めておいてね。ここと同じような基地を北部にもう一つ作る計画があるの。そこへ私は移ることになるわね。たぶん3隊ほど引き連れていくことになるんじゃないかしら。今すぐじゃないわよ。たぶん来年の夏ぐらいね」
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