第38話 魔女の拳銃

 ドーリンが顔をしかめながら部屋を出ていく。残ったシュバルに拳銃を突き付けられてもハンナは顔色一つ変えない。

「これで有利になったつもり?」

「強がりはよすんだな。これがなきゃアンタに勝ち目はない」

「そうかしら? じゃあ、試しに撃ってごらんなさいよ」


「ははは。諦めの良い奴だな。さっさと死にたいってか。そうはいかねえな。ちょっとばかりお返しをさせて貰わなきゃな」

「バカね。そんなんじゃないわよ。まあ、いいわ。じゃあ、勝ち誇ったままで後悔なさい」


 ハンナは片手を前に突き出し、もう片方の手を地中に向ける。この辺りにはまだ魔力線が十分に通っているのが幸いだった。もっと西の方だと遠くまで魔力線を探らなくてはならない。赤く燃えたぎる熱い流れから一すくい魔力をくみ取ると体を通して突き出した手に集中させる。

「ピロ・ティフ・バルスト」


 ハンナの右手から炎が噴き出し、シュバルの体を包んだ。熱気から顔を背けながら、シュバルは夢中で手の中の拳銃の引き金を引く。しかし、何も起きなかった。全身を火に包まれ、拳銃を放り出し、ごろごろとシュバルは床を転げまわる。なんあとか火を消し終わったときにはハンナが拳銃を取り戻し冷たい目で見下ろしていた。


 ハンナの携行する拳銃は魔女のためのものだ。蓄魔缶に貯えた力で魔法のカプセルを飛ばす一般用のものとは異なり、あくまで魔女が魔力を魔法に変換するのを助けるに過ぎない。呪文なしで魔法を発動し、その方向を定めるための道具と言ってもいい。魔女以外にとっては単なる模型でしかなかった。


「くそ。てめえは魔女なのか」

 怒りと憎悪に満ちた視線を送るシュバルに対してハンナは返事もしない。

「そんなことより、今まで何人を手にかけてきたの?」

「てめえの知ったことか」

 

「もう一度だけ聞くわ。何人殺したの?」

「くたばれ」

 ハンナは軽く息を吐きだすと拳銃の引き金を引く。飛び出した火炎は前膝に当たり、立ち上がろうとしていたシュバルはすねから先を失って無様に転がった。


「質問を変えましょう」

「被害者たちの遺留品はどこにあるの?」

 シュバルは床に転がり体を嬰児のように丸める。

「誰が言うもんか。ファハールの魔女め。軍に見つかったらおめえもタダじゃすまねえんだ」


「そう」

 ハンナは拳銃をシュバルの頭に向ける。一瞬だけ目と目が合い、交渉の余地が無いことを悟ると引き金を引いた。熟れた果物を叩き潰したように、頭がはじけ床を汚す。


 ハンナは立ち上がると自分のバッグを取り部屋を出た。罵声が聞こえてくる方へと廊下を進む。半開きの扉から慎重に中をのぞくとドーリンが椅子に腰かけ、片手で怪我をした方の腕に布を巻きつけようとしている。右ひじの先にはテラテラした油のようなものが塗り付けられており、なかなかうまく布を巻きつけることができなかった。


 ようやく布を巻き付けて一息ついたドーリンが顔を上げるとハンナが戸口の所から様子を伺っている。

「あんたどうやってここへ? シュバルは?」

「死んだわ」


「あんたが殺したんだろ。この人でなし」

「そうね。でも、あなた達も他人を責める資格はないと思うけど」

 ドーリンが立ち上がろうとするのをハンナは制止する。

「動かないで」


 警告にも関わらず、ドーリンは動くのをやめない。くるりとハンナに向き直ると残った手に大きなナイフが握られていた。

「やめなさい。これは玩具じゃないわ」

「そんなことは知っているさ」


 年寄りとは思えない大きな声をあげながらドーリンが突っ込んでくる。ハンナが冷静に引き金を引くとナイフの刃が吹き飛んだ。それでも体ごと突っ込んでくるドーリンをハンナはかわし、ドーリンはそのまま戸口から走り去って行く。

「あはははは」


 最初から逃げ出すつもりでいたことに気が付き、ハンナは舌打ちをして自分も部屋を飛び出す。ドーリンは玄関へと続く居間へと駆けこむところだった。外に出すわけにはいかない。仕方なくドーリンの背中に向かって発砲した。威力を押さえてあったが、背中にこぶし大の穴が開き、つんのめるようにして倒れ動かなくなる。


 ハンナは耳を澄ました。しんしんと降り積もる雪に包まれて建物の中は静まり返っていた。何かの気配に振り向き拳銃を向けるとゲオルグが目を丸くして身構えている。


「ちょっと驚かさないでよ」

「それはこっちのセリフだよ。びっくりするじゃないか」

 ハンナは額の汗をぬぐう。その横をゲオルグはすりぬけてドーリンの側まで行き手首に前脚を乗せた。


 ハンナの側まで戻ってくると壁にもたれかかっているハンナを見上げる。

「危ないところだったね。それでこれからどうするの?」

「そうね。休んでる暇はないわね。取りあえず死体を片付けましょう」


 古いシーツを探し出し、それに一人ずつ乗せると裏口まで引きずっていく。家から少し離れたところに運んだ。雪はさらに強くなっており、すぐに覆い隠してしまう。春まで見つかる心配はしなくて良さそうだ。血の跡をできるだけきれいにすると先ほどとは別の部屋に入り戸締りをしてハンナは泥のように眠り込んだ。

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