第37話 シュバルとドーリン
シュバルが上掛けをめくるとそこにはバッグが人が寝ているように見せかけるため置かれている。他には黒猫一匹がいるだけだった。ハンナが熟睡していることを期待していたのを裏切られ硬直する。
「残念でした」
ゲオルグの言葉はシュバルにはにゃあという声にしか聞こえない。
「なんだ。お前は? どこから入ってきた? あの女は?」
シュバルは叫ぶ。猫相手に叫んでも意味はないのだが気が動転してそれどころではない。そこに背後から言葉が浴びせられる。
「私を探しているのかしら?」
「!!!」
***
話はハンナが部屋に腰を落ち着けた頃に戻る。
眠気がこらえきれなくなったハンナは立ち上がり部屋を調べることにした。壁の扉に近づいて開けてみると横木にハンガーがかかっている。ごく普通のクローゼットだった。振り返るとバッグが細かく揺れているのに気づき、ハンナは椅子の所に戻るとバックルと外して開けてやる。ゲオルグが抗議の声をあげる前に唇に指を当てて静かにするように命ずる。
先ほどからのハンナの緊張感を感じていたのか、ゲオルグも大人しく首だけだして部屋を眺めていたが、すぐに小声を出す。
「ハンナ。何をピリピリしているのさ」
「何か変なのよ」
見まわしていたハンナはベッドに視線を固定する。違和感の原因はこれだった。木製の机と椅子が並ぶ中でベッドだけが鈍い金属の光を放っていたのだった。場違いに無機質で頑丈な作りでヘッドボードに当たる部分は太い格子状になっている。格子には何かがこすれたような跡があった。その後に指をすべらせていいたハンナの鼻を何かが刺激する。
顔を近づけてみるとなんとも言えない不快な臭いが襲ってくる。反射的に顔を背けたがハンナはハッとした表情をした。大きく目を見開いたハンナは暖炉に突進すると口の中に指を突っ込んで無理やり喉の奥までぐいっと入れる。しばらくそのままの態勢を続け、そして、先ほど食べたばかりのものを暖炉の中に吐き出した。まだ原形をとどめている。
吐しゃ物の酸っぱい匂いが更なる嘔吐を誘い、げえげえと全て吐き終わるとバッグの中から水筒を取り出して口の中をすすぐ。ハンナの奇行にあっけにとられたように目を丸くしていたゲオルグだったが、蒼白になったハンナの顔を見ているうちに顔つきが厳しくなった。
「そうか。そういうことだったんだね」
ハンナの中に渦巻く感情が流れ込んでくるとともにゲオルグの背中が総毛だった。口を拭いながら戻ってくるとハンナはバッグからゲオルグを抱き上げる。逆立った毛をなでながら整えてやった。
バッグの中から自分用とゲオルグ用の携帯用ハイカロリー食を取り出す。覚醒薬と一緒に自分の分を口に入れながら、もう一つをゲオルグに勧めた。
「これ食べなきゃダメかな? 普段でもまずいのに冷えて固まってるとまるで砂を食べてる感じなんだけど」
「悪いけど食べて頂戴。これから一仕事しなきゃならないわ。食べないと力が出ないわよ」
「仕方ないなあ。そうだ。ハンナ。それよりも睡眠を取らなくて大丈夫?」
「そうね。少し休んだ方がいいとは思うけど、仕方ないわ。休むのは後でもできるもの。もし寝ちゃったら2度と目覚めないかもしれないんじゃ、おちおち寝てられないわ」
そして、ハンナは自分の手の平に針を刺しながら眠気と戦いつつ、招かれざる客が来るのを待っていた。
***
シュバルが振り返るとクローゼットからハンナが出て来るところだった。その手には拳銃が握られている。暖炉から離れているのでその表情は窺えないが、その声は冷え冷えとしていた。
「その手にしている物は何かしら? 夕食ではないわよね?」
シュバルの顔が憎悪に染まる。
「何故だ……」
「それはね。睡眠薬入りの素敵なスープは全部吐いたからよ」
「なんだと?」
そう言いながら懐をさぐるシュバルに対してハンナは手に握った拳銃を少し動かし注意を促した。
「これは玩具じゃないわよ。手をゆっくりと出して」
シュバルは悔しそうにしながら手を引き出す。
その途端にシュバルの手から拳銃が弾き飛ばされた。ハンナの撃った火炎の直撃を受けて真っ赤になり半分溶けている。シュバルは悲鳴をあげた。指先を押さえ歯を食いしばってこらえている。
「この、くそ女。なに者だ?」
「私が誰かなんてどうでもいいでしょ? それよりも……」
シュバルがやけに大人しいことに不審を抱いたハンナは振り返り、目の前に肉切り包丁を持ったドーリンの姿を発見し、拳銃を打ち放つ。飛び出した高熱の塊はドーリンの腕を吹き飛ばした。絶叫が上がる。
「ハンナ!」
ゲオルグの声に向き直ったが遅かった。年に似合わぬ敏捷さでシュバルが肉薄しており、どこに隠し持っていたのか腕の長さほどの金属の棒がハンナを襲う。手にした拳銃で体を庇うとガチンと拳銃が弾き飛ばされてしまった。
シュバルとハンナは拳銃を争い飛びつくが僅かにシュバルの方が速い。目的のものを拾い上げたシュバルは勝利の笑いを浮かべた。
「このアマ。手こずらせやがったがこれでお終いだ。今までの客と同じように歓待してやる」
歯を食いしばりながら側に寄ってきたドーリンが、歯の隙間から声を押し出す。
「何してんだい。早く私と同じように手を吹き飛ばしてやっておくれよ」
「うるせえ。先に手当をしてきな。あとで好きなだけ痛めつけりゃいい。まずはお楽しみだ」
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