第35話 シーリア

「ちょっともう、アンタ何やってるのよ? アンタのせいでハンナが落ちちゃったじゃない」

「別にハンナが撃たれたのは私のせいじゃないでしょ。言いがかりはやめてよ」

「なにとぼけてんのよ。私は見てたんだから、アンタがハンナの進路妨害をしたんでしょ」


「仕方ないじゃない。飛行蜥蜴2体に張り付かれてたんだから」

「だからって飛行教典に違反するなんて最低。下手くそすぎるのよ」

「なんですって?」

「あーあ。アンタが撃ち落とされてたら良かったのに」


「シーリア。それぐらいにしておけ」

「ああ。もう。こんなことならミストラルから降りるの拒否しておけば良かった。あの機体ならハンナを探せたわ。まったく。隊長も隊長よね」

「シーリア!!」


 ついにアリエッタが大きな声を出す。滅多にアリエッタは大きな声を出さない。そういう人間が出す大音量には迫力があった。三つ編みをブンブン振りながら誰彼構わず噛みついていたシーリアが口を閉じる。シーリアはまだ不満そうにしており、第7飛行隊のリッチェルもそっぽを向いていた。


 シーリアはハンナが撃墜された原因はリッチェルが進路妨害をしたことだと責めたて、リッチェルは被弾の原因は自分ではないと抗議する。アーウルト基地に帰還して、先に戻って食事をしていたリッチェルを見つけてからというもの、シーリアの口からは悪態ばかりが漏れていた。


「無駄なおしゃべりをする暇があったら、口を別のことに使え。さっさと食事をするんだ」

「……」

 シーリアは恨めしそうな顔をしてアリエッタのことを睨んでいる。その顔が、こんな時によく食事ができるわね、と非難していた。その視線に気づかぬふりでアリエッタは言い放つ。


「まあ、次の出撃に参加したくないというなら好きにしろ」

「え? ハンナを探しに行くの?」

「いや。そんなことをしても無駄だ。それに2次被害が発生する恐れもある」

 アリエッタの返事に期待を打ち砕かれてシーリアはますますふくれっ面になる。


「そんなフクロガエルみたいな顔をするな。頬の皮が伸びたままになるぞ」

「ふーんだ」

「次の出撃で仕留めそこなった装甲獣の撃破と残敵の掃討を行う。敵をきりきり舞いさせてやるんだ。そうすれば敵も忙しくてハンナの捜索に裂く手が足りなくなる」


「それでハンナは助かるの?」

「分からん。だが、ここでいがみ合っていてもハンナの手助けにはならない。少しでもドミニータの注意と関心をハンナから引きはがす。我々にできることはそれぐらいだ。ハンナがもしここに居れば私の意見に賛成するだろう」


 むすっとした顔を崩さないでいたシーリアだったが、しばらくすると黙って食事を始める。それを見たアリエッタは周囲を見渡した。

「次の攻撃は払暁に合わせて実施する。連戦になるので全員、飛行前チェックを受けておくこと」


 魔女たちは食事を終えると別室の簡易ベッドに潜り込み仮眠を始める。箒を操って消耗した精神力を回復するには食事と睡眠しかない。精神の集中を欠く状態では満足に機体を操ることもできないし、魔法を使うこともできなかった。通常は半日ほどの休養を取るのだが、今回はそれに満たない時間での再出撃になる。少しでも眠る時間を取る必要があった。


 指定された時刻になると魔女たちはもぞもぞと簡易ベッドから起きだして身支度を始める。いつもは寝坊しがちなシーリアもさっとベッドから跳ね起きて医師による検査を受ける。ガラス製の筒を通して両目の診断を受けると医師は頷いた。検査に合格したシーリアは勇躍して格納庫に向かう。


 重武装で小回りが利かないギガントについて文句ばかり言っていたシーリアだったが今回は違った。出来るだけ派手に暴れて全部ぶっ壊してやるんだから。鼻息も荒く機体によじ登る。使い魔のオージが飛んできて自分のバケットシートに納まると首を回してシーリアをじっと見る。


「珍しいこともあるのね。マスターがこの機体に乗り換えてから文句を言わずに搭乗するのを初めて見た気がするわ」

「そう? 気のせいでしょ」

「いいえ。私の記憶に間違いはないわ。森の賢者の名にかけて」


「どうでもいいわよ。それよりも今日はあの岩みたいな装甲獣を吹っ飛ばすんだから、ちゃんとアシストしてよね」

「あらあら。こんなに気合が入ってるなんて大雪が降るかしら」

「私は弾丸の雨を降らしてやるんだから!」

 オージは大きな目をぐるりと回した。

 

 第3と第5飛行隊のメンバーが次々と機体に乗り込み発進していく。シーリアに罵倒されていたリッチェルなどの第7飛行隊のメンバーはドクターストップがかかり参加することができない。第2飛行隊の爆撃機がハンナの穴を埋めるように参加していた。第2飛行隊はそのために3機で哨戒飛行に出ることになっている。


 あちこちの運用に支障が出かねないが、アクス大佐は新型の装甲獣の撃破が最優先だと判断していた。昨夜の作戦で空中戦艦を墜としている今がチャンスだ。この機会を逃さず装甲獣を撃破して中央の戦線を押し返さなければならない。上空に勢ぞろいした飛行隊が西に向けて飛び去る光景に大佐はじっと目を注いだまま動かなかった。

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