第33話 道の選択
ゲオルグを首元に巻き付けながら、ハンナは歩き続ける。すっかり寛ぐゲオルグに嫌味の一つも言いたくなったが我慢した。今はその温もりが有難い。疲れていたが休むわけにはいかなかった。いくつか遺留品を残してしまったので、犬を使われたらすぐに追いつかれてしまうだろう。
それでも、服にしみ込んだ湿り気の冷たさが耐えがたくなってきていた。このままだとすっかり体が冷え切ってしまう。凍傷も心配だ。ただ、裸火を焚くわけにはいかない。見つけてくれと言っているようなものだ。星明りを頼りに彷徨うハンナにゲオルグが告げる。
「ハンナ、あそこに洞穴がある」
「どこ?」
「少し下った先の右手。灌木で少し隠れているけど」
「ゲオルグ。ありがとう。助かったわ」
近づいてみると洞窟は入口からすぐのところで折れ曲がっている。ここなら上手くやれば火を見られずに済みそうだ。非常用バッグから燭光スティックを取り出し、魔力を流した。燭光スティックから淡い光が漏れだす。手を一杯に伸ばして先の方を照らしながら、中に入っていくと不意に屈まなくても立てる小部屋にたどりついた。
地面にスティックを差し、ゲオルグを地面に降ろすと、ハンナは外に戻っていく。枯れた枝や蔦を見つけると抱えて洞窟の中に戻っていった。地面に積み上げると地中を探り魔力線から引き出して枯れ枝の一点に集中させる。ポッと赤い火がともりチロチロと燃え始めた。
それを確認するとハンナは疲れた体を引きずって、もう一度燃やすものを集めに行った。それも火にくべると服とブーツを脱いでかざす。焚火の温もりにほっとすると床に丸まっているゲオルグを見下ろす。目蓋が塞がりそうになりながらゲオルグは言った。
「ねえ。ハンナ。なんか臭わない? 獣臭いというか……」
その声にハンナははっとする。外からの風も吹きこまないおあつらえ向きの洞窟だ。先住者が居てもおかしくない。大型の肉食獣が冬ごもりしている可能性もあった。ハンナは下着の上に身に着けたベルトで肩に固定した拳銃を確かめる。温もりに眠気を誘われそうになりながら、高カロリー食と一緒に頭をすっきりさせる薬を飲み下す。
あらかた服が渇くと、洞窟の突起にひっかけて置いて、今度は下着を乾かす。食べ物をとり、体がぬくまったことで人心地がついた。ブーツの中張りまで乾いたことを確認して履いているとゲオルグが目を覚ます。
「ん? もう出かけるの?」
ハンナは服をすっぽりと被ると燭光スティックを回収し、枯れ枝を散らして火を消す。
「おいで。まだ先は長いわ」
ゲオルグはぴょんとジャンプすると服を伝って肩に乗る。
洞窟を出ると無情にもまた雪がちらつき始めていた。
「雪がやむまで待ってるのはどうかな?」
「そうしたいのはやまやまだけど、少しでも移動しないと」
「まあ、そうだね」
しばらく歩くと道に出た。馬車のわだちの跡があり、最近人が通ったことを示している。概ね東西方向に伸びており、東側にはずっと上りになっていた。それを見るとハンナはスタスタを西に向けて道を歩き出す。首にまとわりついていたゲオルグが驚きの声をあげた。
「ねえ。そっちは逆だよ」
「逆じゃないわ」
「だって、そっちに行ったらどんどん遠くなっちゃう」
「そうね。でも、とてもじゃないけど歩いていたらたどり着けないわ。どこかで乗り物を調達しないと」
「でもさ。こっちは人里がありそうだよ。見られたら危険じゃない?」
「それはそうよ。だけど、あの山道を歩いて行ったところで、途中で捕まるか行き倒れよ。まだ、こっちの方が生き延びられるチャンスがあるわ。でも、ゲオルグの言うとおり、どこかで服を変えないと身元がすぐバレちゃうわね」
東の空が明るくなり始めていた。冬場にそんなに朝早くから出歩くことはないだろうが、どこに人の目があるか分からない。内心ハンナは焦りを覚えていた。本道から脇にそれる道があり、遠くに小さな小屋が見える。脇道にはわだちの跡が無い。ハンナは道からそれて疎林の中を進み始める。
「どうしたの?」
「あの小屋に行ってみるの。何か着る物があればいいけど」
「どうして道を通らないのさ」
「私の想像だとあの小屋は無人よ。そこに向かう足跡を残したら怪しまれちゃうでしょ」
苦労しながら林の中を進み、遠回りをして本道から見えない側から建物に近づく。小さな窓が付いているが薄汚れており中の様子は窺えない。じっと気配を殺して中の様子を探っていたが、どうやら無人であることは間違いないようだった。入口の扉には大きな金属の錠が付いている。
「無人みたいだけど、どうやって入るのさ? 銃で壊しちゃう?」
ハンナはバッグから先端に皮を何重にも巻いた金属の棒を取り出す。地中から魔力を引き出すとその熱を金属に流してやる。ゆっくりとその棒を状に差し込んでやるとぐにゃりと曲がりながら中に入り込んでいった。根元まではまったのを確認すると魔力の供給を断ち切る。
周辺から雪をすくって鉄の棒に押し当てた。じゅっという音がしてたちまちのうちに雪が溶ける。2・3度繰り返して確かめると十分に冷えて固まったようだ。最初はそっと、次いで力を込めて即席の鍵を回すとカチャリという音と共に錠が開いた。
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