第32話 墜落現場
ハンナが空中戦艦を通り過ぎた直後、左前方からミストラル機が上昇しながら突っ込んでくる。2体の飛行蜥蜴に追いかけられ、火の玉を吐きかけられながら必死に回避行動をとっていた。そのため、コーラルⅢの進路を塞ぐ形になってしまう。本来ならこの高度に先にいたハンナをミストラルが避けなければならない。
ハンナは高度を下げてミストラルとの衝突を回避しつつ、飛行蜥蜴に発砲した。機首から高速で発射された弾は、飛行蜥蜴の片翼に穴を開ける。もう1体の飛行蜥蜴の吐く火の玉を回避したときに、機体の下部に衝撃を感じた。振り返りつつ下方を見ると見慣れない形式の複数銃身を備えた対空砲が見える。
銃身が下がるのを見たハンナは箒の穂へのエネルギー供給を増大させ、一気に加速して離脱を図った。ぐんと機体が前に出て、体が座面に押し付けられてからすぐにガクンと減速する。箒の穂から火が出ていた。
「大変だよ。ハンナ。燃えてる」
ハンナは顎を動かし水晶体へ被弾したことを告げると機体のコントロールを取り戻そうとする。しかし、コーラルⅢは激しく揺れると直角に近い形で下向きに方向を変えて落ちて行った。雪の降り積もった木の枝に激しくぶつかり揺さぶられる中、ハンナは力場を消滅させると座席の左右にあるボタンを同時に強く押し込む。
澄んだ冷たい空気を感じると、バンという音と主に、ゲオルグの座席が飛び出し、次いでハンナも座席ごと空中に投げ出される。座席は放物線を描きながら落ちて行き、何度か木の枝にぶつかった挙句、地面の上に落ちた。余裕があれば大地の魔力線から力を引き出し、落下速度を抑えるところだが、低空過ぎてその暇がない。
夏場だったら座席ごと大地に叩きつけられて即死したかもしれないが、幸いなことに深い新雪がクッションとなって座席を受け止める。衝撃で朦朧とした頭に冷たい雪が触れて意識を取り戻したハンナは自分が逆さまの状態で雪の中に埋もれていることを知った。
5点ベルトが体に食い込むのに四苦八苦しながらバックルを外す。体が自由を取り戻したのはいいが、雪の中に体が沈み込むことになった。ごろごろと体の許す限り転がって足場を固めると座席の下から非常用の皮のバッグを引きずり出す。バッグの中には高カロリー携帯食や医薬品などが詰まっている。
一息ついたところでドンという腹に響くような音が響いた。愛機のカプセルに火が付いたようだ。安全装置がついているのだが、燃え上がってしまえば誘爆するのは避けられない。脱出することができて良かったと思いながら、座面を足場にしてよじ登り雪の上に顔を出した。
顎に手をやって水晶体が無くなっていることに気が付く。帽子も無くなっていた。枝がぶつかったときに弾き飛ばされてしまったようだ。離した手のひらに血がついている。大きな傷ではないが擦ったようだ。周りを鬱蒼とした木々に囲まれて遠くの様子はうかがえない。一応木々の隙間から赤い明かりが見える方向が空中戦艦の落ちた方向だろう。
ハンナは肩をすくめると周囲を見回す。ハンナのいる所から5バーグほど離れた所に真新しい穴があった。苦労しながら雪をかき分けて進み掘り起こすと小さな座席がガタガタ揺れていた。座席をのけてやると半分白くなってガタガタ震えるゲオルグが情けなそうそうな声を出した。
「もうやだ。寒いし、冷たいし、毛が濡れたし、凍えそうだし、お腹が空いたし」
ハンナが抱き上げてやると体をゆすって雪を跳ね飛ばす。
「ちょっとやめてよ。ゲオルグ」
「あーん。ハンナ。怖かったよう」
ショックですっかり幼児のようになったゲオルグを撫でてやりながら、ハンナは表情を引き締めた。雪に濡れた体の冷たさに思わず震えてしまう。一刻の猶予もなかった。ハンナが被弾したのは複数の敵に目撃されている。墜落現場を確認しに来るだろう。そこに遺体が見つからなかったとなれば魔女狩りが始まるはずだ。
一応愛用の拳銃が手元にあることは安心材料だが、小隊規模を相手に派手な立ち回りをするのが限界だろう。早急にこの場から離れなければ折角拾った命をむざむざ失うことになる。生きたまま捕らえられたらそれこそ目も当てられない。頭の片隅で敵と撃ち合う時も1発分の魔力は残しておかなきゃと考える。
味方による救出は期待できなかった。軍用箒はその装備重量などのために魔力の流れを調整していない空港以外の場所では一度着陸すると離陸できない。開けた場所なら、フックつきのロープで引き上げてもらうこともできるが、この場所では難しいだろう。
あとは敵のオーニソプターや飛行蜥蜴が全滅していることを祈るだけだ。空中から捜索されては逃げきれない。拳銃では撃ち落とすこともできないし、一方的に狩られるだけだ。ハンナは頭の中に作戦地図を思い描く。ドミニータが東に突出していた地点から北西に入った場所にいるはずだ。東北に進めばファハール領に入れる。まあ、なんとかなるでしょ。ハンナは気分を切り替えると雪の少ないところを選んで歩き始めた。
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