第31話 エトナ高地の戦い

 ハンナが空に上がるとアーウルト基地の上空には魔女がそれぞれの隊ごとに編隊を組んで上空を旋回している。これだけの魔女が一斉に空を飛んでいることは珍しい。シーリアのギガントが離陸してくると12機が揃った。5番隊のミストラルを先頭に左右に大きく翼を広げた隊形をとると一斉に進路を西に取る。


 ハンナはゴーグルの脇を触り入光量を調節する。弱々しいとはいえ西日を正面から見るのは目を傷める恐れがあった。30ミトほど飛ぶと地平線に冬の太陽が沈み、空は急速に青から藍色、そして黒味がかった色調を帯びてゆく。ハンナはゴーグルをずりさげると首にかけた。


 それまで、自分の座席で丸くなっていたゲオルグが背伸びをする。

「さあ、仕事の時間よ」

「分かってるさ。夜はボクの時間だからね」

「あとしばらくはゆっくりしていていいわよ。まだ当分着かないから」


 ゲオルグは周囲を見回す。見慣れた3番隊のメンバーを始め、他の箒に乗った使い魔たちは皆哨戒行動に勤しんでいた。

「ボクだけ何もしてないというのもどうかと……」

 ゲオルグは殊勝なことを言いながら背筋を伸ばす。


 しばらくすると前方にエトナ高地のなだらかな丘が見え始めた。木々には白いものがかなりの厚みで積もっている。

「うひゃあ。こっちの方はもう雪が降ってるんだね。道理で寒いはずだよ。こんな日は家でじっとしていたい……」

「別にここは寒くないでしょ。なんなら力場切るけど?」

「やめて。凍えちゃうよ」


「5番隊隊長シェール。あと10ミトで目標地点に到達する。ここからの戦闘指揮は3番隊コートロー中佐に引き継ぐ」

「了解。こちら3番隊のアリエッタ。ここからは私が指揮を執ります。各隊の爆撃機は上昇を開始、攻撃機は南北から回り込みながら低空で接近。その他の機は更に外側を迂回し西側から侵入して」


「了解」

 コーラルⅢともう1機の戦闘爆撃機が上昇を開始する。それと同時に数機のミストラルと各隊の隊長機サンダーボルトが大きく迂回を始めた。その描く円弧の内側を樹木すれすれにギガント2機が飛んでいく。


「7番隊は空中戦艦との距離に常に注意せよ。基本的には敵の飛行蜥蜴とオーニソプターのみ相手をすればいい。余裕があれば地上の対空火器を攻撃。装甲獣ブロントは放って置け。撃ちまくって残弾が尽きたら順次離脱して帰投せよ」

「了解です」


 眼下にいくつか木を切り開いた空き地が見え、土嚢を積み上げた野戦陣地が見える。網を被せて偽装してある野砲もあった。いずれも西を向いている。ファハール中央方面軍の部隊だった。使役獣や装甲獣から発せられる熱が湯気となって立ち上っている。


「こちら第3飛行隊ルー大尉。高度3000で待機中。配置完了」

「第5飛行隊アレント中尉。同じく準備完了」

「第3の索敵士ソニアより。ターゲット周辺の哨戒灯を視認。空中戦艦もインサイト。視界良好」


「作戦開始。幸運を」

 アリエッタは同時にロケット弾を発射する。長く尾を引きながら飛行した2つのロケット弾が空中戦艦の上部に命中し鈍い爆発音を響かせた。ほぼ同時にサイレンが鳴り響き、ドミニータの陣地が慌ただしくなる。


 返礼とばかりに、空中戦艦の装甲版が跳ね上がり、ロケット弾が斉射された。シュルシュルと飛来するいくつものロケットをよけ、アリエッタは進路上に浮上してきたオーニソプターに搭載砲を叩き込む。バランスを崩したオーニソプターは急に左に向きを変え、味方の飛行蜥蜴に突っ込み一緒になって地上に落ちていった。


 バタバタという羽ばたきの音、飛行蜥蜴のあげる叫び声、爆発音が入り混じる中を魔女たちは華麗に飛び回る。ドミニータもかなりの数を揃えて待ち構えていた。1隊だけだったら苦戦は免れなかったかもしれないが、こちらも数を揃えてきたのが効いた。


 北と南から派手に連続で砲撃をしながらギガントが低空で接近してくる。地上からのワイヤー操作で空中戦艦が向きを変え始めた時だった。東側の上空から流れ星のように真っ赤なコーラルⅢが急降下してくるとカプセルを投下して機首をあげるとそのままアリエッタらが空中戦をしている空域に向かってくる。


 7番隊のミストラルを狙って、飛行蜥蜴が口を開き、喉にチラと赤いものが見えた瞬間にコーラルⅢの機首が火を噴き頭を粉砕する。大きな爆発音と光が渦巻き、空中戦艦の1隻がグラリと傾いた。キュウンという音がしてワイヤーがねじ切りながら、森の中に墜落する。自重であちこちがひしゃげていた。


 ハンナはそのまま大きく左旋回をして南側から再度接近をする。木々の間からの対空砲火をかわしながら、高度を少し上げるともう一隻の空中戦艦の上空を飛び越えた。同時にボタンを押下しカプセルがクルクルと回転しながら落下し、別の機の爆撃で装甲版が剥がれ落ちた部分付近に命中して火炎の嵐が吹き荒れる。


 なんとか耐えていた空中戦艦もこの火炎により浮遊嚢をいくつか失いバランスを崩す。そこへ5番隊の爆撃機が再度の急降下爆撃を敢行し止めを刺した。爆発音を背景に歓声があがる。そこへハンナの緊迫した声が飛び込んできた。

「こちらルー大尉。被弾してコントロール不能。不時着する」

 

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