ハンナの墜落
第29話 女3人寄れば
気象部を巡るゴタゴタに巻き込まれて1か月後、アーウルト基地に冬の尖兵が訪れた。夏場でも夜は気温が下がる高地だけに、冬場の寒さはかなり厳しい。魔女たちは地中の魔力線から熱を引き出しているので平気な顔をしているが、そうでないものもいた。
「ねえ。今日はボクはお休みしてもいいんじゃないかな? 日中だし天気もいいし」
「ゲ・オ・ル・グ」
名前を呼ばれてシーツから渋々顔を出すとハンナにさっとつまみ上げられる。
「いや、ほら、外は寒いし。ハンナはいいよ、そんな暖かそうな服着てるんだから。その点ボクは身一つ……」
「毛に覆われてるからなんとかって前に言ってなかったっけ? カンティにペロってされたときにさ」
「まあ、あの時はあのときで」
首根っこを捕まれた状態で上目遣いにハンナを見上げるゲオルグ。目を潤ませて愛らしさを装っていた。
「無駄なことはしないで、あなたも行くの」
もう片方の手に箒を掴んで部屋を出る。隣からシーリアが出て来るところだった。
「お早う。ハンナ。珍しく今日は遅いんだね」
ハンナは苦笑しながら、ゲオルグを掲げて見せた。
「なるほど。うちのオージは平気だけど、寒くなると大変だね」
とかなんとか言いながら、シーリアはハンナの腕に自分の腕をからませる。
「ねえ、ハンナ。今度の休みの日にドロイゼンまで出かけようよ」
そこへ目の前の扉が開いてソニアが顔を出す。
「えー、なになに。私も連れて行ってよ」
途端にシーリアが唇を尖らせる。
「ハンナとデートなんだから割り込んでこないでよ」
「いーじゃない別に。ね、ハンナ?」
ハンナは自分にくっついているシーリアをチラリと見て、後ろを振り返る。ソニアが期待を込めた表情をしていた。ハンナの内心を感じ取ったのか、ゲオルグが身じろぎをして、体を震わせた。ハンナは首根っこを摑まえる手の力を強める。
「わー、やめて。首が取れちゃう。ご飯が食べれなくなっちゃうよ」
先日の審問会以来、シーリアはハンナに対して一層親しみを示すようになった。それだけでなく、親鳥にくっついて歩くヒヨコのようにハンナに付きまとうようになる。帽子の被り方も真似するようになった。ハンナの場合は単に髪の毛の量が多いために上手く被れず斜めになっているだけなのだが、シーリアは同じように被っている。
元々、一番年齢が近いためか、シーリアはハンナとよく喋っていたが、最近は一挙手一投足を意識しているかのようだ。飲み物もハンナにならって牛乳を飲むようになっている。先日などは二つ残っていたチョコパンのうちの一つをハンナに差し出してきたことなどもある。
先日、シーリアがアクス大佐に呼びつけられていない時にアリエッタが近づいてきて言ったことをハンナは思い出した。
「すっかり懐かれちゃったみたいね」
ハンナは困惑の表情を浮かべる。
「一体どうしちゃったんでしょう?」
「あれぐらいの年頃の魔女に時々見られることだから気にしなくていいわ。1年ぐらいしたら熱が冷めたみたいに元に戻るから」
「そうなんですか」
「私も経験があるもの」
「え? 隊長が誰かを追っかけてる姿なんか想像もできませんけど」
「私が、じゃないわよ。私をってこと」
アリエッタは懐かしいような切なげな顔をした。
「そうですよね。まあ、隊長はしっかりしてるし憧れる子がいても不思議じゃないです」
「おだてても何も出ないわよ」
「で、その隊長に熱を上げていたのって誰なんです?」
アリエッタはハンナの耳元に唇を寄せた。
「えー。嘘ですよね。あのクールな……」
「本人に言っちゃだめよ。これで分かったでしょ。一時的なものだから適当に相手をしてあげなさい」
建物の扉を押して開けると澄み切った冷たい空気が鼻に入り込み、ハンナはくしゅんと小さなくしゃみをする。それを見ていたシーリアは慌てて大きく息を吸い込むと同じように、小さなくしゃみをした。ハンナは澄み切った青空を見上げて、心の中で小さく息を吐く。
そこへソニアが追い打ちをかけた。
「ねえ、ハンナ。私もドロイゼンに一緒に行ってもいいでしょ?」
「ちょっと、呼び捨てにしないでよ。あんたが気軽に呼べる相手じゃないんだから」
「シーリアだって、呼び捨てじゃない」
「私はいいの。だって、ハンナとは付き合いが長いもの。だけど、ソニア、あなたはちゃんと先輩ぐらい付けたらどうなの?」
ハンナは苦笑する。
「別にいいわよ。先輩呼びなんかされたらお尻がこそばゆいから」
ほらご覧という勝ち誇ったソニアの顔をシーリアは見ていない。
「やっぱり、ハンナって凄いわ。こんなぽっと出の世間しらずの小娘に対しても分け隔てしないんだから。増々好きになっちゃう~」
ぎゅっと腕の力を籠めるシーリアから逃れようと腕を引き抜いてハンナは準備なしで自分の箒に命を与える。
「さあ、早くしないと隊長に怒られちゃうわ。マグレブ!」
さっと飛び立つハンナに二人は声を張り上げた。
「ああ。ハンナ待ってよう」
「ねえ、私もついて行っていいよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます