第28話 後始末

 魔女たちの歓呼の声に包まれてアーウルト基地に帰還したハンナに後から基地に戻ってきたアクス大佐が厳かに宣言する。

「ルー大尉。無許可で飛行した罪で3日間の営倉入りを命じます」

「うそでしょ。誘拐は無実だって分かったのに」

「それとこれとは話が別よ。勝手に基地を抜け出した分の処分だから」


 アクス大佐はフフンと鼻を鳴らす。

「それに、営倉入りなんてへっちゃらって言ってたのはどこの誰かしら?」

「!」

「あなたの使い魔は少々おしゃべりが過ぎるようね」


 ゲオルグの奴、道理で姿を見せないはずだわ。ハンナは心の中で仕返しの方法を考える。次にカンティのところに行ったら全身を舐めさせてやるんだから。

「これに懲りて少しはルールを守って欲しいものね」

「イエス・マム」


 しょんぼりと肩を落として営倉に入れられたハンナだったが、翌日にはなぜか外に出ることを許されアクス大佐に呼ばれた。熱いお湯を浴びて汚れを落としてから、司令部に出頭するとギルクリストじいさんがマグカップを持って近づいて来た。

「本当は牛乳を一杯やりたいところじゃろうが、これで我慢するんじゃな」


 受け取って口をつけると爽やかな香りが鼻から抜けていく。

「ごちそうさま」

「少しは気分が良くなったじゃろう? 我らが司令官どのと面会する心の準備はできたかね?」

「まあ、悪い話じゃないと思うんだけどね。営倉入りを2日も短縮されたのは気味が悪いけど」


 階段を登り、アクス大佐の執務室の前に立つ。ノックをすると中から返事が聞こえた。どうやら、それほど機嫌が悪いわけではなさそうだ。できるだけ謹厳な表情を作ってハンナは部屋に入る。窓から外を眺めていたアクス大佐が振り返った。外からの日差しを背にしているので表情は読み取れない。


「ハンナ・ルーです。何用でしょうか?」

「あら。やっぱり1日じゃ平気みたいね」

「そんなことはありません」

「顔色もいいし、全然痛くもかゆくもないって顔をしてるわよ。あ、ちょっとは痒いみたいね。まあ、いいわ。今日呼んだのは他でもなくて、これのせいよ」


 アクス大佐は数枚の紙をヒラヒラさせる。

「それは一体なんでしょうか?」

「えーと、こちらはシュゼッフェンの村長からの感謝の手紙ね。大巻貝潜りを退治してくれたことについて非常に喜んでいるわね。お陰でまた安心して漁に出れるってね」

「はあ」


「シュゼッフェンってどこ? という顔かしら。王国の東の端にある小さな漁村よ。村民を悩ましていた大巻貝潜りの死骸が流れ着いたって。第一触手に真っ赤な塗料をつけてね。派手な色に機体を塗装をするのはどうかと思っていたけど役に立ったじゃない」


 アクス大佐は別の紙を上にする。

「こっちはヒルデラント社の社長から。自社の高速飛行船を無事に回収してもらって感謝に堪えないそうよ。もし墜落なんかしていたら、会社は倒産の憂き目にあう所だったって。無理して最新鋭機を借金して買ったばかりだったみたい」

「そうですか」


「確かに経営資金を一点に投下するのは経営者としてどうかと思うわ。でも、その分、気前はいいわね。農場を丸々一つ基地に寄付して下さるそうよ。乳牛が30頭。飲み放題ね」

 ハンナはパッと顔を輝かせる。


「で、こっちが海軍から。マーラート級1番艦の撃沈について書いてきてるわ。イカれた魔女に敬意を示します、だそうよ。まあ、私も同意見ね。単独であの要塞に攻撃を仕掛けるなんて正気の沙汰じゃないわ」

「浮上直後で相手は隙だらけだったんですってば」


「それと、これは気象部のトーアさんから。今度お食事でもどうですかって?」

「大佐。さすがに私信を開封して読むのはどうかと思いますよ」

 アクス大佐は満面の笑みを浮かべる。

「それで、返事はどうするの?」


「後で考えます。それで結局何の御用でしょうか?」

「あら、面白くないわね。まあいいわ。今聞かせた通り、各方面から赤毛の魔女に対する感謝の声が多く上がっているというわけね」

「それで仕方なく私の無断飛行を黙認せざるを得なくなったということですか?」


「ちょっと違うわね」

「どういうことでしょうか?」

 ぬか喜びだったかとハンナは身構える。先日の大雨が流れ込んでぬかるんだ営倉のジメジメした床を思い出すと辟易した。背中も痒い。


「あなたは無断飛行なんてしなかった。私の極秘命令を受けて悪天候の中緊急発進し、気象部職員の誘拐を防いだということになるのよ」

 ハンナの顔に理解が広がる。とんでもない司令官だった。

「なるほど」


「天候制御が上手くいっていないことから空軍司令官は何か異変が起きていることを推察して、部下のエースパイロットを差し向けたってわけ。事は急を要することから他の基地職員にも内密にしてね。なかなか苦労がしのばれるシナリオだと思わない?」


「それで、中央方面軍はどうなるのでしょうか?」

「ファンボルグ将軍は勇退することになるのでしょうね。サムソノフ大佐は補給部付けになるそうよ。お気の毒にね」

 そんな気持ちは微塵も見せずにいい笑顔をして見せる司令官を見て、ハンナは少しだけ背筋を伸ばすのだった。





 


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