第27話 ジョシュア・トーア

 サムソノフ大佐を始めとする陸軍の審問会のメンバーは作戦の失敗を悟らざるを得なかった。騒がしく空を飛ぶしか能が無い小娘と侮っていたが、どうして中々落ち着きもあり、頭も回る。高圧的に話を進めて、言葉尻を捕らえようとしていたのだが、ボールを投げ返されてしまって、そのボールを持て余していた。


 こんなことなら証人を用意しておくべきだったと今更ながら悔やまれるが、審問会を急ぐあまり、そのような小細工を弄する暇が無かった。ここは期日の延期を宣言して、次回までになんとか証人を用意しなくてはならないかと思案するサムソノフの視野の端で扉が開き、黒い服の数名が部屋に入って来るのが見える。


 まったく忌々しい魔女どもめ。時間を守るということすらできないのか。サムソノフはその一団を睨みつける。先日のドロイゼンへの強襲を防げなかった失態と空軍によるバーリンゲン空襲を折に触れて引き合いに出されるのは面白くない。先日の南部方面軍との打ち合わせの際のことが思い出された。


 ましてや、警備をしていた気象部から職員を誘拐されるなど中央方面軍の面子にかけて認めるわけにはいかなかった。これを奇貨として空軍に罪を擦り付け、自分たちの失敗を糊塗しようと考え付いたファンボルグ将軍の顔を思い浮かべる。問題児の魔女の一人や二人を締め上げるのぐらい簡単だろう? まったく言う方は楽なものだ。


 気が付けば、ルー大尉が手を挙げて発言を求めていた。サムソノフは自分から話をしてくれるならそこからボロを出さないとも限らないと期待を抱く。

「ルー大尉。発言を許可する」

 

「私はトーアさんとかいう方を誘拐したということで罪に問われているということでいいんですよね?」

 何をいまさらという顔で頷くサムソノフを見てハンナは殊更に真面目そうな顔をした。


「だったら、そのトーアさんて方に聞けば話は早いんじゃないでしょうか?」

「ルー大尉。それにはトーア氏にここにお出でいただかなければならないことぐらい分かるだろう? 一体どこにいるというのかな? それとも、居場所を知っている、つまり、罪を認めるということかね?」


 ガリシアは身を乗り出す。黙っていればいいものをわざわざ余計なことを言いだすとはやはりまだ子供だな。ようやく自分のペースで話が進められるかとホッとするガリシアだった。


「罪は認めませんけど、居場所ならお教えできますよ」

 ハンナは振り返り、黒づくめの一団を指さした。

「共犯者がいるというのかね……」

「もちろん、違います。あそこにトーアさんが居るって言ってるんです」


 ガリシアは一団の中にいる比較的背の高い一人の魔女を見つめる。帽子のつばに隠れて顔が良く見えないが……。その魔女は帽子を脱ぐと懐から眼鏡を出してかける。ガリシアの頭の中でその映像が記憶と結びついた。まさか、そんな馬鹿なはずがあるはずがない。


 魔女の集団の中に混じっているその人物は、柔和な笑みを浮かべながら周囲を見回していた。周囲に押し出されるようにして階段状の通路を降りてくるとハンナに会釈をする。

「やあ。先日はどうも」


「私のことが分かるの?」

「遠くから見ただけだけど、その髪の毛はとても目立ったから。それに私の乗っている飛行船を吹き飛ばさずにいてくれたよね」

「だって、あまりにロケット砲の射撃がヘタクソだったから」


 トーアは肩をすくめる。

「キミを撃ち落とすつもりは無かったからね。想像していたよりも冷静で助かったよ。反射的に撃ち落とされたらどうしようかと思っていたんだけどね」

「そんなことより、あの日の事を話して欲しそうよ」


 トーアは正面のサムソノフ大佐を前に自分が誘拐されたときのことを話しだす。拘束されて飛行船に乗せられたこと、真っ赤な箒が近づいてくるのを見て隙を伺いロケット砲を発射したこと、海中から現れた戦艦を赤い機体が沈めたこと。最後に自分の乗った飛行船が海沿いの地方空港に強制着陸させられたことで話を終えた。


 ファハール王国東部の僻地を管轄するのは北部方面軍である。トーアを拘束していたドミニータの特殊工作員のことも中央方面軍には伝えられていなかった。地方の治安維持部隊が事態の大きさにどのように行動したらいいか迷っているところに、魔女が飛来したのだった。


 拘束されたハンナではあったがゲオルグを通じて第3飛行隊の面々と意思疎通はでき、話を聞いたアクス大佐の指示で各隊の索敵士で構成される特別チームが東部に派遣された。事態の重大さを理解できない治安維持部隊からトーアの身柄を受け取って基地に連れ帰り、魔女の衣装を着せてこの会場に連れて来たのである。


 サムソノフとしては威厳を保ったままハンナの無罪を宣告せざるを得ない。誘拐事件の被害者が自分を助けたと証言する相手をいつまでも拘束するのは無理だった。話をうやむやにしようとするサムソノフに対し、ここぞとばかりにアクス大佐が詰問する。

「危機を救った英雄をこのように被告席に立たせた責任はどなたが負うのかしら?」

 

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